美味しいお肉を振る舞った
冒険者ギルドの厨房が借りられることになり、僕は受付係のエミリアさんに案内された。ファルも当然一緒だ。
それからもう一人。
「ふん、魔物の料理だと? そうまでしてゴミ以下の肉を売りつけたいのかね。まったく子どもながら、いや子どもだからこその浅ましさ、遠慮のなさというやつか」
パリッとしたスーツ姿の紳士風の中年男性。口ひげがエルフの耳みたいに左右に長く尖っていた。
冒険者ギルドのギルド長らしい。エミリアさんが厨房を貸してほしいとかけ合うとなぜかついてきた。
「ギルド長、そんな言い方は……」
「ま、出来が良ければ言い値で買ってもいいぞ? だが私の舌を満足させられるかな? ふふふ、私も昔は世界を旅して各地の名物料理を食べ歩いたものさ。そこらの美食家気取りとはひと味もふた味も違うと思いたまえ」
この人は元冒険者らしい。魔力がけっこう高いし、低級刻印は宿していなかった。
「まずはお湯を沸かします」
寸胴に水を溜め、火魔法をファルがやったと見せかけつつ放りこんだ。あっという間にぐつぐつ煮える。
「クリスさん、魔法を使うんですか?」
「そうしないと一時間じゃ作れませんから。でも手順を省略するためです。魔法を使わなくても一般のご家庭で作れますよ」
熱々の湯に塩をたっぷり入れてかき混ぜる。
「おい、もしや血抜きをするつもりか?」
「はい、よくご存じですね」
僕の返事に、ギルド長はやれやれと肩を竦めた。
「獣肉の臭みはその血が原因だ。だから血抜きをしっかりやれば臭みの多くは消し去れる。なるほど君もそれを知っていて、茹でて洗うを繰り返す一般手順を踏むようだが――」
ギルド長さんはふんと鼻を鳴らす。
「そんなものは常識だ。先達がやってこなかったとでも? その程度でアサルト・ボアーの血抜きが行えるのなら誰も苦労していない!」
ずびしっと指を差されたけど僕は気にせず、アサルト・ボアーの肩肉の塊に鉄串を三本刺して、煮え立つ湯につっこんだ。
「なにぃ!? 湯が一瞬にして赤く染まっただとぉ!」
なんで驚いてるんだろう? 常識じゃないの? 疑問を抱くもすぐさま肩肉の塊を、赤ワインみたいな色になった湯から取り出した。
「アサルト・ボアーの肉は沸騰するくらいの塩湯に浸けるとこんな具合に一気に血が出てくるんです。ただそのまま放置すると戻ってきちゃうので、すぐ取り出します。で、これを赤い色が薄くなるまで続けます」
「へえ、不思議ですね~」
エミリアさんはクリップボードに紙を挟んでペンを走らせていた。メモ係がいると僕も饒舌になる。
「でもこれだけだと臭みは消えません。かなりしつこい臭いですからね。だから最後は沸騰したお湯に塩ではなく香草をたっぷりと入れて、ここに血抜きしたお肉を浸します」
「あっ! さっき『戻ってくる』って言っていましたよね? もしかして……」
「はい。今度はその特性を使って香草エキスたっぷりのお湯を吸わせるんです」
「なるほど! それで香草の香りも吸収させるんですね」
二人のやり取りにギルド長が嘲笑で割りこんだ。
「ふはははっ、湯を吸わせるだと? 肉が水っぽくなるだけではないか」
「いえ、実は吸ったり吐いたりしているので水っぽくはなりません」
「取り出すタイミングが――」
「それほど気にしなくても、水気は布の上に置いておけば流れていきます」
「だ、だが! それでは香草の香りも――」
「不思議なことに香り成分はちゃんと残っているんですよね。それがいい具合に作用します」
「ぐぬぬぅ……」
いちいちコメントせず、最後に味わって判断してほしいなあ。
次は醸造酒に浸けた。
ここでも香草をたっぷり入れ、一枚一枚を圧縮してエキスを絞り出す。
「ファルちゃん、でしたか。細やかな魔法が使えるんですね」
「圧縮はスピード重視でやっているので、わざわざ魔法を使わなくてもできます」
メモするエミリアさんにやり方を詳しく説明する。
「これで下ごしらえは終わりです。食べ方ですけど、お肉の味をよく知ってもらう意味でも串焼きがいいかなって思いますがどうでしょう?」
「私は構いませんよ。ギルド長はどうですか?」
「ああ、それでいい。しかしあれだけたくさんの香草を使ったのなら、肉の臭みは消えても香草臭くて肉本来の味は失われているだろうがね」
僕はお肉をひと口大に切り、鉄串に刺した。ファルが口から自前で炎を出してくれたのでじりじりとじっくり焼く。
「焼き方はこんな感じですね。実際には炭火焼きがいいと思います」
「おいおい、それでは焼き過ぎで肉が固くなってしまうぞ」
本当にいちゃもんばかりが口から出る人だなあ。
二人に焼いた肉を渡す。
ギルド長は眉根を寄せて訝しげに眺め、エミリアさんはふーふーと息を吹きかけて。
ぱくり。もぐもぐ。
「「うんまぁーっ!!」」
今二人の目や口から光線が出たような? 気のせいだな、うん。
「なんですかコレ!? ものすごく柔らかいです!」
エミリアさんは耳をぴこぴこ。
「香草はほんのり香る程度でまったく邪魔にならない。むしろ肉本来の旨味をこれ以上ないほど引き立てている! なぜだ!?」
ギルド長は唾をまき散らす。
「香草のエキスと肉の成分が作用してそうなるみたいですね。だから香草はたっぷり使うのがいいんですよ」
「私、こんな美味しいお肉を食べたの初めてです」
「私もだ。世界中を旅してなお出会えなかった味だ……」
二人とも気に入ってくれたみたいでよかった。
「家畜の肉に比べて下ごしらえは大変ですけど、それだけの価値はあると思ってます」
どうですか? と尋ねると、ギルド長は眉間にしわを寄せて険しい顔つきになった。むぅ、まだ文句があるのかな?
時間はあるし、たくさん作って他の人たちにも振舞おう。
僕は追加で肉を焼き、冒険者ギルドのロビーへ向かった。ギルドの職員さんや冒険者たちに焼いたお肉を食べてもらう。
「なんじゃこりゃあ!」
「肉が! 溶ける! 口の中でぇ!?」
「これが魔物の肉だって?」
「信じられん! でもうまい!」
荷運びのおじさんにも食べてもらった。
「くそっ! 昨夜のうちに作ってもらえばよかったぜ……」
悔しそうに言いながらもバクバクお肉を貪っていた。
ギルド長がやってくる。厳めしい顔つきで僕を見つめたのち、
「アサルト・ボアーの肉は買値を改めよう。むろん高額で引き取らせてもらう。それから調理方法も買い取らせてもらいたいが、よろしいかな?」
先ほどとは打って変わってビジネスライクな口調になった。
「調理場をお借りしたのと、そちらで用意してもらった香草などの代金は引いておいてください」
「まったく君という子は……。いいだろう。今後ともご贔屓にお願いするよ」
踵を返したギルド長と入れ替わり、エミリアさんが駆けてきた。
「それではもろもろの精算と、冒険者登録を続けて行いますか?」
「はい。よろしくお願いします」
僕がぺこりと頭を下げると、
「ではこちらに。あらためまして、私が担当させていただきますね♪」
エミリアさんも丁寧にお辞儀して僕を受付カウンターに案内してくれた――。