拠点が決まった
冒険者ギルドを出て、僕は大通りを行く。
目的はこの街での拠点を定めることだ。
ギルドのロビーで現役冒険者にヒアリングしたところ、彼らの多くは安宿に泊まったり、安アパートを借りたりが主らしい。
稼ぎが良ければそれなりの部屋や、中には一軒家を買ってメイドを雇ったりしているそうだ。
まだ駆け出しの僕は前者を選択すべきだろう。
そう思ってお手頃価格の宿屋や集合住宅を見て回ったのだけど――。
「魔物と一緒? 悪いけど他を当たってよ」
「ダメダメ。うちはペット禁止だよ」
「犬や猫なら構わないけど、魔物じゃねえ……」
ことごとく断られてしまった。
「クェェ……」
「ファルのせいじゃないよ」
言ってはみたものの、魔物を連れての宿泊や賃貸はなかなかに難しそうだ。
テイマー自体が稀少職であるらしく、冒険者ならそれなりに認知されているものの、一般の理解はそう高くないと感じる。
さてどうしよう?
野宿には(前世から)慣れているけど、裏路地やなんかで夜を過ごすのは嫌だ。アサルト・ボアーを売って稼いだお金もあるし。
こうなったら街の外に小屋を建てて暮らそう。資金が貯まったら街の中でマイホームを購入するんだ。
前向きになったところで足取り軽く石造りの大通りを歩いていたら、前から煌びやかな箱馬車がやってきた。
特に気にせず、すれ違う。直後に馬がいなないた。ファルがびっくりしたので僕も何事かと振り向く。
急停止したのが原因らしいけど、誰かを轢きそうになったとかではないらしい。
まあ僕には関係ないか、と踵を返そうとして。
箱馬車のドアが開かれた。ぴょんと飛び降りた小さな影。ぱたぱたと駆けてくる女の子には見覚えがあった。さらさらの金髪で青い目をした彼女はたしか――。
「シャーリィ?」
「やっぱり、また会えた」
偶然彼女たちが盗賊に襲われているところに出くわしたんだった。レイナークとは逆方向のアレスター領へ向かった旅商人のお孫さんがどうして豪華な箱馬車に?
「おおっ、お前さんはあのときの。じゃがレイナークに歩いて来るには早すぎんかの?」
続けてふくよかなお爺さんが降りてきた。シャーリィのお爺さんで、たしかブルモンさん。
「途中で荷運びのおじさんの馬車に乗せてもらいました」
「そうじゃったか。それにしても奇遇じゃなあ」
お爺さんはニコニコと寄ってくる。
「ね? 言ったとおり」
「うむ。シャーリィの勘はよく当たるわい」
よくわからない会話をしている、と僕の顔に出ていたのだろう。
「ほっほっほ、この子は旅の間ずっと言っておったんじゃよ。『あの少年にはすぐまた会える』とな」
本当に未来予知の聖眼持ちじゃないだろうね?
「みなさんはどうしてこの街に? アレスター領へ向かったんじゃありませんか?」
「ん? うむ、行くにはいったのじゃがな。何やらごたごたしておって追い返されたんじゃよ。まったく、呼びつけておいて不遜な連中じゃわい――って! なんじゃこのピンクの生き物は!? これシャーリィ、気安く触るもんじゃない!」
シャーリィはファルを抱きかかえて頬ずりしている。ファルは満更でもない様子。
「あのときは、ありがとう」
「クエッ♪」
……ファルが巨大ドラゴンだとも気づいてる?
訝りつつも僕がテイマーで、ファルは危険じゃないと説明する。
「なんと!? お前さん、魔物使いじゃったのか? あの後に偶然この魔物と出会って契約をなあ。ふぅむ、見れば見るほど妙な魔物じゃわい。しかし愛嬌がある」
「クェッ♪」
「おお、そうかそうか、シャーリィを気に入ったか。それも当然じゃのう」
お爺さんは孫娘が懐いているからか、魔物だと聞いても嫌悪感を示さなかった。
「せっかくの再会じゃ。儂の屋敷で食事でも……えーっと、名前はなんじゃったかの?」
「僕はクリスで、そっちの子はファルです。でも屋敷って、ブルモンさんは旅商人じゃないんですか?」
「はっはっは、儂はこの街で商売をしておるよ。旅商人風にしておったのは理由があってな。積もる話は中でするかのう」
僕は促されるまま箱馬車に乗りこむ。座席はふかふかだ。ファルはシャーリィに抱っこされていた。ちょっと眠そう。
ガラガラと進む馬車の中で聞いた話に、僕はすこし驚いた。
「シャーリィをアレスター家のご子息のお嫁さんに、ですか?」
「うむ。なぜか長兄の花嫁候補として選ばれてなあ。本人に会わせろと言うのでシャーリィを連れて行ったのじゃ」
でも候補のうちの一人に過ぎないため、公にはではなくお忍びにせよと命じられたそうだ。だから旅商人風にしていたのか。
「けっこう歳の差がありますよね?」
記憶をまさぐったら長兄の情報はすぐ見つかった。マルコ兄さんよりもずっと上の二十代半ば。対するシャーリィはまだ十歳らしい。
「貴族相手の縁談ならさほど珍しくはないわい。ただ正直なところ儂は乗り気でなかった。跡取りは養子を探すにせよ、唯一血のつながったシャーリィを愛のない男へ嫁がせるのは忍びなくてのう……」
ブルモンさんの息子夫婦――シャーリィの両親は八年ほど前に亡くなったそうだ。なので遺された孫娘が不憫で仕方ないらしい。
「じゃがっ! あちらさん、それどころではなくてな。なんでも、令嬢の一人に突然低級刻印が現れたそうな。上を下への大騒ぎで儂らは追い返されたというわけじゃよ。ああ、これは内密にな。儂らも使用人のひそひそ話を拾ったにすぎぬのでな」
なんだ、もうエリザベータ姉さんの刻印が周囲に露見したのか。あの人のことだから隠し通そうと躍起になると思ったんだけどな。
「ありがとう」
で、シャーリィは僕のおかげで縁談がうやむやになったと知っている様子。意図したわけじゃないんだけどね。
話すうち、馬車が停まった。
降りて見上げたのは大豪邸。
街中にこれほど大きな屋敷を構えているのだから、ブルモンさんがただの商人でないのは確定した。街でもトップクラスの豪商だね。
食堂も広い。
無駄に長いテーブルの上座にブルモンさんが、僕はそのすぐ側に座り、正面には寝息を立てるファルを抱えたシャーリィがいる。
料理がまた豪華だ。
素性の知れない一般人(しかも魔物同伴)の子どもにどうしてここまでしてくれるんだろう?
「なぬ!? お前さん、冒険者になりたいのか?」
「今日、登録は済ませてきました。初回審査も終わったんですけど、結果は明日出るそうです」
「まだ幼いのにしっかりしておるのう。まあテイマーなら低級刻印を持っていてもやっていけるのかの? ああ、すまん。差別するつもりはないんじゃ。儂も右の太腿に一画を宿しておるからな」
商売をするのに支障はないのかな? 周囲の差別感情には苦労したんじゃなかろうか。だから自分からは差別したくないのかも。
「ではこの街を拠点にするのじゃな。住まいは決めておるのか?」
「いえ、それが……」
僕は正直に、ことごとく魔物連れとの理由で断られたと話した。
「仕方がないので街の外に小屋を建てて暮らそうと思います」
「お前さん、見かけによらずたくましいのう」
材料はそこらに落ちたり生えたりしてるものでどうにかなる。魔法を使えば道具も不要。せっかくだから前世の館みたいに防衛機能を充実させて――。
「ここに、住めばいい」
「えっ」
「部屋はたくさん、余ってる」
「えっ」
「うむ、そうじゃなあ」
「ええっ?」
いきなりどうしてそんな話に?
「いや、いくらなんでもほぼ初対面で素性の不確かな僕なんかが……」
「なに、互いに窮地を謎のドラゴンに救われた身。これも何かの縁じゃろうて」
「お友だちに、なってほしい」
「おおっ、それはよいな。シャーリィには歳の近い友人がおらんのじゃ。仲良くしてやってはくれんか」
もはや断れない流れだ。いや僕には願ってもない話なんだけど、いい人すぎて心配になる。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。でも、家賃はきちんと払わせてくださいね」
「む? う、うーむ……」
「貴方も商人なんですから、そこはきっちりしましょう」
「わかったわかった。十二歳の子どもに諭されるとはのう。ま、それでも我が家と思ってくつろいでほしいものじゃな」
「よろしくね、クリス」
僕が返事をする前に、
「クエッ」
いつの間にかたっぷり草を食べて満足げなファルが応じた――。




