基本がなってなかった
第二冠位魔法『深層解析』は、人や物に付随する情報を詳しく調べることができる。
項目は多岐にわたり、ある意味他者の尊厳を傷つけるプライベートな情報まで手に入ってしまう。呪印を宿している現状、必要な情報を見るにとどめておこう。
ゲイズさんや他の新人たちが習得した魔法は何か。まずはそこからだ。
彼らの頭上にウィンドウが出現し、情報を表示する。僕にしか見えないものだ。
「……なに、これ?」
予想はしていた。だから愕然とするまでには至っていない。でも現実を突きつけられると思わず声が出てしまった。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
きょとんとするエミリアさんに笑みを返し、僕は再び模擬戦に目を向けた。
ゲイズさんにしろ剣士にしろ槍使いにしろ、身体強化系以外の魔法を誰も習得してないだって?
率直な感想を言わせてもらえば。
彼らは今までなんて無為に過ごしてきたんだろう。
ゲイズさんの技術はたしかにすごい。打撃・斬撃系の武器を使いこなす技量は長年にわたり修練を積み重ねた結果だ。
でも、違うよ。
貴方が目指すのは武器の達人じゃない。
彼の属性は〝土〟。防御系魔法で盾役にもなれるし、中距離攻撃魔法を使えば幅広い戦い方ができるのに、それをしていなかった。
前世のアタッカーはまず身体強化系の魔法を覚える。それはいい。
でもそこから先は、自身の属性や魔力量を計算に入れつつ『いかに近接戦闘を生かせるか』を考え抜いて、最適な魔法を習得するのが一般的だ。常識と言ってもいい。
だいたい、近接戦闘に特化するにしても自分自身を強化するだけじゃ足りない。武装を強化しなければ理想的な純アタッカーにはなれないよ。
剣士の少年なんて実にもったいない。
彼は〝水〟と〝土〟の属性を持っている。魔力も新人三人の中では突出していて、治癒系や防御系の魔法を覚えれば回復役と盾役を兼任できる聖重騎士にもなれるだろう。
槍使いの彼は〝風〟か。魔力はそう高くないけど、自身の素早さを上げて魔法による間接支援もできるようになれば、十分ものになるはず。槍の基礎鍛錬も必要だけど。
魔法使いの彼女は進む方向からして間違っている。
詳細に解析する前にも思ったけど、属性が〝水〟だからせめて回復役になるべきだ。ただ魔力は高くないから、ふさわしいのはむしろアタッカー。
武器はないほうがいいかも。強化は自身へのものに特化し、身を削りつつも回復させながら切りこむ徒手格闘型かな。
結論――。
今の時代は、かつての常識が通用しない。
いや通用しないんじゃなくて、常識が塗り替えられている気がする。間違った方向に。
要するに基本がなっていないのだ。
目の前のサンプルだけで判断するのは軽率かもしれない。
でも駆け出し未満の三人だけじゃなく、冒険者として名を馳せたゲイズさんもそうなのだから、ほぼ確定だろう。
そういえばエリザベータ姉さんも身体強化系魔法しか使っていなかったよね。属性に合った火魔法を使えばゴブリンたちに苦戦することもなかったはずだ。おそらく、いやきっと習得してなかったんだな。
マルコ兄さんはどうだろう?
そもそも刻印持ちだったから事情が異なる。ただ兄さんも属性違いの火魔法を使っていた。魔力が低いと判断された人は『とりあえず火魔法』なのかな?
まだ情報が足りないから結論には至らないけど、推測は立てられる。
今の時代の常識はこうだ。
魔力の高い人が自身を強化してアタッカーになる。
でもそれ以外は不要と判断され、武技と身体強化系魔法を磨くことが最重要視されている。
魔力の低い人はギリギリ使える低冠位の攻撃魔法でサポート。
回復役になるのは何かしらの条件があるんだろうな。たぶん的外れな条件が。
極めつけは属性無視。
そもそも属性を知る術がないに違いない。
前世ではとあるアイテムで確認できたし、第五冠位魔法で調べる方法もあった。なぜそれが失くなってしまったのか。
はあ、頭が痛くなってきたよ。
たった二百年でどうしてこうまで変わったんだろう?
「クリスさん!? どうしました? すごい汗ですけど!」
エミリアさんが僕の肩に手をかけた。ぐらりとする。危うく倒れそうになったのをなんとか耐えた。
いけない。『深層解析』を使いっぱなしだった。呪印がある今の僕だとやっぱり体への負荷が大きいな。
この魔法は前世の僕が開発したものだ。でも術式に無駄が多く、難易度は第二冠位の中でもかなり高い。必要に迫られて突貫で作ったものだったんだよね。
で、改良する前に転生したのでそのまんま。早いうちに改良しよう。
「ちょっと疲れちゃったみたいです」
「回復薬が効きませんでしたか、すみません」
「いえ、テイマーなのでこういうこともあります」
そうですか、とエミリアさんはまだ心配そう。
話題を変える意味でも確かめたいことを訊いてみよう。
「ゲイズさんって元冒険者なんですよね? ランクはどこまで上がったんですか?」
「最終的にはBランクでした。でもAランクの審査に臨んだことがあるんですよ」
このギルドの裁量で決まる最高位がBランクで、その中でも上に位置するのがゲイズさんか。基準のひとつとして覚えておこう。
ちょうど新人の三人が疲れからか膝を折った。模擬戦は終わりだね。
「それじゃあ僕は失礼します」
「お疲れさまでした。しっかり休んでくださいね」
「はい、ではまた明日」
エミリアさんに笑みで応え、ゲイズさんにぺこりとお辞儀して僕は踵を返した。
今の時代に思うところはたくさんある。
けれど僕は自由気ままに生きるため、やるべきことがあった。
「よぉし、ここまでだ。全員なっちゃいないがいちおう合格にしといてやる。個別に話をするから休憩したら一人ずつギルドの二階に来い」
そんな声を聞きながら、ファルを抱えて広場から建物に入る。
今僕がやるべきは――当面の生活拠点を探すことだ。




