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呪刻印の転生冒険者 ~最強賢者、自由に生きる~  作者: すみもりさい
第二章:伝説の賢者は冒険者になる
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アリさん退治


 街を出て南に向かった先は農場になっていた。そこを越えると森に行き当たる。

 アーミー・アントは雑食で、食料とみれば見境なく巣に持ち帰る。農場が被害に遭っているそうだ。


 農場の人たちに挨拶する。


「小僧が魔物退治にきた冒険者だと?」

「まだ子どもじゃないか」

「いやでも、Dランクのプレートをさげてるぞ?」

「テイマーねえ。魔物退治に魔物の手を借りるってのは複雑だなあ」


 見た目で信用されないのは仕方がないか。

 でも一人の若者が目に涙を浮かべて寄ってきた。


「頼むぜ。爺ちゃんの仇を取ってくれ!」


 どうやら死人も出ているようだ。

 僕は森に近寄らないようみなさんに告げてから、ファルを連れて森に入った――。




 いるいる。

 森の中には巨大な蟻があちこちを徘徊していた。大きいと言っても僕の太腿あたりまでの体高で、ファルよりひと回り大きい程度だ。


 もっとも頑強な顎に噛まれると人の足首くらいなら簡単に切断される。

 単独行動をしていても戦闘になれば周囲の仲間を呼び、手間取ればあっという間に十匹以上に囲まれることもある。そうなると単身ではなかなかに厄介だろう。


 近場にいた一匹を目指して歩く。

 わざと茂みをかき分ける音を出すと、さっそく僕の接近に気づいた。

 触角を忙しなく動かし、顎をカチカチと鳴らす。周囲に警戒を伝えているようだ。


「すこし話をしたいんだけど、いいかな?」


 いちおう尋ねてみたけど、カチカチと音を鳴らし続け、森の奥へ逃げ出した。


「……意思疎通は無理っぽいな」


 アーミー・アントは群にして個。その生態は女王蟻を頭とした、全体でひとつの生物のように振る舞う。

 命令系統は完全なるトップダウン型。だから末端は女王蟻の命令か上位存在からの指令以外は受け付けない。他種と『話をする』という概念がないのだろう。


 僕は逃げた個体を追いかける。

 全方位監視の範囲内に、それは入った。


 木々はそのままに土が盛られ、二階建ての家くらいの蟻塚だ。その中心部には女王蟻がいて、小さく仕切られた部屋には卵や幼虫がいる。


 アーミー・アントは卵から孵って成長すると巣の外で寝起きする。だから体のサイズにしては必要以上に巣は大きくならず、木々に隠れて目立たたないので、森の中をくまなく探さなくてはならなかった。


 でも最初に外敵を発見した個体は巣の近くにまで危険を知らせにいく。僕はその習性を利用したのだ。これは渡された資料にはない情報。


 巣の周囲にはニ十匹ほどの『護衛』がいた。

 彼らがこちらに向かってくる。命を捨ててでも僕を巣に近寄らせないよう誘導する役回りだ。


 腰に差した剣に手をかけて、やめた。

 これは元が儀礼用で特殊効果がほとんどない。今回は相手の数が多いし、立ち回りにくい森の中だ。相応の武器で対処しよう。


 簡易詠唱すると、手元に出現した魔法陣から剣の柄が現れた。つかんで引き出す。禍々しい黒色の剣は『レイヴン』と呼ばれる呪いの魔剣――その複製品(レプリカ)だ。


 第三冠位魔法『武装具現化』。

 僕の知識にある武器や防具を具現化する魔法だ。今回は簡易詠唱だったから性能は本物(オリジナル)よりずいぶん劣る。


「それでもアーミー・アントには過剰なんだけどね」


 ひと振りで周囲を炎に包むような魔剣とは違い、レイヴンは『物理的に斬る』という機能がない。狭いところで振り回しても障害を素通りし、触れたモノに呪いなんかを付与する特殊効果をいくつも持つ。何を付与するかは使用者が決められるし、付与しない選択もできた。


 だから森を傷つけなくていい。

 ただ……ちょっと辛いな。高位の魔法を並列で発動しすぎたか。ま、すこしの辛抱だ。


「念のためファルは上で休んでいてよ」

「クエッ」


 ファルがパタパタ上に行くのを見届けてから、僕は茂みを飛び越えた。

 正面に三匹。斥候だけどあわよくば外敵ぼくを排除せんと戦闘態勢は万全のようだ。


 魔剣を振るう。

 二匹同時に斬りつけた。確実に捉えたものの傷はなく、しかし二匹はその場に倒れ伏す。


 残った一匹がカチカチ顎を鳴らした。

 左側面に展開していた五匹が慌てて僕へ突っこんでくる。それを無視して残った一匹を斬り伏せ、真っ直ぐ駆ける。


 十匹が待ち構えていた。うるさいくらい顎を鳴らしている。森中に警戒音が響き渡り、エサを探し回っていたアーミー・アントたちも巣の危険を察して集まってきた。

 目の前の十匹を倒す間に何匹か寄ってくる。


 巣は近い。でもここからはゆっくり歩を進めた。


 樹上から飛び降りてきたのを魔剣で一刺し。二匹が背後から襲いかかってきた。個を犠牲にしての不意打ちだ。二匹を同時に薙ぐ。


「クエ、クエェッ♪」


 ファルが『すごいすごい』といった風に上空を旋回する。

 土に潜って奇襲をかけるもの、波状攻撃を仕掛けてくるもの、手を変え品を変え僕の歩みを止めようとするも、そのことごとくを魔剣で斬り払う。


 もはや僕を止めることは無理と判断したのか、顎を鳴らす音が甲高いものに変わった。


「よし、出てきたな」


 巣を諦めたようで、女王蟻が外に出てきた。兵隊蟻よりお腹が三倍も大きく、背に透明な翅がある。

 依頼は巣を破壊すればいいだけ。ただし女王蟻の翅を持ち帰れば、証拠のひとつとして扱われると記されていた。


 俊速走法で一気に巣へ接近した――そのときだ。


「ッ!? 上?」


 異様な気配を感じて足を止めるも、上空、誰もいないし何もない。全方位監視は最大範囲よりも(・・・)広げていたから、一瞬だけ引っかかって慌てて逃げたってとこかな。

 なら、もう大丈夫だ。辛かったんだよね、これ。


「クワァッ!」


 ファルの一喝に意識を戻す。ちょうど女王蟻が飛び立とうとしていて、ファルの威嚇でその動きが止まった。


 サポートありがとう。僕はすぐさま肉薄して、レイヴンを持ったまま腰の剣を抜いた。女王蟻の翅を斬り落とす。飛べなくなった女王蟻はひとまず置いておき、兵隊蟻を魔剣で処理した。


 女王蟻と相対する。


「ギ、キキキ……」


 彼女は僕を見ながら後じさった。


「話がしたい。脅す感じにはなっちゃうけど、抵抗するなら容赦はしないよ」


 さて、女王の命令に忠実な兵隊たちは聞く耳を持たなかったけど、彼女はどうかな?

 女王蟻はしばらく様子を窺ったのち、


「キィイィィイィィッ!」


 耳をつんざく高音で叫んだ。

 わずかに残った兵隊蟻たちが、がむしゃらに集まってくる。自死も厭わぬ特攻だ。

 ほんの少しの可能性に賭け、彼らを盾にして逃げるつもりか。


 僕はため息をついた。

 この期に及んで自身の命を最優先にした彼女に、僕は――。


「まいったよ。僕の負けだ」


 魔剣を消し、両手を上げて敵意がないと示した。


 女王蟻は最後の最後まで、けっしてコミュニティーの存続を諦めなかった。彼らは女王蟻なしでは子孫を残せない。ゆえに群としての生存を考えれば、彼女は当然の行動を取ったまで。


 どう考えても人の都合で彼らを一方的に虐殺することは、今の僕(クリス)にはできないらしい。


「悪いようにはしない。その証拠に、ほら」


 僕は指をパチンと鳴らす。


 遠く、倒れ伏す兵隊蟻たちが一匹、また一匹と目を覚まして起き上がった。

 魔剣レイヴンには、意識だけを刈り取る特殊効果がある。魔剣のくせに手ぬるい感じがしなくもないけど、オリジナルなら『即死』なんてぶっそうな効果もあるんだよね。


「君の子どもたちは誰も殺してないよ。だから僕の話を聞いてほしい」


「ギギ、キィィ……」


 か細い鳴き声で、こちらに向かっていた兵隊蟻の動きが止まった。


「この辺りにいたら僕がやらなくてもいずれ君たちは駆除される。そこで提案なんだけど、人の生活圏から外れるところまで引っ越したらどうかな?」


「ギギギ、ギギ」


 どこへ? と訊かれた気がしたので、


「もっと南に巣を作れば、君たちの行動範囲から人の生活圏は外れるよ。そっちはそっちで別の魔物の生息域ではあるけど、人を敵に回すより生存の目はある」


 もともと棲んでいる生物たちは迷惑だろう。でもそこは自然の摂理。そもそもアーミー・アントたちがこの辺りに巣を作ったのが間違いだったのだ。


 女王蟻が天高く鳴いた。

 兵隊蟻たちがわらわらと集まってくる。僕に向かってではなく、巣の中に入って卵や幼虫を咥えて出てきた。


「ギギ、ギギギィ」


 翅を失った彼女を兵隊蟻が何匹かで持ち上げ、移動を始める。南へと向かって。


 彼らを見送り、僕は詠唱を開始した。

 発動するのは『高重力(ハイ・グラヴィティ)』。第三冠位魔法だ。今回は範囲が狭くて威力もそういらないから負担は少ない。


 巣と一体化した木々を傷つけないよう、土でできた蟻塚だけを丁寧に押しつぶす。

 女王蟻の翅を拾って依頼は完遂だ。


「なんだかんだで手間取っちゃったな」


 巣を破壊するだけでも依頼は終わりだけど、それだと中の卵や幼虫を巻きこんでしまう。


 それに、巣が壊れたら真っ先に女王蟻は飛んで逃げ、残された兵隊蟻たちはただ女王を追いかけるだけの存在になり下がる。食事もせず、襲われても抵抗せず、激流にだって飛びこむだろう。


 引っ越しは、彼らにとってもベターな提案だったと信じよう。




 森を出た。農場の人たちに報告する。


「もう終わったって!?」

「いくらなんでも早すぎんだろ」

「嘘を言ってねえだろうな?」


 自分ではけっこうもたついたと感じたんだけどな。


「巣は破壊しました。女王蟻の翅はここにありますけど、倒したんじゃありません。追っ払っただけです。すみません」


 結果だけみれば一匹残らず逃げられた格好だ。被害を受け続けていた農場の人たちは納得できないかも。死人も出ていたそうだし。

 と、一人の若者が進み出てきた。お爺さんが亡くなったっていう……。


「冗談じゃねえぞ」


 彼は僕の両肩をがしっとつかみ、


「全部追っ払ってくれたんなら文句ねえ! 大成功じゃねえか!」


 そうだそうだと歓声が沸く。


「でも、貴方のお爺さんの仇は――」


「ああ、これで爺ちゃんも気が晴れたろうな。教えてやったら挫いた足の痛みも忘れて小躍りするだろうぜ」


 がっはっはと豪快に笑ってるけどちょっと待って。


「お爺さんは死んだんじゃ?」


「ん? いや、畑にいた蟻を追っ払おうとして転んじまってな。歳を考えろってんだよ、まったく」


 えぇ……。『仇を取ってくれ』なんて紛らわしい言い方しないでよ。

 脱力するも、死者が出てなかったならよかった。


 農場の人たちに見送られて僕は駆ける。

 街へ戻って冒険者ギルドに報告だ――。





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