虎猫の名前が決まった
首からさげるプレートが銀色になった。
僕自身になんの変化もないのだけど、やはり周りの見る目が変わる。特に昨日Cランクに上がったばかりだしね。
賞賛の声は面映ゆいし、忌々しげに僕を睨む人もいた。
そういった雰囲気を嫌ったのも理由のひとつだけど、僕はBランクに昇格してすぐギルドの建物を出て、家路を急いだ。
「にゃぅぅ……。ふしゃーっ!」
虎柄のまん丸な生物が道行く人を威嚇しまくっている。
街へ戻ってきてからずっとこの調子だ。
「何をそんなに怒っているのさ、ルルガー」
僕が呼びかけると、あからさまに嫌そうな顔をして転がり始めた。ふてくされているのは明白だけど理由がよくわからない。
「クェ~……」
「ァゥ……」
ファルとアウラが呆れたような同情したような表情になっているのはなぜなのか?
「何か気に入らないことでもあった?」
ぴたっと止まったルルガーはシュバッと僕に寄ってきた。
「にゃにゃ! にゃにゃにゃおん、にゃにゃぁ!」
何かを訴えている。
「ごめん、まったくわからないよ、ルルガー」
「にゃん!」
また怒った。あ、もしかして。
「名前が気に入らないの?」
「にゃにゃぁ!」
それだ! って感じで前脚を一本僕に付きつけてくる。
「イビ『ル』・マーブ『ル』・タイ『ガー』だから『ルルガー』ってそんなに変かな?」
安直ではあるけどシンプルで呼びやすい名前じゃないかな。
最初にパッと思いついたのは『マル』だったんだけどマルコ兄さんと被ると思って考え直した。
「にゃふぅ……」(やれやれわかってないなあといった風に首というか体を横に振る)
「クェェ……」(同上)
「……」(アウラは目を逸らした)
魔物使役魔法では使役される側の名前は重要だ。早く決めなくちゃ僕の命令に逆らって使役状態が解けてしまう危険があった。
主の側が一方的に名を決めてもまったく構わないのだけど、ここまで拒否反応を示されると今後の活動に支障が出かねないな。
「わかった。帰ったらもう一度考えてみるよ」
「にゃぁあ?」
こいつ……肩を竦めたような動きをしたぞ。肩の位置がいまいちよくわからないけど。
大きな屋敷に到着した。僕がお世話になっているブルモンさんのお宅だ。
鉄扉をくぐって道なりに進み、正面玄関へ。
大きな扉を開けると。
「お帰りなさい、クリス、ファル、アウラ。それから……新しいお友だちだね」
金髪の女の子――シャーリィが玄関で待ち構えていた。相変わらずいろいろお見通しっぽいな。
「ぅにゃぁ~」
ルルガー(仮称)は警戒している。彼女が聖眼持ちだと気づいたらしい。
「この子はマーブル・タイガーのルルガーだよ」
「にゃぁ!」
「名前は仮だけどね」
シャーリィは小首をかしげる。
事情を説明するとくすくす笑った。
「いい名前だとは思うけど、女の子には似合わないよ」
「えっ?」
この子って雌だったのか。『解析』で見たときは気にしてなかったから読み飛ばしてたな。
ファルやアウラのときに比べて雑過ぎたか。反省。
「ねえクリス、わたしが名前を付けてもいい?」
「構わないけど、この子は根が捻くれてるから慎重にね」
「大丈夫」
シャーリィは屈んでルルガー(仮称)をじっと見て。
「うん、『タマ』でどう?」
変わった名前だな。
「昔ね、ずっと東から来た人が飼っていた猫の名前なの。クリスと同じ黒髪がきれいな女の人」
「いや猫の名前って……」
めちゃくちゃ嫌がるんじゃないかな?
「にゃぁ! にゃにゃにゃおん♪」
ものすごく嬉しそうに跳ね回ってる!?
「まあ本人が気に入ったならそれでいいか。じゃ、君は『タマ』だ。いいね?」
「にゃふぅん♪」
喜びの余りシャーリィに飛びかかろうとしたルルガー改めタマをむんずとつかむ。
「君はずっと外にいたんだからまずはお風呂だよ」
「大浴場を使ったら?」
シャーリィに笑顔で見送られ、そのままファルと一緒に浴場へ向かった。
アウラは見た目が女の子なので僕たちとは別だ。
ブルモンさんの家のお風呂はとても広い。大浴場と呼ぶにふさわしい。自室にもお風呂はあるけど僕とファルだけでもちょっと狭いし、解放的な大浴場はありがたかった。
ブルモンさんも屋敷のみなさんもふだんから快く僕が帰ると優先してくれる。居候にまで親切だよなあ。なので最後は浄化魔法でいつも湯をきれいにするのだ。
嫌がるタマを押さえつけてアワアワにした。よく濯いで解放すると浴場から飛び出すかと思いきや、大きなお風呂にドボン。顔を天井に向ける姿勢ですいーっと泳いでいる。
ファルの汚れも落とし、自分も体を清めて湯に浸かった。
「そういえば君、どうしてあんな大ケガを負ってたの?」
「にゃにゃ、にゃにゃにゃんにゃおん」
一生懸命何かを訴えるタマ。でもごめん、まったくわからないよ。
魔物の言語解読は種によってできるできないが激しい。人型に近いとわかりやすくて、ファルみたいに素直な性格ならよく伝わってくるんだけどね。
仕方がないので『深層解析』を発動する。文字情報だけではあるけど、この子がどこからどうあの森にやってきたかも調べてみた。
「……なるほど、ケルベロスか」
「にゃん!」
三つ首の巨大な犬型魔物。魔界でも屈指の強さを誇り、巨躯に反して実に機敏。素早さが売りのタマでも六つの目からは逃れられなかったようだ。
「で、たまたま開いていた魔界門をこじ開けてこっちの世界へ逃げてきたのか」
「にゃぅぅ……」
「クエッ」
悔しそうなタマをファルが尻尾でなでなでして慰めている。
ところで、魔界門が『たまたま』開いてた? それって誰かが魔界から開けたやつじゃないかなあ?
「まさかケルベロスまでこっちに来てないよね?」
「にゃ? うぅ、にゃん!」
リベンジする気満々だけど、追いかけてきたかどうかは定かじゃないらしい。
「君が通ってきた魔界門の様子を見ておきたいところだけど……」
場所がなあ。
だってもろにアレスター領――僕が追い出されたところだったので――。




