初回審査が始まる前に
冒険者ギルドのロビーの端っこ。指定された場所には二人がいた。十五、六歳の男女だ。
一人は剣士風、もう一人は木製の杖を手にしたローブ姿の魔法使いの女の子だ。知り合いではないらしく、微妙な距離で押し黙っている。
僕たちに気づくと警戒するような視線を飛ばしてきた。あいさつしたほうがいいのかなあ、と悩んでいると。
「あぁん? なんでこんなとこに魔物がいやがるんだよ」
背後からの声に振り向く。槍を持った軽鎧姿の若者がいた。歳は十七、八といったところかな。
「ああ、今朝魔物の肉を振舞ってた妙なテイマーってのはテメエかよ」
「初めまして。貴方も初回審査を受けるんですか?」
「まあな。つってもテメエらみてえなガキと一緒にすんなよ? オレは初回審査でDランクどころかCランクを掻っ攫って伝説を作るエリート様だからよぉ」
槍使いの彼は僕にずいっと顔を寄せてくる。
「特にテメエだ。よく見りゃ低級民じゃねえか。運よく魔物と契約できたみてえだが、こんなちんちくりんじゃモノの役にも立ちゃしねえよなあ。せいぜい気張ってFランクにしがみつきな。いつか荷物持ちで雇ってやるよ」
ぎゃははと下品に笑いつつ、槍の先端をファルに向けた。
「クエッ」ぼわっ。
あ、ファルの口から小さな炎が。
「うわちゃぁ!? あち、あちぃ!」
彼の髪がちょっと燃えた。
「テメエ! 何しやがる!」
「すみません。でもいきなり槍を鼻先に向けるのはどうかと思います」
「ちょっとじゃねえかよ!」
「だからこの子も威嚇で抑えたんですよ」
その気になっていたら彼の顔面は炎に包まれていた。魔物には冗談でも攻撃姿勢を見せちゃいけないのは常識だろうに。
くすりと笑いが零れる。魔法使いの女の子だ。
「こういう威勢がいいのに限って初回審査に落ちるのよね」
「んだとぉ!」
「事実、今その魔物の攻撃を避けられなかったじゃないの」
「この至近距離でいきなりだぞ!」
「はいはい、言い訳はお上手だこと」
「このアマァ! たかが魔法使いの分際でぇ!」
憤慨する槍使いの前に剣士の少年が割って入る。
「もうやめましょう。ここで揉め事を起こせば審査の前に冒険者の資格を失いかねませんよ?」
彼に追随するように「そうですよ」との声が。受付のエミリアさんだ。
「冒険者同士の揉め事は等級審査にダイレクトに影響しますからね。自重してください」
「先に手を出したのはこいつじゃねえか! 魔物を自由にさせてるテイマーなんぞ冒険者とは認められねえよなあ」
エミリアさんは僕とファルに視線を移してから、大きくため息を吐き出した。
「見ていましたけど、槍の先端を魔物に向ける非常識を先にしたのは貴方ですよね。その前にはクリスさんへの強い恫喝もありました。テイマーと契約した魔物は自分だけでなくマスターの身を守ろうとするんです。そんな基本も知らないんですか?」
「ぐっ……くそっ!」
槍使いはぷいっとそっぽを向く。でも歯ぎしりして僕をにらんできた。
エミリアさんはまたもため息をつき、パンッと気分を切り替えるように手を打った。
「お互いケガもありませんし、今のは不問にします。では初回審査を始めますので、みなさん私に付いてきてください」
剣士と魔法使いが先に動いた。僕もその後に続いたのだけど、
「このままじゃ済まさねえからな」
なんだか妙なのに目を付けられてしまったなあ。
「クエッ?」
心配そうに僕を見るファルに、「君のせいじゃないよ」と笑みを返した。
と、横に並んできたエミリアさんが嬉しそうにつぶやく。
「すてきな装備ですね。よく似合ってますよ」
「ありがとうございます」
こちらにも笑みを返すと、
「はわぁ……その笑顔は反則ですよぉ……」
くねくねと身をよじってしまったぞ?




