捨てるなんてとんでもない
レイナークに到着した翌朝、街の中心部へ向かった。ちびドラゴンのファルは眠そうだ。
ひと晩ご厄介になった荷運びのおじさんは今日の仕事がないそうで、昨日退治したアサルト・ボアーを荷馬車で運んでくれた。道中はやたら珍しがられて注目を浴びてしまった。
それにしても――。
「魔族がけっこういるんですね」
昨日もちらほら見かけたけど、道行く人の中にはエルフや獣人、ドワーフの姿があった。前世では魔族の戦士を数多く輩出したリザードマンまでも。
「ここは冒険者の街だからな。力自慢なんかは特に多いよ。そいつら相手に同族が商売してたりするから、他の街に比べて多いだろうな」
魔族と敵対関係にないって話は、信じてなかったわけじゃないけど本当だったみたい。
そうこうするうち、目的の場所に到着した。
「そら、ここが冒険者ギルドだ。討伐した魔物も買い取ってくれる」
石造りの四階建ての建物におじさんと連れ立って中に入った。
朝から多くの人で賑わっている。ほとんどが武装した冒険者だ。子ども連れ、しかもファンシーな魔物がパタパタ飛んでいるので眉をひそめる人もいた。
ここにも魔族がたくさんいる。ギルドの職員までも。
いくつかある受付のひとつに向かう。
金髪を後ろでまとめ上げた、青い瞳がきれいなお姉さんがにこやかに迎えた。耳が気持ち人よりとがっているからハーフエルフのようだ。大きな胸にある名札には『エミリア』と書かれている。
「おはようございます♪ どのようなご用件ですか?」
淑やかでいながら明るい雰囲気を振りまく彼女があいさつしたのはおじさんに、だ。
「いや、俺じゃないっすよ。用があるのはこっち」
ん? と受付のお姉さん――エミリアさんは視線を下げて僕を見つけると、わずかにとがった耳がぴこっと動いた。
「し、失礼しました! あの、どのようなご用件ですか?」
ぺこりと頭を下げてから、子ども相手にも丁寧に尋ねた。
「アサルト・ボアーを一匹倒したので買い取ってほしいんです」
「魔物の素材買い取りですね。アサルト・ボアーなんて珍し……ってぇ!?」
ものすごく驚いている。
「アサルト・ボアーを、えっ? 倒したんですか? 貴方が?」
大きな声に、ざわついた受付ロビーに静寂が降りる。すぐにまたざわつき始めた。
「ご、ごめんなさい。疑っているわけではなくて、ですね……。ともかく現物を見せてもらえますか?」
エミリアさんはカウンターをぐるりと回って僕たちの側に駆けてくる。
彼女を連れて外の荷馬車へ向かった――。
「これは……たしかにアサルト・ボアーですね。しかも大きい!」
周りに人が集まってきた。
「これ、下手したらランクBじゃねえか?」
「いや確実にそうだろ」
「どうやって倒したんだ?」
「死体を見つけて運んだだけじゃねえの?」
そうだよなあ。死体を見つけて運んだことにすればよかった。でもおじさんに嘘をつかせたくはないし、難しいところだよね。
「素材の買い取りなんですから、倒したかどうかなんて関係ありません!」
なぜだかエミリアさんがむっとした顔でぴしゃりと言う。
「毛並みは上質ですし、牙や爪もきれいなものです。買い取り価格は期待してくださいね。というかこれ、ほとんど痛んでいませんね。異臭もしないですし……」
「倒したのは昨日の午後ですけど、魔法で防腐処理していますから」
「えっ? 魔法、で……?」
エミリアさんは僕の手の甲をちらりと見て、慌てて目を逸らした。
「この大猪を倒したのも防腐魔法も、この子がやったんですよ」
「クエッ」
僕の頭上をパタパタ飛ぶファルを指差して、どうせ訊かれるだろうからといろいろ説明した。
「なるほど、テイマーの方でしたか。珍しい魔物を使役しているんですね。というかファルプリアスなんて魔物、聞いたことないんですけど……」
疑問符を頭の上に浮かべていた彼女がハッとする。表情豊かな人だ。
「もしかして、冒険者登録をなさいます?」
「買い取りが終わったらお願いするつもりでした。僕みたいな子どもでもできますか?」
「はい、年齢制限はありません。ただ……」
エミリアさんは暗く目を伏せて言い淀む。
「そのお話はまた後ほど。まずは買い取りの査定をさせていただきますね」
短いタイトスカートなのにぴょんと荷台に飛び乗って、ポケットからメジャーを取り出して大猪の各部分を測る。
「毛皮は本当に上質ですね。鼻先以外にほとんど傷もありませんし。あ、牙が片方ちょっと欠けていました。まあ片側だけでもかなりの値段ですね」
これはすごい値がつきますよーっとエミリアさんはホクホク顔だ。
買い取る側だけどよい素材なら高く売れもするから当然ではある。でも彼女の場合は売り主の利益を純粋に喜んでいるようにも感じた。いい人だ。
ところで査定を眺めていて気になった。やっぱり今の時代の人たちって――。
「お肉はどうするんですか?」
「へ? お肉、ですか? アサルト・ボアーの?」
僕がうなずくと、すこし困ったような笑みになった。
「なるべく無駄にはしないよう、家畜用に加工したり、肉食獣を誘き出すためのエサにしたりはします。ただ、需要がそんなに高いわけじゃありませんから、大部分はけっきょく処分してしまいますね。ですから買値より処分代金のほうが高くなってしまうんですよ」
やっぱりみんな食べないのか、と僕が落胆した様子を見せたからか。
「なんだよ坊主、こいつの肉が食いたいのか?」
「やめとけやめとけ、臭くて食えたもんじゃねえ」
「いくら腹が減ってても魔物の肉はなあ」
嘲笑に近い笑いが起こる。
カチンときたわけじゃないけど、あれだけたくさんの良質なたんぱく源を家畜や獣のエサに、あまつさえ捨ててしまうなんてもったいない。
「僕が調理しますよ」
「えっ?」
怪訝な表情をしたのはエミリアさんだけではない。みんなが訝る中、
「お肉の塊をすこし分けてください。一時間後、本当に美味しいアサルト・ボアー料理を食べさせますよ」
僕はにっこりと言い切った――。