不思議な少女の特殊な眼
やたら大きなお風呂に入り、その間に用意された部屋へ通された。
ここもまた広い。
クイーンサイズのベッドに、ソファーが二つのくつろぎスペースまであった。
「必要なものがあったら、言ってね」
ここへ案内してくれたシャーリィはなぜか部屋の中に入ってベッドにバフン。
「クエ~♪」
お風呂でぽかぽかになったファルは上機嫌で部屋の中を飛び回る。
「僕たち二人には広すぎるよ」
「今はそうでも、そのうちまた増えるもの」
可能性の話ではなく、まるで確定した未来を語るように彼女は言う。やっぱりこの子は……。
「ねえ、シャーリィ」
僕の呼びかけに、女の子はむくりと上体を起こしてベッドに腰かけた。
「君の目について、聞いてもいいかな?」
「目?」
シャーリィは不思議そうに小首を傾げる。
そうか。視覚的に〝視えてる〟わけじゃないんだね。
「君は勘がいいって話だったよね。それってどういう風に〝わかる〟ものなのかな?」
小首を傾げたまま何やら考えてのち、
「なんとなく」
ただそれだけを答えた。
まだ『開眼』――聖眼が真に覚醒していないからか、本人にも漠然とした感覚なんだな。
「シャーリィ、君は特殊な眼を持っている。できれば詳しく調べたいんだけど、いいかな?」
神にも迫る規格外の聖眼――〝未来視の聖眼〟だとすれば大変なことだ。今はまだ周囲が『勘がいい』くらいの認識でも、無自覚のまま開眼したら隠し通すことはできない。
彼女を巡って国が争う事態にもなりかねなかった。
いや、それ以前に未来視が完全に開眼すれば、前世の僕ならまだしも人の身では耐えられない。脳が焼き切れてしまうだろう。
「いいよ」
わりと軽いな。
あまりに無垢なので気が引けるけど、正確な情報は彼女のためでもある。
僕は『深層解析』を発動した。
彼女の周囲にいくつものウィンドウが現れる。僕にしか視えないものだ。
プライベートに触れる部分は無視。その〝眼〟にのみ着目する。
それでも情報量が半端ない。
高速で文字が流れていった。その膨大な情報を探っていく。
深く。もっと深く――「ッ!」
僕が険しい顔をしたからだろうか、シャーリィがびくっと肩を跳ねさせた。
珍しいな。盗賊にもドラゴンにも動じなかったのに……って、なるほどね。
「だいたいわかったよ。さすがに〝未来視〟じゃなかったか」
ホッとしたものの、だからといって安心はできない。
なにせ彼女の眼は――。
「君が持っているのは〝導く者の聖眼〟と呼ばれているものだ。かつて実際に持っていたエルフの王の名が由来になっていて、簡単に言えば『物事の本質を見抜く能力』だね」
「?」
よくわかってない風な彼女に説明を続ける。
「初めて会う人の人となり、その言葉に偽りがないかどうか、骨董品の真贋、商品の質。君は今まで、そういったものを『なんとなく』把握してお爺さんに助言してきたよね?」
「感じたことを、伝えただけ」
考えなしか。だからこそ危険なんだよね。
「それだけじゃない。ふつうは視界で捉えたものしか対象にならないのに、君の場合は周辺環境の情報も視界の外から受け取っている。しかもそれらを脳内で適切に処理し、あたかも『未来を予測』するような結論を導き出していた」
天気予報はお手の物。もちろん、それだけにとどまらない。
盗賊に襲われても近くにいた僕の存在から『必ず助かる』との確信があったのだろう。ファル――巨大ドラゴンのすべてを焼き尽くす攻撃も、森に潜んでいた僕がなんとかすると結論付けた。
だからまったく動じなかったのだ。
「君の力は現時点で〝リディアの聖眼〟を上回っている。はっきり言って未来視レベルだよ、これ」
驚くべきは、聖眼に付随する処理能力の凄まじさだ。常人なら今この段階で脳が焼け焦げてしまうよ。
説明の間、シャーリィは頭の上に疑問符を乗っけていた。
十歳の彼女には難しかったかな。聖眼の情報処理能力はそれに特化したものだから、まだ難しい言葉は理解できないようだ。
「わたしは、どうすればいいの?」
すこし不安そうに僕の瞳を覗きこむ彼女に、優しく告げる。
「僕に任せてくれればいいよ」
彼女の聖眼は強力だ。
いずれ開眼すれば、彼女の体では耐えきれなくなる懸念がある。それを含めて僕がなんとかしよう。
「うん、そうする」
シャーリィには言葉足らずなほうが、意図が伝わりやすいらしい。
「いちおう言っておくと、僕にも打算がある。君の眼は興味深くて、魔法の研究に役立てたいんだ」
今発動している『深層解析』は、〝リディアの聖眼〟をもとに僕が開発した魔法だ。この魔法を改良するためにも、彼女は利用させてもらおう。
と、シャーリィがくすくす笑った。
「それは、半分うそ」
む、本心を語ったつもりなんだけどな。何が『半分』なんだろう?
にしても、こんな風に無邪気に笑えたんだね。表情が乏しい子だと思ってたよ。
「クリスは、物知りだね」
「なんとなくわかってると思うけど、できればみんなには秘密にしておいてほしい」
シャーリィはじっと僕を見つめる。
「うん、わかった」
満面の笑みの彼女を、守りたいと思った。
うん、そうだね。
彼女がこうなってしまったのは、僕の責任なのだから――。




