勇者パーティーを壊滅させた
聖騎士が倒され、一瞬だけ放心していた勇者が叫ぶ。
「テ、テメエ! 何やったんだよ!?」
彼の横では大魔導士の青年が、恐怖と驚愕に目を見開きながらも詠唱を始めた。そちらに俺が注意を向けた隙に、剣聖が足音もなく死角へと回りこむ。
この状況で即座に行動を起こした二人はなかなか優秀だ。
勇者の気を引くことにしか興味のなかった聖騎士や、勇者どころか他の男性メンバーにも毎夜色目を使っていた名ばかりの聖女よりも見込みはある。
が――。
「ぐぎゃあっ!?」
俺が肩に担いだ杖の先から雷撃がほとばしった。狙いは違わず剣聖に直撃する。全方位監視の魔法で奴の動きは筒抜けだった。
「く、くそっ。ファイヤー・スト――ぶぎゃっ!!」
遅いな。あれだけ無詠唱を会得しろと言っていたのに高速詠唱どまりとは。しかも魔力の扱いが雑に過ぎる。動揺から不安定にもなっていた。
魔法使いは常に感情を殺せ、との忠告はまるで意味がなかったらしい。
大魔導士が魔法を放つ直前、俺は悠々と奴にも雷撃を放って沈黙させた。
防御もお粗末だったようで、剣聖と同じく黒焦げになって燻っている。多少なりとも防御を意識していれば一命は取り留めたろうに。
勇者が剣を握ったままカタカタと震える。
「な、なんだよ、今の……。ただの雷撃で、あの二人を倒したのか? しかも無詠唱で、再発動時間がほとんどなかった……」
「第六冠位程度の魔法なら無詠唱はもちろん、リキャスト・タイムどころか同時複数発動も容易い」
威力は瞬間増幅を重ね掛けして殺傷力を上げていた。
「そうか、その杖だな? とびきりの魔法具を国王からこっそり授かってたわけか」
「そ、そうですわ。でなければ策を授けるばかりで前線にも出ず、宿や野営地に引きこもっていた賢者風情にあれほどの魔法が放てるわけありませんもの」
「これはなんら魔法効果のない、ただ固いだけの杖だ。こん棒代わりにはなるだろうがな」
試してみるか? と俺は杖を地面に突き刺し徒手空拳となった。
聖女が俺と勇者を交互に見る間、勇者は俺を探るように睨んでいた。やがて――。
「くそっ! こんな奴とまともに戦っていられぅがぁ!?」
踵を返そうとした勇者の、両腕を切断した。
「落第だな。聖剣を使えば逃げる隙くらい作れたかもしれんのに。お前は本当に憶病な男だな」
「う、腕がぁ、俺の腕がぁ……。おい! とっとと治しやがれ!」
「ひっ!? む、無理ですよ。完全に切り離された腕をすぐにくっつけるなんてわたくしには……」
「ホント使えねえな、テメエはよぉ!」
「そ、そんな言い方ってありますの? わたくしはこれまで勇者様にさんざん尽くしてきましたのに!」
「はっ、よく言うぜ。誰にでも股を開く淫売が!」
勇者は自力で止血する。
顔を真っ赤にして反論した聖女と勇者は口論になった。
「知って――いいえ! わたくしはそのような女ではありませんわ!」
「よく言うぜ。パーティーメンバーだけじゃなく、王や貴族どもともお楽しみだったろ」
「あああり得ませんわ! わたくしは清廉にして清楚なる象徴、聖女ですわよ!? あなただって夜な夜な町娘をかどわかしては乱痴気騒ぎをしていましたわよね!」
見るに堪えんな。
俺が近寄ると二人は口をつぐんで恐怖に引きつり震え上がった。
俺は二人を無視して聖剣を拾うと、近場にあった岩に突き刺す。いつかふさわしい者のみが引き抜けるようにと魔法を施した。
「さて、お前たちの処遇だが」
俺が振り返ると、聖女が膝立ちで擦り寄ってきた。しなをつくって上目に俺を見やる。
「わ、わたくしは賢者様に反抗する意思はございませんの。なんでもしますから、命だけは……」
「テメエ、おっさんにまで色目を使うのかよ!」
「あなたは黙っていなさいな!」
またも口論が始まりそうだったので、俺は杖を引き抜いて地面を叩いた。びくんと二人の肩が跳ねる。
「命だけは、か。ならばお前にふさわしい役目を与えよう」
魔力を地面に流すと、聖女の周囲から木の根がぼこぼこと飛び出した。
一瞬期待したような彼女の表情が恐怖にすり替わる。
「聖剣に近づく者を排除しろ。お前ごときに勝てぬ奴にはふさわしくないからな」
「な、なんですの!? 根っこがわたくしに絡まって――ひぎゃあ!」
木の根は聖女を包みこむと、柵のように広がって聖剣を刺した岩を取り囲む。
今後あの魔法樹は養分を彼女に与えつつ、彼女から魔力を得て聖剣を守るのだ。魔力供給のみに特化して生体機能を極限まで低下させるため、聖女は倒されない限り数百年は生き続ける。
「残るはお前一人だな」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった勇者に近寄る。む、こいつ小便まで漏らしてるな。
「た、たひゅけて……」
殺すのは簡単だが、こいつが今までやらかしてきたことを思えば生ぬるく感じる。
俺は左目に魔力を集めた。
「ひっ、瞳が、赤く……変な紋様まで……」
恐怖におののく勇者に、俺は『抑止の魔眼』を解放した。
「ひぎっ!? ぁ、な、力が……魔力が抜けていく……?」
勇者の額に四画の刻印が浮かび上がる。
『抑止の呪印』――画数の多さで刻まれた者の魔力を抑制する効果を持つ呪いの刻印だ。最大で四画まで。こいつの総魔力量を考えれば、これで最低の第七冠位の魔法すらまともに使えなくなった。
「残りの人生、力無き者の苦労をよく噛みしめることだ」
勇者は緊張がぷっつり切れたのか、気を失って倒れた。低級魔物にでも襲われて数日も命が持たないかもしれないな。
もはや勇者の今後になど興味はない。
俺はふわりと浮き上がった。
成り行きとはいえ勇者パーティーを壊滅させた以上、バランスは取らなければならない。
遠く、荒野を進む黒い球体。
俺はそこへ向け、空を翔けた――。