王都へ向けて出発した
アレスター領から戻って一週間が経過した。
今のところレイナーク近辺で魔界門がまた現れたとの情報はないし、僕の監視網でも確認されていない。どうやら落ち着いたらしい。
というか、魔界門を発生している誰かが僕を警戒して息を潜めているのだろう。
このところ魔界門を消しまくっていたから、こちらに注意が向いたらしい。
警戒するだけじゃなくて直接僕を狙ってくれれば話が早いのだけど、そこまでマヌケではなかったようだ。
ただ、僕もこの一週間は襲撃を警戒して一人で依頼をこなしている。
もともとパーティーを組んだりはしないんだけどね。その意味ではいつも通りだ。
今日はレイナークからすこし離れた山間で、最近出没するようになった盗賊の討伐に訪れた。
「にゃにゃにゃぁ~」
タマがまん丸な体を高速回転させ、あっちこっちにボールが跳ねるようにぼよんぼよんと飛び跳ねる。
「な、なんだよコイツ、めちゃくちゃはえべぼぁ!」
盗賊の一人を後ろに回りこんでの体当たり。彼は吹っ飛ばされて目を回した。
「にゃぅ……」
初めに『殺しちゃダメだよ』と言いつけていたので命を奪ってはいないけど、手ごたえがなさすぎてご不満の様子。
「クエェ~」
「うおっ!?」
「あち、あちちぃ!」
ファルは炎をぼわっと吐いて、複数人を一方へ追いやった。そこにしゅるしゅると棘付きの蔓が伸びてきた。
「いってぇ!」
「棘が! 刺さるぅ!」
両腕をいくつもの蔓に変え、アウラは淡々と盗賊たちを拘束していく。
「これで全部だね。ファル、タマ、アウラ、お疲れさま」
先に指示を出していたとはいえ、みんなよく働いてくれるので僕の出番がまったくなかったな。
あとはちょっと距離があるけど領主軍の砦に盗賊たちを連行すれば、依頼は完了だ。
と、耳の中でピッ、ピッと音が鳴った。
通信魔法の呼び出しだ。専用の魔法具を渡している相手は二人だけ。今回はレイラだな。
盗賊たちを睡眠魔法で眠らせて、呼び出しに応えた。眼前に四角い半透明の画面が現れる。褐色肌のダークエルフの美貌がどアップで映し出された。近くないかな?
「失礼、外におられるということはクエスト中でしたか」
「もう終わったよ。久しぶりだね、レイラお姉ちゃん。Aランクの昇級審査はどうだった?」
「なんとも手応えのないものでした。今は結果待ちですが……これがまた長く、辟易しているところです」
レイラはむすっとしている。
「どれだけ手加減したか知らないけど、君の実力を疑ってはいないと思うよ。ただあまりに昇級間隔が短いから戸惑っているんじゃないかな?」
「愚鈍な連中です。実力に見合ったポストを与えるのに何を迷うことがありましょう。その点、かつての我がご主人様は迅速でした」
僕は苦笑いするしかない。
「それで? 僕に何か用事があるの?」
レイラが表情を引き締める。
「はい、王都の北にある森の中でそこには棲息しない魔物が発見されたとの報を受け、本日向かいましたところ、魔界門を発見しました」
む。もしかして場所を移したのか?
「成長途中のようでしたので魔力を抑制する結界を張りましたが、消滅させるにはクリスの力が必要です。こちらで対処をお願いできますか? と久しぶりにクリスに会いたいお姉ちゃん心をにじませながら提案いたします」
「……まあ、行くけどさ」
お姉ちゃん心の部分は言わなくてよくないかな?
「それともうひとつ、シャーリィを連れて来てもらえませんか?」
「シャーリィを? 魔界門なら僕が『深層解析』で調べるよ」
それでも見えないこともある。シャーリィならその聖眼で、もしかしたら僕が読み取れないことを感じるかもしれないのだけど。
「あまり彼女に負担をかけたくはないな」
「いえ、魔界門を探るのではありません。実は王都で変わった者を見つけまして」
その人物は貧しい人を相手に格安で治療して回る潜りのお医者さんらしい。
「今の時代には珍しく、聖眼や魔眼の研究もしているとか。さほど期待するには値しませんが、一度シャーリィの『眼』を診てもらってはどうでしょうか?」
シャーリィの聖眼――〝リディアの聖眼〟は非常に強力だ。今のところ不都合は起きていないけど、いずれ彼女の脳へ大きな負担をかける危惧があった。
僕がそれを抑えるには『抑止の魔眼』を使う以外にない。これは完全に聖眼の機能を停止させるか、力そのものを弱める効果しかない。
前者は彼女の特性を奪ってしまうし、後者は負担が軽減するだけで脳へのダメージを完全に防ぐとは言いきれなかった。
「お医者さんなら負荷を軽減する方法を知っているかもしれないね。わかった。ブルモンさんに事情を説明して連れていくよ」
「はい、ではお待ちしております。ああ、それから――」
レイラは淡々と告げる。
「王都で同胞と久しぶりに会いました。まだクリスのことは話しておりませんが、お会いになりますか?」
同胞――それは転生前の僕が作った人造人間のことだ。
「そうだね。レイラお姉ちゃんの友人なら、会ってみたいかな」
盗賊たちを引き渡し、レイナークの冒険者ギルドで報告を済ませると、僕はすぐにブルモン邸へと戻った。
ブルモンさんに事情を説明すると、心配そうにしながらもシャーリィを連れて王都へ行くことを了承してくれた。
翌朝、僕たちは徒歩でレイナークの街を出た。ブルモンさんは馬車を用意してくれたけど、それだと王都までけっこうな時間がかかってしまう。
レイナークの城壁が遠くなったところで、街道から離れて草原の只中に入った。
「クリス、こんなところで何をするの?」
質問の体ではあるけど、期待に満ちた目からシャーリィにはなんとなくわかっているようだ。
「空を飛んでいきたいけど人数が多いからね」
ファルがタマを、僕がシャーリィとアウラを抱えて飛ぶには彼女たちが辛いだろう。
「乗り物を用意するよ」
僕はじっくりと詠唱して、第三冠位魔法『武装具現化』を発動した。
草で覆われた地面に巨大な魔法陣が光を放つ。そこからゆっくりと、黒色の大きな物体が姿を現した。
翼を広げた鳥のような、船に大翼を付けたような、流線型でつるりとした金属質の乗り物だ。
全長は十五メートルほど。横幅も翼部分があるので同じ程度はある。
「『ヴィマナ』といって、大昔の空飛ぶ舟、ってところかな。これはオリジナルじゃなくてレプリカだけど」
せっかくだから空の旅を楽しもう。
僕たちは船内に向かった――。




