武器屋のおじさんに感謝された
ホーン・ハウンドの群れを見送り、速やかにレイナークへと戻る。
冒険者ギルドの受付で報告した。
「クエ~」
ファルが大きく口を開けると、受付カウンターにどさっと大きな布袋が落ちた。
「ホーン・ハウンドの角がこんなに……十五本も!? しかもこれ、私が今まで見た中で一番立派です!」
受付係のエミリアさんが目を丸くする。
ハーフエルフの彼女は耳が僕よりやや長めで、それがぴこぴこ跳ねていた。
「狩り獲ったんじゃなくて、もらったんですけどね」
えっ、と驚きつつ僕が書いた報告書に目を通す。
「ホーン・ハウンドが、自ら角を落とすなんて……。テイマーってすごいんですね。いえ、クリスさんがすごいんですね!」
すごいかどうかは置くとして、魔物と意思疎通できるのは大きなアドバンテージだと思う。
エミリアさんは小躍りするように素材の査定のため奥へひっこんだ。別の人に任せたのか、すぐ戻ってくる。
ずいっと受付テーブルに身を乗り出し、僕を真剣な目で見つめてきた。なんだ?
「クリスさん、Cランクの等級審査を受けてみてはいかがですか?」
「でも僕、このあいだ初回審査を受けたばかりですよ?」
「あの時点でCランクの実力があったと私は考えています。実際、クリスさんの実績ならCランクどころじゃないのは明白ですし」
身の丈に合った依頼を受けていたつもりだけど、もしかしたら楽しくてたくさんこなしていたのが評価されているのかも。
「審査はまたゲイズさんと戦うんでしょうか?」
「いえ、初回審査で審査官と直接戦うのは冒険者登録したばかりの方の実力を知るためです。それ以降の等級審査は実績を基にした面接が主になります。あるいはこちらが指定した依頼を達成するかどうか……要するに試験を受けてもらいます」
僕の場合はCランク相当の依頼をすでに複数こなしているらしく、面接になるだろうとエミリアさんは解説した。
面接だけなら大して手間も時間もかからないかな。
「じゃあ、近々受けようかな?」
「それがいいと思います♪ 手続きは本日中に済ませておきますので……あ、でも――」
エミリアさんはちょっと表情を曇らせたものの、すぐにパッと笑みを咲かせた。
「いえ、クリスさんなら大丈夫ですね」
「あの、すごく気になるんですけど」
「す、すみません! 実は単独で活動されている方の等級審査はちょっと厳しめになるんです。冒険は基本、パーティーを組んでやるものですから、協調性やなんかが乏しいと、ね?」
昇級するうえで不利になるってことか。
「今のところパーティーを組まれていないのはクリスさんと、あのダークエルフさんくらいですから」
僕は気兼ねなく魔法を使いたいから人目を避けたい事情がある。
レイラはまあ、足手まといを引き連れるのが嫌なんだろうな。
「そういえば、ダークエルフのお姉さんって最近見かけませんね」
僕に『お姉ちゃん』呼びさせて構ってほしそうだったくせに、とんと姿を見せていない。
「ちょくちょくは来ていますよ。というか異常なハイペースで依頼をこなしていますね。ボードに貼り出している依頼票を適当に選んで、依頼が終わってもすぐまた別の依頼を、という感じで」
となると単に行き違いになっているのか。
どうにも考えが読めないな。
僕がかつての賢者グラメウスが転生した姿だとは気づいているはず。それでも知らないフリをして、それでいて『自分を都合よく使え』なんて言ってたのに。
……『愛の巣』資金を稼いでいる、のかな?
「おおっ! いたいた! ようやく会えたぜ」
聞き覚えのある声に振り向くと、小柄でひげもじゃの男性が僕に駆け寄ってくる。
以前、僕が装備を整えた武具屋の店主さんだ。
「こんにちは。僕に何かご用――」
「こいつを見てくれ!」
僕の言葉を遮って、店主さんは一本の片手剣を差し出した。
手に取る。ああ、僕がメモで伝えたとおり鍛えたのか。うん、強度上昇と斬撃力強化の加護がきちんと付与されてるね。
「すごいですね。直接教えたわけでもないのに、もうできちゃったんですか」
「いやいやいや! すげえのは兄ちゃんのほうだろ! ドワーフのオレなんかが加護持ちの剣を作れるなんて……本当、ぐずっ、夢を見てんじゃねえかって……」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼす店主さん。
なんだなんだと人が集まってきた。
「ともかく礼が言いたくてな。遅くなっちまったが、本当にありがとう!」
店主さんは剣を握った僕の手を両手で包んだ。がさがさで肉厚、真面目で一生懸命なのが知れる職人の手だ。
「いえ、僕はただきっかけを与えただけで……」
実際にそうだ。本来ドワーフは土系統の魔法に秀でた種族。特に店主さんは才能があるのだから。
エミリアさんがカウンター越しに尋ねる。
「その剣って魔石を使っていないんですか?」
「おうよ。それでも強度はそこらの剣の倍近くあるし、切れ味だって抜群よ」
店主さんは腰に差したナイフを抜いて水平に構えると、ほれほれと僕を促す。
注目を浴びえている中とてもやりづらいけど、僕は手にした剣でナイフの刀身に振り下ろした。
キィン、と涼やかな音が鳴り、ナイフが真っ二つに両断される。
「おおっ!」
「すげえ!」
「なんて切れ味だ」
「刃こぼれもしてねえぞ」
冒険者のみなさんが目を輝かせる。
「おい、そいつを俺に売ってくれ!」
「いや俺だ!」
「槍はねえのか!?」
そして店主さんの周りに殺到する。
「いい宣伝になったみたいですね」
「お、おぅ……。そんなつもりは毛頭なかったんだが……」
困惑しつつも嬉しそうだ。
僕が昔作った剣を大切に保管してくれて、タダで譲ってもらった恩は返せたかな。
受付ロビーの一画で商談が始まったのを眺めて、僕は嬉しくなる。
さて、ずいぶん遅くなってしまったな。
夕食は軽く済ませ、早く帰ろうと店主さんにお別れのあいさつをした。
「もっと腕を上げて最高の剣ができたら、兄ちゃんとこに持ってくよ。そういや兄ちゃん、今ってどこに住んでるんだ? ここへ来りゃ会えると思ったけど、すれ違ってばかりだったからな」
「今は街の中心部にあるブルモンさんのお宅にご厄介になってます」
「おおっ、あの豪邸にかよ。どういう経緯かは知らねえが、面倒見のいい爺さんだなあ」
さすがブルモンさんは街で一、二を争う豪商だ。街の人たちはよくご存じで。
今度こそ退散しようと歩き始めたそのときだ。
「なるほどそれはよいことを聞きました。ではわたくしもブルモン邸へご一緒いたしましょう」
メイド服を来たダークエルフ――レイラは唐突に現れて何を言ってるの?
「豪邸と聞いては黙っていられません。いずれあのお方をお迎えする愛の巣の参考にさせていただきます。さあクリス、さあさあさあ!」
ぐいぐい腕を引っ張られ、受付ロビーから連れ出されてしまう僕。
「あの坊主、マジで凶暴女を手なずけてやがる」
「逆のように見えなくもないが、どっちにしろすげえ」
そんな声を聞きながら、僕は引きずられて行くのだった――。




