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呪刻印の転生冒険者 ~最強賢者、自由に生きる~  作者: すみもりさい
第二章:伝説の賢者は冒険者になる
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うやむやにするのがいいらしい


 資料室は入り口の平凡さに反し、中は広かった。

 受付ロビーに近い面積もさることながら、二階までの吹き抜け構造になっていて、壁面をびっしり埋めた棚の上部には、はしごを上らなければ届かない。


 ファルが嬉しそうに高く舞い上がり、天井付近をぐるぐる旋回する。


 部屋の中心にも棚が背中合わせに並んでいた。他にテーブルや椅子がそこかしこに置かれている。

 広いと表現したけど、実際の内寸からすると窮屈に感じた。ところで、


「なんで誰もいないんだろう?」


 あまり利用されないところなのだろうか? まあ気楽でいいけど。


 手近の冊子を棚から引っ張り出し、ぱらぱらめくる。ふむ。テーブルに置いて別の冊子を抜く。ぱらぱら。ふむ。また別の冊子をぱらぱら。ふむふむ。

 十冊をさらっと読み終えたところで、入り口のドアが開かれた。


「あ、お邪魔しちゃってすみません」


 エミリアさんだ。手にしたカップを、積み上げた冊子のすこし離れた場所に置く。ホットミルクか。


「えーっと、その、この部屋って乾燥してますから、喉を潤したほうがいいかなって」


 照れたように言う彼女は、とても気が利く人だ。


「ありがとうございます。いろいろよくしてくれて、感謝してます」


「ふえ!? いえあのその、新人の冒険者さんのお世話をするのは……って、やっぱり公私混同してますよねえ、私」


 エミリアさんはがっくりと肩を落とす。


「実は私、きょうだいは多いんですけど弟がいないんです。なので昔から弟に妙な憧れがあって……」


 なるほど。年下の男の子を世話したい欲求が強いのか。


「とはいえ、はい。以後は気をつけます。でもちょっとくらいはご迷惑じゃないですよね?」


 ぺろりと舌を出すエミリアさんに、「もちろんです」と笑みを返した。


「はぅぅ……、だからそういうのが反則なんですよぉ」


 今度は両手で顔を隠してぷるぷる震えている。耳もぴこぴこ。なんなんだ?


「で、では私はこれで。お邪魔ですもんね、はい」


 邪魔だとは思わないのだけど、こちらが何か言う前にエミリアさんはぴゅーっと資料室から出て行った。

 これでまた僕とファルの二人きり、と思ったのも束の間、別の誰かが入ってきた。


「おや? おやおやおや? こんなところでお会いするとは奇遇ですね」


 メイド服を着たダークエルフ――レイラはわざとらしく言いつつ僕に寄ってきた。


 向こうから狙ってやってきたらしいな。彼女とはきちんと話がしたかったのでちょうどいい。

 僕はすぐさま入り口を結界で閉ざした。


「ふわっ!? いきなりの密室構築ですか!? 事前に人払いしておいたわたくしもまさかの急展開に動揺を隠せません。いえしかし、そちらの肉体年齢的にまだちょっとばかり早いのではと思いながらもなんだか熱いのでついついシャツのボタンに手がぁ! ところで防音はご不要で?」


 僕は邪魔が入るのが嫌だっただけです。防音はまあ……てか、この状況は彼女の仕込みか。


「失礼、取り乱しました。とにかく予行練習の通りにまずは自己紹介をば。まだ正式には名乗っていませんでしたものね」


 手鏡を見ながら長い髪を整え、居住まいを正してようやく「こほん」と咳払いすると。


「わたくしはレイラ。気安く『レイラお姉ちゃん』とお呼びください」


 今なんて?


「レイラさん、僕に何か用ですか?」


 ともかく、きっと僕の正体には気づいているのだろうけど、はっきりするまでは素知らぬふりで様子を見よう。

 ん? なんだかどんよりしてしまったぞ?


「レイラさん、僕、何か失礼なこと言いましたか?」


「…………『お姉ちゃん』、です」


「は?」


 これはなんの儀式だろうか?

 ちらっちらっと期待するような眼差しを向けられては要望に応えざるを得ない。


「あの……レイラお姉ちゃん……?」


 レイラはほわーんと蕩け顔になって、


「なんですか? お姉ちゃんに何かしてほしいことでもありますか?」


 それを訊いてるのは僕なんだけど?

 このままでは埒が明かない。意を決して真意を問い質す。


「君はもう気づいているんだろう? 僕が何者であるか」


 レイラは表情を消し、背筋を伸ばすと。


「はて? なんのことでしょう?」


 めちゃくちゃわざとらしく目を逸らしたね。


「ところで『君』、などとよそよそしい呼称ではなく、『レイラお姉ちゃん』と呼んでいただきたいのですが」


「そこになんのこだわりが?」


「わたくしはかつて大切な方からこう命じられました。『自由に生きろ』と。ですから自由に生きていたのですけれど――」


 レイラはくわっと目を見開く。


「先日、運命の出会いを果たしました。ひと目見てビビッときたのです! ああ、今のは誇張が過ぎました。実際には二度目に会ったときですね。ともかく! この少年こそ我が運命だと感じたのです!」


 えぇ……?


「年下の少年を甲斐甲斐しく世話する。これだと思いました。わたくしの裡に眠るメイド魂と尽くし系世話焼きお姉さん気質が目覚めた瞬間です。ええ、けっしてどこぞの受付係の受け売りではなく」


 さっきのエミリアさんとの話を聞いていたな?


「そんなわけですからわたくしのささやかな願いを聞き入れ、お世話されてください。このとおりです」


「いや、土下座されても困るんだけど……」


 レイラは立ち上がって言う。


「貴方は記憶がおぼろげなのでしょう? ならばこの世界の現状などを訊き出すのにわたくしを利用すればよろしい。大した見返りは求めません。ええ、わたくしを抱き枕にしていただくくらいで手を打ちましょう!」


 僕を抱き枕にするんじゃなくて?


「わたくし、貴方にとって都合のいい女であると自負しています」


 言い方。


 やはり彼女は、賢者グラメウスが転生したのが僕だと気づいてはいる。

 僕が正体を隠しているのは自由気ままに生きたいとの理由からだとも察したうえで、側仕えしたいとかそんな感じなのかな?


 彼女らには『自由に生きろ』と言った手前、再び主従関係を結ぼうなんて思っていない。

 その辺りにも配慮しての『世話焼きお姉さん』設定なのだろうか?

 だったら僕の正体は表面上うやむやのままにしておくのがいいのかな。


「わかりました。それじゃあレイラお姉ちゃん、いろいろ訊きたいことがあるのですけど」


「はい、なんなりと♪ あ、ちなみに口調は砕けた感じでお願いします。そちらのほうが近しい間柄感がぐっと強まりますので!」


 注文が多いな。べつにいいけど。


「ちなみにわたくしは『クリス』と呼ばせていただきますね。主に不敬とは思いますが、そこはほら、『お姉ちゃん』ですから!」


 今『主』って言ったね。まあいいか。

 この二百年を生きた彼女なら知ってそうなことを中心に、情報収集させてもらおう――。




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