お仕事は終わったものの
エリザベータ姉さんは茂みをかき分けてこっちへ来る。
「これはこれはエリザベータ様、いかがなさいましたか?」
アレスター家の兵士――姉さんの直轄兵の隊長さんが頬を引きつらせて迎えた。
「貴方たちこそ何をしているの? 居住区近くで魔物が出たわよ!」
「ま、魔物、ですか?」
「ええ。幸い、わたくしの部隊が迅速に処理したけれどね。警ら中のマルコの部隊が先に見つけていたら、また手柄を与えてやるところだったわ。さっさと原因を突き止めて対処しなさい!」
どうやらエリザ姉さんは、僕たちがサボっていると考えて叱責しに来たらしい。
腕を組んで怒り心頭の姉さんに、隊長さんたちはおののいている。
兵士たちの代わりに冒険者のリーダー、ルッツさんが進み出た。
「まあそう怒りなさんな。その原因ってのを、たった今突き止めたところさ」
「なんですって?」
ルッツさんは軽く自己紹介して、僕がさっき語った話を説明してくれた。
「転移門……? 初めて聞くわね。いい加減なことを言って報奨金をせしめようって魂胆かしら?」
「まさか。俺たちだって知らなかったから疑うのは無理もないがね。こちとら信用商売だ。嘘で依頼をこなしはしないさ。金払いのいい貴族様相手ならなおさらな」
エリザ姉さんはルッツさんではなく、隊長さんをぎろりとにらんだ。
「は、はい。我らもその転移門とやらを見ました。魔物が出てくるところは見ていませんが、そこを通ってこの場からいなくなったのは確認済みです。嘘やまやかしではないかと……」
「で、その転移門を消したのが……そこの魔物ですって?」
「クエッ♪」
ファルはえっへんとばかりに空中で胸を張る。
「この妙ちくりんな魔物がねえ……」
「クエエッ!」
うん、お怒りはごもっともだけどここは耐えてくださいお願いします。
「あんな子どもに使役されている程度の魔物でしょう? 卑しきテイマーごときの言葉を鵜呑みにしてどうするの!」
「し、しかしですね……」
「だいたい、わたくしの前でもフードを被ったままとは失礼極まりないわ。さあ、顔を見せてみなさい!」
わわっ。姉さんが大股で近づいてきた。フードを取ろうと手を伸ばす。
下手に抵抗はしないほうがいいかな。どのみちフードを押さえれば手の甲にある呪印を見られて気づかれるし。
仕方がない。ここは変顔で乗り切ろう、とうつむいた状態であれこれ試していたら。
「ふしゃーっ!」
もこもこで丸っこいのが割って入ってきた。
「ひぃっ!?」
姉さん、驚きのあまり尻もちをついた。
「エリザベータ様!」
「この魔物め!」
護衛の騎士さんが腰の剣に手をかける。
「す、すみません! こらタマ、ダメじゃないか」
僕は慌ててタマに抱き着いた。ふわもこの毛に手を沈めて呪印を隠す。
声でバレないように変えようとしたら、不自然に高くなってしまった。
「謝ってすむと思うな!」
「この無礼者めが!」
騎士の二人が剣を抜いて斬りかかってきた。
「ぬぉっ!?」
「くっ!」
タマを抱えたまま、ひらりひらりとそれらを躱す。
「お、おのれ!」
「こいつ!」
誰も止めてくれない。それどころか冒険者のみんなは「腰が入ってねえぞー」とか「だらしねえなあ」とか「ほれほれ、もうちょっとだ」とか囃し立てている。
しばらく避けるうち、騎士の二人が疲れて動きを止めた。
ようやくルッツさんが苦笑交じりに割って入る。
「そら、こいつの実力はわかっただろう? 子どもだが腕は確かだ。仲間内じゃ一番な」
姉さんは立ち上がると忌々しげにリーダーさんを見やる。
「だから無礼を不問にしろと?」
「失礼は詫びるが、あんたらにも非はあるぜ? 怒声を吐き出しながらテイマーに近づけば、マスターを守ろうって怒られても無理はねえよ」
それに、とリーダーさんは飄々と言う。
「このお嬢ちゃんは訳ありでね。顔に傷があって人に見せたくないのさ。貴族さんも同じ女なら、気持ちはわかるだろう?」
「……女、なの?」
「へ? ええっと……、そのよう、ですな」
エリザ姉さんの問いに、隊長さんが答えた。
自己紹介のときに性別までは言ってなかったけど、誰かが僕を指して『彼』と言ってたんだけどな。真面目に聞いてくれてなかったのが幸いしたようだ。
「つーわけで、仕事はちゃんとやるからお帰りくださいな。もう用事はないんだろう?」
エリザ姉さんは疑惑の目を向けてくる。
けど僕の正体や性別がどうこうより、魔物の異常発生の原因を突き止めた話をまだ疑っているようだ。
このままだと『証拠を見せろ』とか言って付いて来かねないな。
先手を打っておくか。
「あの、アレスター様」
女の子の声を意識したら裏返ってしまった。でも『こういうものだ』と思わせる意味で続けるしかない。
「もしよかったら、ご一緒しませんか? ファル――この魔物が転移門を消すところをご覧いただければ、お疑いも晴れると思います」
「なんですって?」
ここでルッツさんが僕の意図を汲んでくれたのか、助け舟を出してくれる。
「お、そりゃいいな。ちょうど人手が欲しかったところだ。俺たちと一緒に森の中を駆けずり回ってくれよ」
エリザ姉さんは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「冗談じゃないわ! どうして次期アレスター家の当主たるわたくしが、卑しい冒険者たちと行動を共にしなくてはならないのよ!」
よし、作戦成功。
自分からは言えても、下に見ている僕たち冒険者からの提案は絶対拒否すると思ったんだよね。
「んじゃ、俺らの仕事が終わるのを、お茶でも飲みながらのんびり待っててくれよ」
「くっ……まったく、失礼な連中ね」
姉さんは隊長さんに向き直る。
「貴方たち、しっかり連中を見張っていなさい。領内で粗暴な真似をされては迷惑ですからね」
「は、はい!」
姉さんは僕を一瞥しただけで踵を返す。
馬のいななきが聞こえたところで、ようやく僕は息をついた。
「それじゃあ、確認の意味でさっきの話をもう一度――」
変な邪魔が入ったけど、どうにかこうにかつつがなく、付近の『魔界門』はすべて消滅させることができたのだった。
でも、根本の問題は解決していない。
誰がこれだけ多くの魔界門を開いているのか? ここではつかめなかったのだ。
まあ想定の範囲内だ。判明したらラッキーって感じだったしね。
でもいくつも魔界門を閉じて回ったから、きっと向こうは焦っているはず。
すくなくとも、その原因を探ろうとするだろう。
だから僕は僕自身の周囲に、網を張ることにした――。




