大きな街で、新たなる生活を――
街への道中、おじさんにも村でした質問を浴びせてみたところ。
低級刻印の認識はほぼ同じ。神様に与えられた罰だから、『自分たち低級民は謙虚かつ誠実に生きる』のが正しいと考えている。
新情報もあった。
低級刻印はだいたい七割の人に刻まれているという。
貴族も平民も分け隔てなく。
ただし貴族やお金持ちは子どもをたくさん作って刻印のない者を跡取りにできているからか、階級社会は前世以上に拡がっていると感じた。僕も兄弟は多いしね。
で、低級刻印に関する思想を広めているのは、前世にはなかった宗教組織らしい。今では多くの国で国教になっている。この国もそうだ。
低級刻印が遥か昔から神の罰として現れる、なんて吹聴しているのはなぜ?
その辺りの事実関係を知るのは教団関係者と、おそらく僕が残した人造人間たちだけだろう。
……いけないな。
変に首を突っこむのはやめておこう。トラブルに遭うのは確定的に明らかだ。僕はのんびり自由に過ごしたいんだから。
もうひとつ、人魔の争いがなかったことになっている件でも新情報があった。
「十勇士、ですか?」
「ああ。ずっと昔に人と魔族、それぞれ五人の勇士様が話し合って、人と魔族は仲良くなったんだよ。まあ、どっちも内部の強硬派ってのを、力ずくで黙らせた結果らしいけどな」
そこら辺の話は伝承やおとぎ話のレベルだけど、多くの人が信じているようだ。
十勇士……いったい何者なんだろう? ま、生きているかどうかもわからないんだ。こっちも気にしないことにしよう。
レイナークに到着したのは夕方だった。
高い壁に囲まれた城塞都市だ。
おじさんによれば人口は十万人を超える、近隣ではもっとも大きな都市らしい。都会だ。人が多ければ目立つことも少なくなる。いいね。
多くの人が往来するこの街は、出入りに通行証なんてものが必要ない。だからすんなり通れると思ったのだけど――。
「おおっ! アサルト・ボアーじゃないか!」
「しかもけっこうでかいぞ」
「いやあ、本当に死ぬかと思いましたよ。そこにこの子が颯爽と現れましてね。こう、てやあって感じで――」
わらわら集まってきた衛兵たちに、おじさんが我が事のように自慢げに話す。僕はただ歩いてただけなんだけど。
「こいつを倒した? 一撃で?」
「テイマーなのか。すげえな」
「まだ子どもなのになあ」
衛兵たちは興味津々。他に城門をくぐる人はいなくて、僕たちは完全に足止めされてしまった。
「この魔物、見たことないな。なんていう種類なんだ?」
「ファルプリアスという珍しい種類で――」
僕はでっち上げた話をする。
「ふうん。で、君はこの街で冒険者になるつもりなのかい?」
「できればそうしたいと思ってます」
「冒険者って子どもでもなれるのか?」
「たしか年齢制限はなかったはずだぞ」
「歳なんていくらでもごまかせるからな」
「にしても十二歳だろ? そもそも低級民だぜ?」
「実際に戦うのは魔物なんだし、本人の強さは関係ないんじゃないか?」
「しかし、魔物をきちんと使役できるかって問題がなあ」
わいわいと話が盛り上がる。
テイマー自体が珍しい職業のようで、あれこれと意見が飛び交った。好意的な人もいる一方、やっぱり僕が低級民だと懐疑的に見る人は多いようだ。
と、そこへ。
「何をくっちゃべっとるか!」
体格のいい中年の衛兵が厳つい顔で現れた。この門を守る部隊の隊長らしい。
「なあにぃ? このガキがアサルト・ボアーを倒しただとぉ? しかもテイマーで、使役しているのがこの妙ちくりんな魔物だぁ? ふんっ!」
隊長のおじさんは鼻で笑った。
「バカを言うな。おおかた死体を見つけて拾ってきたのだろうよ。もうすぐ門を閉める。お前たちはとっとと持ち場に戻らんか。荷運び屋も早く中へ入れ」
恫喝ののち僕に顔を向けると、
「だがお前はダメだ。どうしてもと言うならその妙な魔物は外に置いていけ」
「この子は人に危害を加えません」
「ふん、よくわからん魔物を街の中へ入れるなど許せるものか。これは規則だ」
「そんな規則なんてあったか?」
「テイマーなら魔物連れでも大丈夫なはずだよな?」
「なんたってここは冒険者の街だからな」
魔物が街中で暴れれば冒険者が討伐する。そしてそのマスターのテイマーは捕らえてお終い、という流れなんだろうな。
「やかましい! 街の安全を守るためだ。どうしてもと言うなら――」
隊長のおじさんはいやらしく笑う。
「お前が魔物使いであるという証拠を見せてみろ」
「証拠、ですか?」
「そうだ。魔物を使役する実力がお前自身にあると示してみせよ」
そう言って隊長は腰の剣を抜いた。
「貴方と一対一で戦って勝て、と?」
「子どものくせに理解が早いな。だが勝つ必要はないぞ? いくらなんでもそんな無理難題は押し付けん。俺様が直々に見定めてやると言っている。なに、手加減はしてやるさ」
その背後ではひそひそと話している。
「ただの嫌がらせじゃねえか」
「鬱憤が溜まってんだろ」
「新しい領主にこっぴどく叱られてたもんな」
鬱憤晴らしに付き合う気はさらさらないのだけど、正論で押してもこのタイプは頑なになるだけだ。
相手が条件を提示してくれたなら、それに乗って条件をクリアするのが一番の近道。
それに、遅かれ早かれ『魔物を使役するに値する実力があるか?』との疑念への対処は必要だった。
この際だから新たな設定を追加しておくか。
「わかりました」
「ほほう、逃げなかったのは褒めてやろう。おい、誰か剣を貸してやれ」
衛兵の一人が渋々といった感じで自身の剣を抜いて僕に差し出した。
「いえ、けっこうです。武器の扱いは苦手なものですから」
僕の言葉に、隊長は怪訝そうに眉をひそめる。
「ふん、ケガをしても知らんからな」
隊長の後に続き、城壁の外で二十メートルほど距離をあけて対峙する。
「そら、どこからでもかかってくるがいい」
余裕の笑みを浮かべる彼に、僕は首をひねった。
移動中、この隊長は身体強化系魔法をかけまくっていた。なのに、全然まったく大したことはない。
そういえば『手加減してやる』って言ってたっけ。彼なりの配慮なんだろう。
だとすれば、僕も手加減中の手加減で相手をしないとだね。
「じゃあ、いきますね」
予備動作なしで二十メートルを一気に移動し、相手の懐に入った。常時発動型の身体強化系魔法に加え、俊速走法と呼ばれる魔法を絡めた高速移動法を使った。
「ッ!?」
鎧の胸当てに手を添え、魔力の塊を叩きこむ。
「ぶげぼぉっ!」
吹っ飛んだ相手を俊速走法で追い抜き、彼の背を受け止めた。
あれ? 目を回しているぞ? かなり手加減したんだけど、防御も大したことなかったな。
「うおぉ! すげえ!」
「隊長を一撃で倒しちまった」
「今、何がどうなったんだ?」
「めちゃくちゃ速かったぞ」
衛兵たちがわっと歓声を上げる。
僕はみんなが騒いでいる隙に、こっそり隊長の意識を回復させた。
「ぅ、ぅぅ……」
まだ朦朧としているようだ。
衛兵の一人が僕へ駆け寄ってきた。
「君、魔法を使ったのか? でも刻印を二つも持つ君が……」
魔法を使えるとは思えないのだろう。
「いえ、魔法とはすこし違うと言いますか、ファルと契約したことで、その力の一端が使えるようになったんです」
「魔物の力……?」
別の衛兵たちも集まってきた。
「僕も詳しくは知らないんですけど、テイマーは契約した魔物の力を得る場合が稀にあるらしいです」
前世でも稀にあった現象だから嘘ではない。ただ研究段階だった以前とは異なり、今の時代は解明されている可能性があった。
ドキドキしながらみんなの反応を眺めていたけど、『なるほどなあ』くらいの感想しかなくてホッとする。
「これは魔物側の意思に左右されませんから、もしファルが暴れようとしたら僕が力ずくで抑えられます。街へ連れて入ってもいいですか?」
抱きとめた格好のまま隊長に問うと、
「は、はひ……」
彼は快諾してくれた。
よし、これで僕は『契約した魔物の力で格闘能力がちょっと高い』ことにできた。魔法を使うときはファルを介せば僕がやったとは思われない。
魔法は圧倒的な力だ。それが使えないと思わせるのは絶対条件。たんに格闘能力が高いだけなら、そう目立ったりはしないよね。
「やっぱ君ってすげえなあ」
荷運びのおじさんはあらためて驚きつつも、どこか誇らしげだった。
気づけば陽は落ち、辺りは暗くなっている。
「まだ宿なんて決めてないだろ? どうだ、住むとこが見つかるまで俺んちにこないか?」
「いいんですか?」
「おうよ! 今夜はカアちゃん自慢の料理をたらふく食わせてやるぜ」
「ありがとうございます。あ、じゃあアサルト・ボアーのお肉も使っていいですよ」
「えっ、魔物を食うの?」
おじさんだけじゃなく、衛兵のみなさんもドン引きしている。あれ? みんな食べないの? 調理次第ではけっこうおいしいのに……。
ともあれ。
僕は当初の目標だったレイナークの街に到着した。
新しい生活が、始まるのだ――。
第一章はこれにて幕となります。
次章ではクリス君が冒険者に!
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