冒険者登録をした
「こちらがアサルト・ボアーの買い取り代になります。お確かめください」
手のひら大の布袋が受付カウンターに置かれた。中はほとんどが金貨だ。
「す、すげえな。これなら半年は生活に困らねえぞ」
付き添いのおじさんが目を丸くする。
「この街の宿代の相場ってどのくらいなんですか?」
答えたのはエミリアさんだ。
「そうですね、安いところなら銅貨で七、八枚。そこそこならそれに銀貨を一枚プラス、というところでしょうか。高級宿は金貨一枚じゃ足りませんね」
僕はちょっと考えてから、銀貨と銅貨をいつくか取り出しておじさんに差し出した。
「宿代とアサルト・ボアーの運搬代金です」
「君なあ……いや、律義なのは今さらか。変に遠慮しても納得しねえもんな。んじゃ、これはもらっといて」
おじさんは受け取った貨幣を袋の中に戻してしまった。
「これは命を助けてくれたお礼分だ。つっても全然足りないから、今後も遊びに来てくれりゃあカアちゃんの手料理を振舞わせてもらうぜ」
この人も大概律義だな。遠慮しても納得しないだろうね。僕は「そうさせてもらいます」と笑みを返した。
「んじゃ、俺はこの辺で。クリス、がんばれよ」
「はい、いろいろお世話になりました」
にかっと笑っておじさんは冒険者ギルドを後にした。
「では、続けて冒険者登録を進めましょうか。ですがその前に――」
エミリアさんはちょっと険しい顔つきになった。
「冒険者登録の手続きと、それ以降のお話をさせていただきますね」
「僕みたいな子どもでも登録できるんですよね?」
「はい、年齢制限はありません。基本、登録料さえ払っていただければ誰でも登録できちゃいます」
「登録は簡単にできても、登録料が無駄になる可能性があるんですね?」
その通りです! とエミリアさんはカウンターから身を乗り出した。
「し、失礼しました。こほん……。冒険者登録をしても、すぐに依頼を受けられるわけではありません。依頼は難易度によってランク付けされていて、同等以上のランク――等級を持っていないと受けられないんです」
エミリアさんは紙を取り出して広げた。
紙には七つの等級が記されていた。
最上級がSランク、次がA、以降はB、C、D、Eと続き、最下級はFランクだ。
「ですので、冒険者の皆さんには必要に応じて等級を決める審査――等級審査を受けていただきます」
等級審査は通常、個人単位で行われるものらしい。ただし登録して最初の等級審査は『初回審査』と呼ばれ、同じく初回審査を受ける新人が複数、一緒に受けるのだとか。
「Sランクはかつての十勇士クラスを想定したもので、当ギルドの裁量だけでは選出できません。というか周辺国家による協議が伴いますから、存在しないものと考えてください。Aもそれに近いですね。実質、当ギルドの等級審査で到達できるのはBランクになります」
それでも十数人しかいないそうだ。
「またD以上は基本的に依頼実績を加味した等級ですので、登録直後の最高位はEランクと考えてください。まあ、例外はあるんですけどね」
どんよりしてしまったのはなぜだろう? 僕はFランクスタートでも構わない。むしろそっちのが気が楽だね。
「特に初回は厳しめになりますし、低級刻印を持つ方の場合はさらに厳格な審査となります。ですから――」
今度は険しい顔つきになり、言いにくそうに告げた。
「Fランクにも届かないことが多々あります」
「審査に落ちる、ってことですね」
「はい。冒険者には誰でもなれますけど、誰もがなれるものではありません」
門戸は開けていても、資格を得られるとは限らない、ってことか。まあ当然だよね。
「脅かすようで申し訳ないんですけど、低級刻印を持つ方で初回審査に一発合格するのは全体の二割ほどになっています」
思った以上に大変そうだな。でも冒険者になれば死と隣り合わせなんだから、魔法の力が制限された人を厳しい目で見るのは仕方ないよね。
「仮にFランクと認められない場合でも冒険者登録はされていますから、他の等級ありの冒険者と一緒なら依頼をこなせます。初回審査には何度挑戦しても構いません。ただし審査には都度、料金がかかります」
あまり目立ちたくはないけど、手加減しすぎて審査に落ちるのは避けたいな。
「以上をお聞きになった上で、冒険者登録をなさいますか?」
「はい」
「よいお返事ですね。クリスさんはアサルト・ボアーを倒すほどの魔物を使役していますから、きっと初回審査も通りますよ。がんばってくださいね!」
「クエッ!」
僕の代わりにファルが元気よく応じる。
「では、こちらの登録用紙にご記入ください」
ペンを受け取り、さらさら書く。
冒険者の種別は『テイマー』。魔法支援タイプにチェックを入れる。さっきもらった袋から必要額を登録料として支払った。
そういえば、等級審査って何をするんだろう? 戦闘能力はもちろんだけど、筆記試験があると不安だな。なにせ僕、今の時代の常識が欠落してるから。
「はい、こちらで問題ありません」
チェックを終えたエミリアさんに尋ねてみる。
「審査って具体的はどんなことをやるんですか?」
「依頼の多くは荒事が関わります。ただの素材集めでも魔物の棲息地に足を踏み入れる場合もありますので。ですから戦闘能力の審査がメインとなりますね」
どうやら筆記試験はないらしい。そして戦闘能力は、各々が得意とする武器の扱い、守りの要なら防御力、そしてやっぱり――。
「魔法の能力が重要視されるんですね」
「えっ?」
「ん?」
エミリアさんはきょとんとしたものの、僕の登録用紙を見て笑みを作った。
「あ、そうですね。クリスさんは支援系でしたか。その場合は魔法でのサポート能力が重要になってきます」
なんだろう? 言葉の上ではきちんと噛み合っているのだけど、どこか違和感がある。
「でもクリスさんは魔法が使えないのですよね?」
「その辺りは全部この子がやります。初回審査に連れて行ってもいいですか?」
「テイマーの場合は使役する魔物を一体までなら同行させることが認められています。実戦を想定したものですので」
ちょっと安心。
その後は冒険者の心得や規則の説明が続き、ひと通りの話でけっこう時間を食ってしまった。でも大切なことだからきちんと聞いておいた。
「本日の初回審査は午後一時からです。しっかり準備を整えて、時間までに一階受付ロビーのあちらにお越しください。説明は以上ですけど、何かご質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
お礼を言って踵を返し、冒険者ギルドの入り口へ向かう。
時間まで何をして過ごそうかな、なんて考えながら扉に手をかけようとしたそのときだ。
先にギィッと扉が開き、
「おや?」
入ってきた人物に、僕は目を丸くした。
「また会いましたね。たしかクリスと言いましたか」
冒険者ギルドには似つかわしくない、黒いメイド服を着たダークエルフ。眼鏡の奥をすこし細めた彼女は、前世の僕が生み出し、つい先日再会した人造人間の――。
「レレレイラさん!? はわわわ、ほ、本日はお日柄もよく、当ギルドにどのようなご用件でしょうか? というか今日は暴れないでくださいね!」
そう、彼女の名はレイラ。
でもエミリアさん、何を慌てているんだろう? 受付カウンターを飛び越して、僕の隣であわあわする。ハーフエルフ特有の短めのとがった耳がぴこぴこと忙しない。
そして周囲はどよめいた。
「お、おい、あのダークエルフってたしか……」
「ああ、こないだここで暴れた奴だよな」
「初回審査でDランクになったっていう……」
「その翌日にはCに上がったらしいぞ?」
話の中心たる当のレイラはまるで意に介さず、すっと片手を伸ばしてきた。
「ちょ、何をするつもりですか!?」
慌てふためくエミリアさんをまるっと無視し、レイラは僕の頭に手を置いた。
なでりなでり。
「再会したらまた頭を撫でると約束しましたね」
レイラは僕を見下ろして、涼やかな笑みを浮かべる。
そしてエミリアさんは「なあっ!?」と硬直するのだった――。