どうやらバレたらしい
「あのガキ、凶暴女を手なずけてやがる」
「逆のように見えなくもないが……とにかくすげえ」
レイラ自身が注目されているから、必然、撫でられている僕にも注目が集まる。
エミリアさんは口をぱくぱくさせているだけだし、これどうしようかな?
「それで? 貴方はここで何をしているのですか?」
「ついさっき冒険者登録を済ませたところです」
「冒険者に? ふぅん……」
レイラは半眼で不審そうに僕を見下ろす。その彼女の胸に赤い小さな金属プレートを見つけた。なんだろう、あれ。
ロビーにも、同じ色や色違いのプレートを付けている人たちがたくさんいた。
さっきざわめきの中で『Cランクになった』と聞こえてきたから、そうか。
「お姉さんも冒険者になったんですね」
「ええ、あのお方との愛の巣を築くためには資金が必要ですからね。冒険者はそこそこ儲かると聞きましたので」
彼女なら非合法なやり方でぞんぶんに稼げると思うんだけど……言わないでおこう。
どうやら金属プレートは冒険者の証で、色はおそらく等級を示しているようだ。
「ところでお姉さん、ここで暴れたってどういうことですか?」
「ん? ああ、登録が終わったあとに不遜な男が声をかけてきまして。あまつさえわたくしの肩に触れようとしたので叩きのめしました。その男の仲間まで愚かにも襲いかかってきましたので軽くあしらったのですよ」
レイラに慣れ慣れしくするなんて無謀な人たちだ。知らなかったにしてもマナーがなってないから同情はできないな。
とはいえ。
「冒険者同士の揉め事は規則違反ですよ?」
「審査前でしたからノーカウントです」
しれっと言い放ったけど、たぶんまた同じことがあってもやり返すだろうな。
ま、事前に『この人は危険』と周りに認識させたならよかったのかも。
「見たところ貴方はまだ審査前のようですね。今日、これからですか?」
「はい、初回審査は午後一時からです」
「そうですか。では特別に応援して差し上げましょう」
レイラはなでなでとさらに僕の頭を撫で回す。
「まあ、貴方ならわたくし同様さくっとDランクを――ん?」
ちょうど彼女の目の前に、居眠りを始めたファルがふわふわ飛んできた。
「これは……あのときの……?」
あ、マズいかも。
「召喚アイテムが壊れてもそのまま使役関係を維持しているのですか……」
ファルが巨大ドラゴンだと気づかれてしまった。
「それはよいとして、あれほどの力を持つ魔物を……ん? んんん?」
今度は僕に顔を寄せ、メガネの奥をギラリと光らせた。こちらの瞳の奥を探るように、覗き見て――。
「ちょ、ちょちょちょっと近いです! 何してるんですか!?」
エミリアさんが物理的に割って入ろうとしてきたけどいけない!
「黙れ小娘」
静かなる恫喝にエミリアさんの動きが止まった。金縛りにあったかのように不自然な体勢で震えている。
レイラはしばらく僕に視線を突き刺していた。
「ふむ、なるほど。なるほどなるほど!」
カッと目を見開いたかと思うと、
「わたくしとしたことが、なんという失態! しかし、ええ、これはこれで」
なにやらぶつぶつ言って、にんまりと笑った。
「そういう〝プレイ〟も、アリですね!」
妙なことを口走ってレイラはようやく僕から顔を離した。
「あのお方がお姿を現す際は成人男性であると疑いなく想定していましたが、むしろこの年ごろの少年である可能性のほうが高いですね」
ぎくり。
「であれば困りました。わたくし、少年相手のお世話に関する知識が皆無。もちろん経験も、です。これは由々しき事態です」
というわけで、と僕をずびしっと指差した。
「貴方の協力が不可欠です、ということにしてください。具体的には何も考えていませんのでいずれまた」
レイラの言葉に周囲も反応する。
「やっぱり手なずけてやがる」
「あのガキ何モンなんだ?」
手なずけるとかじゃないんだけどなあ。
それはともかくとして。
「きゃっ」
エミリアさんが動き出す。よろめいたところを抱き留めた。
「す、すみません……」
「いえ、大丈夫ですか?」
「はい。あ、いえ、腰が抜けて……」
耳がへにゃっとなったエミリアさんに肩を貸して支える。
「失礼しました。集中の邪魔をされていささか苛立っていたものですから。ですがわたくし、貴女は嫌いではありませんよ? なにせ見る目がありますもの」
レイラはにこやかに微笑んで、エミリアさんを優しくなでなでする。
ふわわっとエミリアさんは困惑しながらも緊張は解けたようだ。
「では、わたくしはこれにて失礼します。がっぽり稼いで立派な愛の巣を建てませんと。そのときまでお待ちくださいませ」
レイラは意味深に流し目をよこすと、緩やかな足取りで受付カウンターへ向かう。その途中、小さなつぶやきを落とすのを僕は聞き逃さなかった。
「クリスさんって、あのダークエルフさんとお知り合いだったんですか?」
「旅の途中でちょっと話をした程度です。礼儀を弁えていれば怖い人じゃありませんよ」
「ぅぅ……、私はたった今ひどい目にあった気がします……」
ごめんなさい、それ僕です。あのままだとレイラが貴女を弾き飛ばす未来しか見えなかったので仕方なく。
「私もけっこう長く冒険者ギルドで働いていますけど、あの方はちょっと雰囲気が違う気がします。服装からして異質ですし……」
あのメイド服、妙に気に入ってるみたいだよなあ。まさか転生する直前に僕が褒めたからかな? いやでも二百年も前だぞ?
と、エミリアさんが僕をじっと見ていた。
「格好といえば、クリスさんも冒険者にしては……」
言葉を濁すも、『ふさわしくない』と続くのは容易に想像できた。
僕は使用人のよれよれの服とブーツのまま。魔法で洗浄しているから臭いや汚れはないものの、たしかに冒険者って格好じゃないよね。
「初回審査に臨むにあたって装備は整えたほうがいいですね」
エミリアさんはうーんと真剣に悩んでから続ける。
「鎧だと動きが鈍ってしまいますから、防刃効果のあるマントなんてどうでしょうか? 武器が扱えるなら短めの剣をお勧めします。予算次第ですけど、最初はケチケチせず上等なものをそろえたほうが絶対にいいと思います」
アサルト・ボアーを売ったお金がけっこうあるから、助言には従おう。
エミリアさんはおすすめの武具屋さんを教えてくれた。
「ありがとうございました。さっそく見て回ってきます」
僕はお礼を言ってから、今度こそ冒険者ギルドを後にする。
ギルドの扉をくぐるその直前、さっきレイラがこぼしたつぶやきが思い出された。
聴覚増幅した僕の耳に届いたのは、
――ええ、ご主人様が望まれるのなら、わたくしはそのように振舞いましょう。
これ、完全に僕の正体に気づいてるなあ――。