若者を指導した
ファルを追いかけて裏手の広場にやってきた。
案の定、広場の端に草が僕の背丈ほどの高さで山積みになっていた。
ただの草がこんなところにあるわけはなく、加工すると金属みたいに丈夫になり、しかも植物なのに火に強い性質を持つ『火鋼草』だ。
「クェ~」
「ファル、ダメだってば。それはギルドの物なんだから」
尻尾をつかんで引き止める。しゅんとしてしまった。後で美味しい草を買って食べさせよう。
と、広場には僕たち以外にも人がいた。
「ふっ! はっ! やあ!」
「焼き焦がせ、ファイヤーボール!」
昨日助けた剣士の少年と魔法使いの少女だ。アベルさんとフラビアさん。
さすがに昨日の今日で依頼は受けなかったみたいだけど、僕たちにも気づかず熱心に訓練している。
他にも何人か冒険者が自己鍛錬をしていた。
声をかければまたお礼攻撃にさらされそうだ。なにより集中を乱したくはなかった。
でも、うーん……。やっぱりアレじゃあダメなんだよなあ。
二人はけっして才能がないわけじゃない。でも自身の適性を理解していないからあらぬ方向に努力を続けていた。
「あの、ちょっといいですか?」
前世の僕なら気にもとめなかったろうに、お節介を焼こうとしていた――。
「盾役……ですか? 僕が?」
アベルさんはいきなり『貴方は盾役がふさわしいです』と言われて困惑している模様。
「はい、たとえばあそこにいる重鎧戦士さんみたいな感じですね」
大盾を持って片手剣を振り回す冒険者を指差す。固い鎧を装備して、味方を物理攻撃や魔法攻撃から守るのが主な役割だ。
「治癒系と防御系の魔法も同時に覚えましょう」
アベルさんは困ったように眉尻を下げた。
彼らの常識では、アタッカーは自己強化のみを優先してサポート魔法は専用職種に委ねる。だから盾役とはいえ物理攻撃を主体とする自身がサポート魔法を覚えるのに抵抗があるのだろう。
「貴方には魔法の才能があります。自己強化系と並行して他の魔法を鍛えても遠回りにはなりません」
あえて断定口調で諭すと、彼の目の色が変わった。
素直な性格もあるのだろうけど、たぶん命の恩人の言葉というのが大きいんだろうね。
「治癒系と防御系のサポート魔法も並行して鍛えればいいですよ」
水と土は相生関係にあるから並行して鍛錬すれば効率よく強くなれる。
具体的に訓練方法を伝えると、彼は魔法訓練へと移った。
僕らのやり取りを興味深そうに眺めていた魔法使いの少女――フラビアさんに顔を向ける。
彼女は根本からして進む方向を間違えているので説明が難しいな。
「言いにくそうね。その時点で私に重大な欠陥があるのは予想できるわ。でも遠慮はしないでほしいかな。せっかく貴方からアドバイスをもらえるのだもの。なんであれ受け入れるわ」
フラビアさんはどこか諦めたような表情になる。
「いえ、欠陥とかではなくてですね――」
彼女のプライドを傷つけないよう言葉を選んで話す。治癒も行える徒手空拳の格闘家がふさわしいと言ったところ。
「素手で殴れ……」
いけない。目から光が消えた。
「ふ、ふふふ、そう……、そうよね。私だって魔法の才能がないとうすうす気づいていたわ。不器用だし、だから武器を持たないのはお似合いかもね。そうしてゴブリンに殴りかかって為す術なく捕らえられ、凌辱される運命なんだわ……」
この人ってわりとネガティブ思考かつ自己評価が低い系だったのか。
「いえそうではなく――」
僕は再びこんこんと説明する。
「…………言っている意味は、わかるのだけど」
苦い顔をするフラビアさん。
「そもそも治癒魔法なんて神官の領分よ? 魔法使いはもちろん、攻撃役が覚えるなんて不可能じゃないの?」
なるほどなあ。
アベルさんは特に言わなかったけど、職業によって使える魔法とそうでないのがあると考えているのか。属性の概念がないからそうなっちゃったのかな?
「神官が心を鍛える過程で体を鍛えるのはよくあることですよ。その延長で格闘家みたいになる人も昔はいたそうです」
これは実際にいたから嘘じゃない。というか神官は素手でもこん棒でも『殴れて一人前』という認識だった。
「逆に体を鍛えれば心も鍛えられます。神官になるかどうかは長い目で見て決めればよくて、まずは形から入ってみませんか?」
「形から……うん、それもありよね。でも一から体を鍛えるのは……。私、体力作りはほとんどしていないし、自己強化系魔法もあまりやっていないから使い物になるレベルじゃないわ」
フラビアさんの魔力はそう高くない。でも自身の属性である水と相克する火魔法をこれまでずっと鍛えてきたから、魔力を練ったり発動させたりの技術はけっこう高かった。
「まずはこれまでの延長と考えて、魔法系の鍛錬から始めましょう。体を鍛えるのはそれからでも構いません。一定レベルにまではすぐ到達できますよ」
「貴方に言われると自信になるわね。ええ、やってみるわ」
こちらも具体的な訓練方法を伝えると、真剣な表情で魔力を練り始めた。
今日は依頼を受けないことに決めたし、装備はべつに整えるほどでもない。
いったん僕は食事に出かけ、以降は二人に付き合った。
で――。
「見てください! 革製の盾がこんな頑丈になりました。武具を強化するのってもっと難しいものだと思っていましたよ……」
「す、すごい。擦り傷程度だけど、治癒魔法が使えたわ! こんな簡単にできたんだ……」
「僕は疲労回復の魔法で疲れが吹っ飛んだよ。たった半日で使えるようになるなんて……」
「私も筋力強化と俊敏強化が重ね掛けできるようになったわ。まだ体の動かし方に慣れないけど」
まだまだ初歩の初歩ではあるけど、二人とも筋がいい。なにより真面目で一生懸命だ。
「ありがとうございます!」
「ありがとう!」
また二人に恩を売ってしまった気がするので、今度お昼でも奢ってもらおう。そのくらいの対価はもらってもいいよね?
「クエ~♪」
ああ、ファルに美味しい草を用意してもらうのもいいかな。この子が引き合わせてくれたおかげでもあるし。
なんだかんだで有意義な一日を過ごせたな。
明日の等級審査はいい気分で迎えられそうだ――。
次回はBランクの昇級試験に臨みます。




