不思議な女の子に出会った
テイマーのお試しはまたの機会にするしかない。
呼ばれたほうも困るよね。
僕が「盗賊たちを撃退してください」とお願いすると、『そんな細々した作業はできない』と言わんばかりに長い首をしゅんと垂らす。
「その辺りは僕がフォローしますので」
ドラゴンは『じゃあやっちゃうけど、どうなっても知らないよ?』という感じでのそりと首を持ち上げた。
大きな口を開けると、口内に光が収束していく。
「ひぃ!?」
「に、逃げろ!」
「逃げるってどこにだよ!」
盗賊たちは右往左往の大慌て。傭兵たちは死を覚悟して呆然と、お爺さんはぎゅっと女の子を抱きしめた。その女の子はドラゴンを仰ぎ見てぼんやりしている。
カッと光が弾けた。
灼熱の光線が街道に放たれる。
いやいやちょっとこれ、第三冠位魔法の威力に相当するよ?
辺りが白く塗りつぶされてのち、熱線の蹂躙は十秒ほどで収まった。
ドラゴンが『これでいい?』みたく視線を向けてくる。やり過ぎだよ、と返したかったのをぐっと我慢。にこやかに「ありがとう」と応じた。
街道の様子を見てみると。
「ぁ、あれ……?」
傭兵の一人がきょろきょろ辺りを見回して困惑していた。さっきとほとんど景色が変わっていないのだから当然だ。
傭兵たちもお爺さんも、女の子も荷馬車も無事。それどころか地面も森の木々にもまったく変化がなかった。
――ただ盗賊たちだけが、目を回してひっくり返っていたのだ。
盗賊たちを含め、熱線は僕が防御系魔法を展開して守った。
僕はドラゴンの攻撃が火系統だと看破したので、相克する水系の防御魔法を実行した。念のため第三冠位の強力なやつを、だ。詠唱が間に合ってよかったよ。
並行して盗賊一人一人に睡眠魔法を浴びせていた。恐怖と動揺で魔法のかかりがすごくよかったのか、みんなぐっすりだ。丸一日は目を覚まさないはず。
「ふぅ、呪印があるままだとキツかったなあ」
ともあれ、熱線に見せかけて盗賊だけを眠らせたのはドラゴンの仕業。そう思ってください。
さて、帰りたそうにしているところ悪いけど、ドラゴンにはもうひと仕事してもらおう。
僕がお願いすると、ドラゴンは天高らかに咆哮を上げた。大地を揺さぶるほどの大音量だ。もうちょっと加減してほしかった。
僕はその間に傷ついた人たちに治癒魔法を施す。傭兵さんの一人が死に瀕していたけどギリギリ間に合った。
とにかく、これで治癒もドラゴンの善意だと思ってくれればいい。お願いします。
再び魔召喚の角笛を吹くと、またも上空に巨大魔法陣が現れてドラゴンが吸いこまれていく。
ドラゴンは『またね』とばかりに尻尾をふりふり。もう二度と呼ぶことはないと思う。ないよね?
傭兵さんたちは口をあんぐりさせながら、その様を眺めていた。が、ハタと気づいて盗賊たちを縛り上げる。寝ているから実に簡単なお仕事だ。
頃合いかな、と僕は街道へ飛び出す。
「わー、ドラゴンだー」
棒読みになってしまった。僕は慌てた様を演出するべく、盛大にすっ転んだ。ずしゃーっと滑って傭兵の足元で止まる。
「だ、大丈夫か?」
傭兵の男性は親切にも僕を引き起こしてくれる。
「助けてください。ドラゴンが――って、あれ?」
僕はきょろきょろする。わざとらしくないかな? こういう演技は苦手だ。
「ドラゴンは何処かへ去っていった。坊主……でいいんだよな? 起きているところをみると、盗賊たちの仲間ではないな?」
さすがに子どもでもそこは疑われるのか。
考えてみれば森の中から唐突に子どもが一人で現れたら疑うよね。素性を問われるのも面倒だし、盗賊たちは有効に使わせてもらおうかな。
「僕、盗賊に捕まっていたんです。どうにか逃げ出せたんですけど、突然ドラゴンが現れて……」
「そうか。この付近にある古砦に盗賊がたむろしているとの噂は本当だったらしいな。辛かったろう? だがもう大丈夫だ。お前、出身はどこだ?」
「それが、どうして僕が盗賊に捕まっていたかよく覚えていなくて……」
しゅんとうつむくと、「やれやれ、生きた心地がせんかったわい」とお爺さんが重そうな体を揺らして荷馬車から降りてきた。
「話は聞いておったよ。辛い目に遭って記憶を失っておるのじゃろうて」
「ブルモンさん、お怪我はありませんか?」と傭兵の人。
「ああ、おかげさんでな。あのドラゴンは盗賊退治をしておるのかの?」
「さて、どうでしょうね。先ほどのあれは攻撃魔法のように見えましたが、実際は盗賊どもだけを眠らせた。その意図が不明です。そして我らだけでなく連中にもケガの治療を行ったようですし……何を考えていたのかさっぱりですよ」
「ただ盗賊どもを懲らしめたかっただけかもしれんのう」
「それよりどうしますか? このままアレスター領へ?」
「うむ、荷も馬車も無事のようじゃ。戻るよりも予定どおりアレスター領へ向かい、盗賊どもを引き渡すのがよいじゃろう」
傭兵の男性は「わかりました」と応じ、僕をちらりと見た。
「この少年も連れていってよろしいですか?」
「もちろんじゃとも。災難に見舞われても、こうして互いに生きておるのは神の思し召しじゃろうて」
この人たちってめちゃくちゃいい人だな。嘘を重ねるのが心苦しくなってくるよ。
「いえ、僕は一人で大丈夫です。盗賊の話ではこの道をあっちへ行けば村があるそうなので、僕はそこへ向かいます」
二人は僕を怪訝そうに見やる。でも領内に戻ってエリザベータ姉さんに見つかるとマズいんだよなあ。
と、二人は小声で何やら話し出す。聴覚を鋭利にして声を拾うと。
「もしかするとこの少年はアレスター領で下働きをしていた低級民ではないですかね? 手の甲に、しかも両手に四画の低級刻印があります」
「刻印が二つじゃと? ふぅむ、そこでも辛い目にあったのやもしれんな。記憶を失っても心の底で拒否反応を示しておるのか」
「どうしますか?」
「無理強いはしたくないが、子どもを一人で森に放置するのはのう……」
このままではなし崩し的に連れていかれるかも。この人たちからいろいろ話を聞こうと接触したのが裏目に出てしまった。
走って逃げようかな、と思ったときだ。
「ん? シャーリィ、どうかしたのか?」
女の子がお爺さんの服をくいくいと引っ張った。
「この人は、大丈夫」
小さく、それでいて耳に心地いい声音だ。
「……そうか。お前が言うのであれば、大丈夫なのじゃろうな」
えっ、なんでそこで納得するの?
ん? この女の子、よくよく見れば青い瞳がほんのり光っている。
魔力探知系の〝聖眼〟もしくは〝魔眼〟持ちかな?
まだ十歳くらいだから完全なものじゃなさそうだけど、僕の魔力をある程度は把握しているのかもしれない。てことは、いろいろバレてる?
女の子はさらさらの金髪をなびかせて寄ってくると、僕の手を取った。
「助けてくれて、ありがとう」
ぅ、やっぱりか。
女の子は僕にだけ聞こえる小さな声で言ってから、人差し指をぴんと立てて自身の唇にあてがう。どこまで知っているのかわからないけど、内緒にはしてくれるらしい。
「それじゃあ、またね」
「……うん」
まるで再会が当然みたいな口ぶりだな。まさか未来予知系の聖眼じゃないよね? 今ここで調べるのは躊躇われる。また会うのなら、そのときゆっくり調べればいいか。
お爺さんたちは縛った盗賊たちを荷台に押しこみ、馬車のチェックを終えると、僕に小さな袋を手渡した。中には銀貨や銅貨が入っている。
断ると長くなりそうだし、(あっちは知らないけど)助けた対価として遠慮なくもらっておこう。
今度は傭兵の男性がこっちへ来た。
「君にひとつ尋ねたい。盗賊の拠点――おそらくは古砦がどの辺りにあるか、大まかでもよいので教えてもらえるかな?」
「え?」
「まだ残党がいるかもしれない。数は減っても悪さは続けるだろう。アレスター領へ着いたら領主に報告しようと思ってね」
なるほど。後から討伐しに来るんだね。
でも拠点の場所か。『そこから逃げてきた』とはもちろん嘘なので僕が知るはずない。
えーっと……。
「あっ、ありました」
「あった?」
「いえその、あっちに向かって――」
危ない。
ゴッド・ビジョンを最大範囲まで広げたらすぐ見つかったけど、思わず口走っちゃったな。
街道からはちょっと離れた奥まった場所に、森の木々に埋もれるようにして立つ石造りの建物があった。
手渡された紙とペンでルートを描くと、
「ずいぶん精密な地図だな……。いや、助かるのだが」
「僕が逃げ出すときは十六人が残っていました」
今現在、その数が広間に集まっている。周辺に人間はいないから、これで全員だろう。
「ふむ、数も把握できたのはありがたい」
傭兵の男性は紙とペンを腰のポーチにしまうと、僕に礼を言って馬に跨った。
準備万端、そうして荷馬車は走り出す。
女の子――シャーリィは見えなくなるまでずっとこちらを向いて、小さく手を振っていた。
そういえばあの子、盗賊に襲われてる最中も巨大ドラゴンの登場にも、まったく動じてなかったな。見かけによらず豪胆だ。
さて、初日からトラブル続きでさすがに落ち着きたい。早く近場の村に向かおうと思うのだけど、
「盗賊の、残党か……」
アレスター領から討伐隊が来るのは時間の問題。そっちに任せるべきではある。
でも今まさに、被害を受けるかもしれない者たちがいた。
どうにも今の僕は、そういうのを見過ごせない性格らしい。前世はけっこう冷徹だったんだけどね。
僕は街道から外れ、古砦へ駆けた――。