装備を整えた
店の中に入り、ゆっくりと商品を物色する。
金属製の武器や防具の他にも、小物を入れるポーチや布製品も置いてある。小さな店ながら品ぞろえはバランスがいい。ここで装備は全部そろえられそうだ。
うん、今まで見て回ったお店の中では一番物がいい。
でも、やっぱり惜しいな。
手にした短い片手剣を簡易解析してみると、魔石はひとつぶとして使われていなかった。
他の商品も同様だ。
ここにある武具にはまったく魔石が使われていない。
前世では装備品や装飾品に魔石を使うのは基本中の基本だった。武装強化の効果を上げるためと、使用量が多くなればそれだけで特殊効果が付与される。
だからだろうか、ここにある武具にはひとつとして特殊効果付きの商品がなかった。
「魔石を使わなくても特殊効果は付与できるけど……」
もしかして、『特殊効果を付与する』との常識が欠落してる?
推測だけで決めつけるのは早計かな。
エミリアさんは『防刃効果のあるマント』と言っていた。獣寄せの鈴や、さっきの大店にはお粗末ながらもいくつかあったし……いや、そのすべてが素材の効果によるものだったのは共通している。
店主さんが戻ってきたら訊いてみよう。
そう考えたタイミングで店主さんがバタバタと奥から飛び出してきた。
「おう、待たせたなあ。これこれ、これだよ!」
店主さんが頭上に掲げたのは鞘に収まった片手剣。通常のものよりも短めだ。
受け取った僕は、しばらく放心していた。
「見た目は質素だけどよ、こいつはなんつーか、妙な力があるんだよ。だから誰にも扱えねえ。けど兄ちゃんになら……って、聞いてるか?」
いやまあ、聞いてますけどね。
ただ驚いて思考がぐるぐる巡っているのですよ。
なんでこれが、ここにあるの?
聖儀典武装――もとは魔法儀式に用いられるもので、聖属性の魔法効果を高めるアイテムだ。
聖属性の結界構築、他の武具やアイテムに特殊効果を付与する際に大きな助けとなる。
いちおう武器としても使える。いや、武器としても一級品になるよう調整した――僕がね。
とある国に滞在したとき儀式用のアイテム作成を依頼され、作ったものだ。
国宝になったはずだけど、どうしてそこらの武器屋に?
「これ、どこで手に入れたんですか?」
「オレのひい爺ちゃんが旅してるときに露店で見つけたらしい。ひと目見て惚れこんで、値切りに値切って手に入れたもんだ」
ツッコみたいけどここは我慢だ。
「妙な力というのは?」
「爺ちゃんがひい爺ちゃんに聞いた話じゃ、呪いを消したり傷を治したりができるらしい」
「らしい、ってことは店主さんでも試せないんですか?」
「オレもそうだけどよ、見込みのありそうな冒険者に試してもらったがみんなダメだったな」
「……店主さんは刻印持ちじゃないですよね?」
「お? よくわかったな。つってもオレみたいなドワーフは強くなれねえのが決まってるからな。鎚を握ってカンコンやってんのが性に合ってるよ」
ドワーフは土魔法のスペシャリストなんだけどなあ。実際この店主さんも鍛えれば第四冠位魔法まで使える魔力を持っている。
すごくもったいない。
「とりあえず試してくれよ。そいつが扱えるとわかりゃ、さっきの礼も兼ねて譲ってやるからよ。ああ、普通に剣としても切れ味は抜群だから安心しな。まあ、百年経っても錆びのひとつもつかねえから気味悪がられちゃいるが……オレはとんでもねえ業物だとにらんでる」
劣化防止の加護を付与してるからね。でもなんで気味悪がられるんだろう?
「百年も劣化しないなら『特殊な加護が付いてる』とありがたがられるんじゃないですかね?」
「出所が確かならなあ……。さすがに商売人としちゃ嘘は言えねえしよ」
話し方は乱暴だけどいい人なんだな。
店主さんは待ちきれなくなったのか、ナイフを取り出して自身の親指に小さな傷を作った。
ほれほれと促され、僕は剣を鞘から抜いて傷口にあてがう。魔力をこめると傷がすうっと消えてなくなった。
「おおっ! やっぱ兄ちゃんすげえよ!」
「僕の力じゃなくて、ファル――その魔物とつながっているからですよ」
「それだって兄ちゃんの力に変わりはねえだろ? うん、すげえよ!」
我が事のように小躍りして喜ぶ店主さん。ファルも一緒になって彼の周りを飛び回る。
装備品やアイテムの特殊効果を発動するには、たしかにちょっとしたコツがいる。モノによってやり方も変わる。でもすこしの訓練で使えるようになるはずなんだけど……。
「てかその剣、やっぱ業物だったんだなあ」
「さすがにこれをタダで譲ってもらうわけには……」
「使える奴がいなくて売れ残ってたもんだ。ひい爺ちゃんが買ったときも激安だって話だし、気にすんな」
そんな姿勢で経営は大丈夫なのかと心配になる。
「他にもなんか入り用なら見てってくれよ。安くしとくぜ」
「その前にひとつ、質問をいいですか?」
「ん? なんでえ、あらたまって」
「ここの商品って、この剣みたいに特殊効果を付与してませんよね? どうしてですか?」
「どうしてって、オメエ――」
店主さんは怪訝そうに妙なことを言った。
「んなもん、オレらみたいなちんけな武具屋のおやじが作れるもんか。オレの技術じゃ高い魔石をドブに捨てるようなもんだぜ」
特殊効果を付与する思想は失われていないようだ。
でも魔石が高い? ドブに捨てるようなもの?
この二百年で供給量がかなり減少してしまったのかな。でも魔石なしでも特殊効果は付与できる。
どうにもこの店主さん、自身を過少に評価しすぎているみたいだし……僕は紙とペンを借りてさらさらっと――。
「なんだこりゃ?」
「ひとまず剣を丈夫で長持ちさせ、ついでに切れ味も増す方法を記しました。魔力をこめるやり方も詳しく書いています」
「いや、でもオレは……」
「お仕事の合間に気分転換がてら試してみてください。きっと役に立つと思います」
剣を返してもらったお礼だ。これで足りるかわからないけど。
「……わかった。兄ちゃんが言うなら信じるぜ」
その後は店主さんと相談しながら装備品を選んだ。
腰回りにポーチ。汚れに強い素材の上着とズボン。防刃効果――これはたんに金属糸を仕込んだ程度のもの――付きの黒いマント。ついでに軽くて丈夫なブーツ。
ちなみにこの店、金属加工品以外は別のお店から卸して売っているそうだ。元のお店も教えてもらった。いつか覗いてみよう。
「おおー、さっきに比べりゃずいぶん冒険者らしくなったなあ」
「やっぱり変でしたか?」
「まあな。こう言っちゃなんだが、どこぞで下働きしてる感じだったぜ」
そのものズバリなんだけどね。
代金を払い、腰に剣を差して店を出た。
ずいぶんあちこち回ってしまい、初回審査の時間が迫っている。
軽く食事を済ませてから、急いで冒険者ギルドへと戻った――。