前世の馴染みに会った
狙撃ポイントの森の上空にヴィマナを停め、僕は下へと降りた。
頭部を破壊されたストーン・ゴーレムは体がバラバラになり、狙撃用の魔法具が落ちている。
大がかりな代物だけど、近くでパッと見ただけで粗雑なものだとわかった。
詠唱して『深層解析』を発動する。つらつらと画面上に流れてくる情報を読み取った。
素材は魔界にしかないものが多く使われている。作った者も当然そちら側だ。
「調整したのはこちら側の魔族か」
パーソナルデータには限界があるけど、特徴はある程度つかめた。会えば見逃しはしない。
念のため収納魔法に狙撃用魔法具を収め、ヴィマナに戻る。
「お帰りなさい、クリス」
「クエェ~」
「にゃん!」
「ァゥ……」
みんなの出迎えを受けて、飛行船ヴィマナを発進させる。
残る空の旅を楽しんで、遠く、城壁が見えた――。
王都はさすがに大きい。レイナークの倍はありそうだ。
城壁の手前でヴィマナを下ろし、武装具現化魔法を解除してヴィマナを消す。みんなでてくてく城壁へたどり着き、門で手続きをしてから王都へ入った。
「わあ、賑やかだね」
門を抜けてすぐ、大きな道があった。主には人族だけどたくさんの種族が往来している。
レイナークも前世感覚で大きな街だったけど、それ以上の活況ぶりはさすがに国の中心地。大都会といった感じだ。
田舎者丸出しで辺りをきょろきょろしていたら、馴染みの声がかけられた。
「クリス、お待ちして――「ごっ主人っさま~♪」」
レイラの声に被って甲高い声が響く。そちらに顔を向けた瞬間、ばふっと何か――誰かが抱き着いてきた。
ふくよかな胸でむにゅんと顔全体が覆われる。
「にゃーん♪ お久しぶりですぅ~。なんかすっごい可愛くなっちゃってぇ、あたしってばドキドキが止まらないんですけど~。あ、前も渋くてイカしてましたよ? ホントですよ?」
「落ち着きなさい、ルネリンデ。それと、ちょっとこちらへ」
レイラが引き剥がしたのは、丈の短いメイド服みたいな衣装を着た女の子だ。
青みのショートカット風ながら襟から膝裏まで長い編み込みが垂れている。そして頭の上には猫の耳。牙みたいな八重歯が愛らしい。
レイラが何やらごにょごにょ告げる。
「あ、そうでした。ご主人様だけどそれは隠すんでしたね。いやぁ~、なんか気分がアガりまくっちゃってぇ、にゃはは♪」
くるりと振り向くと、長い編み込みが鞭のようにしなる。
愛くるしい笑みを浮かべてとことこ駆け寄り、僕の手を両手で握った。
「ごめんなさいです、人違いでした。あたしはルネリンデ。ルネって呼んでくださいね♪」
「ど、どうも。クリスです。はじめまして、ルネさん」
「ルネでいいですってば。あとお友だちみたく話してもいいですよ? あっ、あたしはべつにお姉ちゃんプレイとかもしなくていいですから。でもぉ、いろいろお世話しちゃいたいにゃ~♪ クリス様、なんでも言ってくださいね?」
ルネリンデ――ルネは僕の手をほっぺたに当ててすりすりする。ぷにぷにだ。
「他に言うことがあるでしょうに……。彼女は王都の宮殿で働いております。いろいろと情報を漁るのが趣味のようでして、王宮内のあれやこれやに精通しておりますよ」
「そっちと違う上司は『セイバル』って渋いオジサマなんですよぉ。王宮内のどろどろぉっとした噂話とかが知りたかったら、なんでもお話ししちゃいますねー」
セイバルとは前世の僕の下で執事長をしていた有能な人造人間だ。
そしてルネもまた、僕の隠れ家で一緒に暮らした人造人間だった。
二百年経った今では裏から世界の均衡を保つ役割を担っているようだ。
「ひとまず『足』を用意しました。王都ではこちらをお使いください」
実はさっきから気になっていて、シャーリィたちが興味津々で眺めているそれは、四頭立ての箱馬車だ。絢爛豪華でやたらと大きい。
「いくらなんでもこれは……」
派手過ぎじゃないかな?
「レイラさんって突き抜けるときは際限ないですよねー。これ見たときはあたしもドン引きでしたもん」
「クリスには最高の贅沢を提供したい姉心、察していただけますとありがたいですね。とはいえレンタルですから、『最高』とまでは言えないのがわたくし的には悔しくありますが」
周囲からの視線を感じつつ、みんなで箱馬車に乗りこんだ。
シャーリィたちを紹介すると、ルネはすぐに打ち解けた。
「ほにゃぁ~、〝リディアの聖眼〟かぁ。またすごいもの持ってるね」
「わたしはよくわからないけど」
「わかんなくったって使えればそれでいいんだにゃぁ。なんかあればクリス様がなんとかしてくれるし~」
「うん、頼りにしてる」
「いいにゃー。あたしもクリス様のお側で働きたいにゃー。セイバルさんにお願いして、お暇もらおっかにゃー」
真顔で僕を見るのはやめてほしい。
「ぅにゃぁ……」
「ん? タマちゃんどしたの?」
「うにゃにゃにゃにゃ!」
「にゃははっ、なに言ってるかわかんにゃーい♪ でも察したよ。『にゃんにゃん系で被る』とか思ってそー」
「にゃあ! ふしゅぅ……」
どうやら当たっていたようだ。静かなる威嚇でルネをにらんでいる。
「にゃはは♪ でもあたし、こう見えてバリバリの戦闘メイドなんで。君よりめっちゃ強いから、襲ってくるなら覚悟してねー♪」
「にゃにゃぁん……」
タマはシャーリィの腕の中に飛びこんでぶるぶる震える。
「そういえばレイラ、シャーリィの眼を診てもらうお医者さんは?」
「今からそこへ向かいます。まあ、さほど期待されても困るのですが」
「念のため、だったよね。こっちも報告したいことがあるから、今のうちに話しておこうかな」
僕は王都へ来る途中に狙撃された話をした――。




