貴重なアイテムをもらった
馬車が行く。
その姿が見えなくなるまで僕は立ち尽くしてから、パチン、指を鳴らした。
すると――。
「ゥゥゥ……」
一つ目の巨人、サイクロプスがお腹をさすりながら上体を起こした。
火炎球がぶつかる直前、僕はこの魔物に防御系魔法をかけておいた。だから無傷だ。ちょっとは衝撃があったみたいだけど。ごめんね。
続けて森の中からゴブリンたちが姿を現す。拘束を解いてのち、木々の根っこを触手のように動かして彼らを追い立てたのだ。
「僕に敵意はない。傷も治すから、すこし話をさせてほしい」
魔物との意思疎通方法は前世の僕も完成させていなかった。でもこちらの言葉がある程度は通じるくらいまでは実現できている。
すり傷や打撲を治療すると、警戒していたゴブリンたちは戸惑いつつも武器を下ろした。
サイクロプスもそれに倣ったのか、武器は拾わず一つ目をぎょろりとこちらへ向けるのみだ。
「上下関係は君たちが上なんだね。どうやってサイクロプスを従わせたの?」
ゴブリンたちは何やらゲゴゲゴと相談し始めた。
やがて大柄の一匹が僕の前に進み出る。リーダーらしきゴブリンは首から提げた、手のひらサイズの角笛を指差して――。
「って、これ『魔召喚の角笛』じゃないか」
かなり貴重なアイテムだ。
吹くときに注いだ魔力量に応じた強さの魔物が召喚される。召喚された魔物は使用者に従い、もう一度吹いて召還するまで使役関係は続く。
このゴブリンリーダー、けっこう内在魔力が高い。たぶんこの子が呼んだんだな。
「どこで拾ったの?」
「グゲ、ゴゴゲゴゲ」
街道の先を指差して何か言ってる。言葉はさっぱりわからないけど、身振り手振りで一生懸命に伝えてきた内容を僕なりに解釈してみたところ。
「つまり、君たちが元いた棲み処に落ちていた、と?」
「グゲグゲ」
「で、何かは知らなかったけど、ついさっき吹いて遊んでいたらサイクロプスが呼び出せちゃったんだね」
うんうんと首を縦に振るゴブリン。
ついでに彼らが言うことには、棲み処は何者かの集団に奪われて、ゴブリンたちはここまで流れてきたらしい。
そうしてたまたま僕たちを見つけ、空腹を満たそうと襲いかかってきたそうな。
「数的に優位だったから仕方ないとは思うけど、人間を襲うのは軽率だったね。今回成功したとしても、後で討伐隊がやってきて全滅だよ」
しょんぼりするゴブリンたち。
魔物ではあってもゴブリンは基本、人を避けて生活するので実害はほとんどない。今回は偶然の要素がいくつか重なった結果だ。
「とりあえずサイクロプスを故郷に戻してあげなよ」
僕が言うと、ゴブリンリーダーは角笛を吹いた。可聴域を超えた音が響き渡る。
「ゥゥ?」
一つ目の巨人の足元に魔法陣が現れた。光を放つそこに、サイクロプスが吸いこまれていく。
「グゲゴゴ」
ありがとうとでも言っているのか、ゴブリンたちが小躍りしながら巨人を見送る。
やがて巨躯が姿を消し、魔法陣も消え去った。
「君たちもここから離れたほうがいい。おっかないお姉さんがまたやってこないうちにね」
「グゲゲ」
ゴブリンリーダーが僕の前に進み出る。首から提げた角笛をこちらへ差し出してきた。
「くれるの?」
「グゲゲ!」
見逃してくれたお礼、かな? ゴブリンってけっこう律儀なんだね。
使う機会はないだろうけど、彼らが持っていてもまたトラブルの元になりかねない。
「じゃあ、ありがたくもらっておくよ」
角笛を受け取ると、ゴブリンたちは森へ入っていく。何度となくこちらへ振り返り、手を振っていた。
いろいろあったけど、これで僕は晴れて自由の身。
どこへ行こうが何をしようが誰にも文句を言われない。あ、この領地には戻れないけどそれはべつにいいや。
せっかく兄さんが教えてくれたんだし、レイナークって街を目指そうかな。
でもその前に、
ぐぅ~……。
まずはお腹いっぱい何かを食べたいと思う僕でした――。