迷子の狼を群れに帰した
冒険者になって何日かが過ぎた。
僕は毎日冒険者ギルドに足を運び、依頼を受け、コツコツとこなしていく。なるべく目立たないよう、ささやかな依頼を選んでいた。
今日はレイナークの街の西にある、小さな村へやってきた。
ピンクのちびドラゴンで僕のテイマー・ロールプレイのパートナー、ファルも一緒だ。
夜な夜な村の近くに狼型の魔物が出没するので、被害が出ないうちになんとかしてほしい、とのこと。
夜を待たずに近くの林を探索すると、該当する魔物はすぐ見つかった。
「ゥゥゥゥ……」
牙を剥き出しにして威嚇する、僕の背丈ほどある体高の立派な狼だ。その額には螺旋模様の尖った角が一本生えていた。
ホーン・ハウンドと呼ばれる、肉食の危険な魔物だ。
とても警戒心が強く慎重な性格で、村の近くに現れていたのは家畜を襲う事前調査といったところかな。
村を襲う前でよかった。
彼らではホーン・ハウンド一匹でも戦いにならないし、下手をすれば死人が出ていたろう。
そうなっていたら僕でも駆除せざるを得なくなる。
「ちょっと話がしたいんだけど、いいかな?」
まずは交渉。魔物だって話せばわかり合えるかもしれないのだ。
「ウウウッ」
警戒を解くどころか怒らせてしまった。なぜ?
挫けずに粘り強く交渉しようと思う。
だってそもそもがおかしいのだ。
「えっと……君はどうしてこんなところにいるの? 群れからはぐれちゃったの?」
ホーン・ハウンドは群れで行動する。
仲間意識がとても強く、はぐれた仲間を探し回ることもしばしば。だから数日も一匹でいることは滅多にない、異常事態と言えた。
「ゥゥ……。ウォン、ウオォォン」
彼(でよさそうだ)の警戒がすこしだけ緩んだ。
やっぱり群れからはぐれたようだ。あちこち動き回るより、この場で仲間が迎えに来てくれるのを待つつもりらしい。
さらに話を聞いたところ、林の中は餌に乏しく、空腹を満たすために村を狙っているのだとか。
「だからって人里を襲うのはおすすめしないよ。怖い冒険者たちが君を駆除しようとやってくるからね」
ギラリとホーン・ハウンドの眼が光った。
「いや、僕はそうならないためにここへ来たんだ。君の仲間を一緒に探そうと思ってね」
おそらく群れはここからさらに西へ行った山の中。全方位監視を使えば彼らの痕跡を見つけ、それを辿れば群れを探し当てることもできる。
「ゥゥ……ウォン!」
僕を完全には信用してないけど、話には乗ってくれたらしい。
「あ、そうだ。これをどうぞ」
僕は収納魔法に入れていた干し肉の塊を取り出して放った。サイズ的にたいして腹の足しにはならないだろうけど、お腹を空かせたままじゃ可哀そうだ。
地面に落ちた干し肉をクンクン嗅いで、彼はぱくりと一口で食べてしまった。
「ごめんね、今はこれだけしかなくて……」
とにかく群れに合流させよう、と考えたそのときだ。
「クエェーッ!」
木々の上をふよふよ飛んでいたファルが叫んだ。
うん、僕も見つけた。
ホーン・ハウンドが三体。こっちへ駆けてくる。
この彼の仲間と見て間違いないだろう。
「よかったね。探す手間が省け――」
ガサガサガサーッ、と茂みを掻き分け飛び出す三体。
「ガウゥッ!」
「ウォォッ!」
「ガアァッ!」
あれ? 牙を剥いて問答無用で僕に襲いかかってきた?
なるほど、警戒心が強くて慎重な彼らだけど、仲間のためなら無茶をするんだね。
僕、敵認定されちゃったかー。まあ状況的に仕方ないね。
僕は三体の突進をひらりと躱す。
着地した彼らは横に広がり、僕の正面と側面から再び襲いかかろうと体勢を整えた。
誤解は解きたい。でも興奮状態にある彼らが話に応じてくれるとは思えない。
仕方がない。動きを止めよう。
「高重力」
高速詠唱で第三冠位魔法を発動する。
魔物たちの動きが止まった。高重力が圧しかかり、踏ん張ってぷるぷる震えている。
手加減したとはいえ、つぶされずに耐えているのはすごいな。
「君もストップ。彼らに危害を加えるつもりはない。ちょっと落ち着いてもらいたいだけだよ」
最初からいたホーン・ハウンドが僕を睨みつけて身を低くしたのを手で制する。
「乱暴なことをしてごめんね。ともかく僕の話を聞いてほしい」
彼に仲間の下へ帰る手伝いを提案し、承諾してもらったところだと説明する。
殺気が薄れた。
ここで魔法を解除する。
三体は元からいた一体の側に駆け寄り、守るように並んでこちらを向いた。
後ろの彼が小さくうめく。三体のうち真ん中の一体も小さく鳴いた。
「君たちが来たなら、僕はもう必要ないよね」
探るように僕を睨んでいた真ん中の一体が、一歩二歩と進み出た。
「ウォン! ウォォン」
「ん? 付いて来い? どうして?」
「ウォン!」
いいから来いとの一点張り。
まあ、群れに合流するのを見届けられるならそれに越したことはない。こっそり確認するつもりだったし。
「わかったよ」
僕の言葉に、リーダー格っぽい一体が駆けていく。西の方角だ。
最初にいた彼、残る二体の順で駆け出して、僕はその後に続いた。
で――。
深い森に入り、山道を登って夕方になるころ。
四体が立ち止まると、辺りからぞろぞろとホーン・ハウンドが現れた。
全部で五十体ほど。
完全に囲まれました。
そして正面から、木々を押しのけるようにして現れる巨大な影。
他よりふた回りは大きなホーン・ハウンドが四体へ歩み寄る。
この群れのボスだね。
はぐれていた彼が駆け寄り、巨躯の側面に体を擦りつけた。
ボスはこちらへ視線を向ける。
「ウォオオォォォォン!」
めちゃくちゃ大きな遠吠えをひとつ。ギンッ、と目力を強くすると、
ぺこり。
可愛らしく頭を下げた。
うなるような低い鳴き声で何事かを伝えてくる。
どうやら仲間を見つけてくれて感謝しているらしい。
「いや、僕がいなくてもその三体が見つけていただろうし」
それでも食べ物を分けてくれたと、ボスが遠吠えをする。周りも合わせての大合唱。
さらにボスはカッと両目を見開くと、なにやら力をこめてぷるぷる震え、
ぼとり。
立派な一本角が根元から切れて地面に落ちた。
「えっ、これをくれるの? いやだから、それほどのことは何も……」
周りにいた何体かもぷるぷる震える。ぼとりぼとりと角が落ちていった。
合計で十五本。うち一本はボスのものでとても大きい。
彼らの角は季節で生え変わる。
とはいえホーン・ハウンドの象徴たる角を、干し肉ひとつの対価とするには割に合わなかった。
「ここから北にすこし行けばいい狩場があるよ。他の魔物は少ないから、しばらくはこの大所帯でも食べるには困らないと思う」
ボスがにっと牙を剥きだす。
迷子になっていた一体が寄ってきて、僕に体を擦りつけてきた。
「もうはぐれないようにね」
ごわごわした毛を撫でると、気持ちよさそうに彼は喉を鳴らした――。




