第三話 ゴーレムの夢
ここは静かな村ドン。人口50人ほどの小さな村だ。最近増えた村人たちと、『幸運の砂金』のおかげで村は豊かに、より安定しつつあった。王国からの支援もちゃんと届いているおかげだ。
村娘の一人エリザベートこと【リサ】は、この村が出来た頃から居る10歳のお転婆娘。小さな子供たちの間で一番年上のお姉さん、というよりはガキ大将という扱いである。たびたび無茶なことをさせて子供たちに怪我を負わせていた。
それでも村人たちからやっかまれることは無かった。何かあったら真っ先にすっ飛んで来て子供たちの問題を手伝うからだ。イイ子というわけではないが問題児とも言えない。一番目立つみんなの可愛い娘だ。
そんなリサは今日もみんなを森に連れ出して釣りをしたりしている、ハズだった。
彼女がすっ飛んで来たのを見つけた村人は、また何かしでかしたのかと肝を冷やした。
村人「どうしたリサ! エイサならさっき帰ってきたぞ!」
リサ「おばあちゃんどこ!!」
村人「怪我か!? まったく無茶させて、どこでだ!?」
リサ「違う! それよりおばあちゃんは!?」
村人「ふぅ、そうか。クラリスならお前の家だろう。じゃなかったらエイブのとこだ」
リサは礼も言わずすっ飛んで行ってしまった。
村人「やれやれ、また何を見つけたんだか」
クラリスというのはリサを預かっている初老の魔法使いで、元は王国の魔術師として活躍していたらしいことだけはみんな聞いている。
主に治癒術と製薬に力を注いでいて、この村では唯一の医者として重宝されていた。たまに変わったところはあるものの、普段は献身的な先生だ。たびたび村人たちを救ってくれることに皆感謝と尊敬の念をもって接している。
バタバタバタバタ
歩幅からいって、それがリサの足音だというのは二人とも気付いていた。今にドアが思い切り蹴破られることも。
クラリス「はぁ、やれやれ。また何かしら」
エイブ「ひぇっひぇっひぇっ、この走り方は何か見つけたんだよ」
ドダンッ!!
リサ「おばあちゃん!!」
大きい音がしても、クラリスは冷静だった。リサを睨みつけていつもの一言を発した。
クラリス「リぃサぁ、ドアは蹴破っていいものではないと言ってるでしょう?」
リサ「それどころじゃないの! 大変よ! ドラゴンが出たの! 怪我してるから治してあげて!」
それを聞いた老人エイブは大笑いしている。
クラリス「リサ! ドラゴンが出たからってドアを蹴破るのは止めなさい!」
リサ「いいから早くっ!」
クラリスは腕を掴まれてしまう。昔のように引っ張ることは無くなったが、ぎゅっと握られてしまって動けない。
クラリス「まだ診療中よ」
エイブ「薬を塗るくらい自分で出来るさ。行ってあげな。ドラゴンが死んだらこの子が可哀相だ」
クラリス「ハァ……みんな甘いんだから。仕方ない、けどゆっくりだよ? そろそろ森を走るのは辛くなってきたんだから」
リサ「あの子を治したらきっとおばあちゃんだって運んでくれるわ! 契約したの! マスターって言った!」
クラリス「はぁあ……すっかり使役者のつもりになっちゃって。ろくな魔方陣もないのに契約できるわけないだろう? それとも勝手に持ち出したんじゃないだろうね?」
リサ「おばあちゃんお願いだから急いで! 本当に綺麗な子なんだから!」
ようやく立ち上がったクラリスは、エイブに診療所を任せて出ていった。
彼女が走ることはなかったが、普段歩くよりは早いペースで進んで行く。リサはそんな彼女を何度も振り替えって見ながら、先へ先へと進んで行った。
川原にいた子供たちはドラゴンを囲んで魚を食べていた。たくさん釣れたが、ひとり一匹ずつしか食べられなかった。残りは全部ドラゴンの腹の中に収まってしまったのだ。
ポリー「ハフッハフッ!」
イートン「むちゃむちゃ」
アーチー「それにしても食うなぁ。流石にもう飽きたようだけど」
ドラゴンは腹が膨れて満足していた。彼らが手掛けた魚は塩を振られていたのがよく、表面がパリッとしていた。ただの魚を生で食べるより良いと感じたのはこれが初めてだ。
リサ「みんなっ!! よかった。その子もちゃんと居たわね」
アーチー「リサの分はないぞ」
リサ「はぁ……はぁ……むぅ、それはいいわ。おばあちゃんこっちよ!」
村の子供たちの目の前に純白のドラゴンが腰かけて座っているのを見て、クラリスは我を忘れた。
文献で何度か読んでいる特徴に似ている節が多い。何よりその美しさ。龍種の一匹に違いない。
クラリス「リサ……本当にその子なのかい……?」
リサ「言ったじゃない、ドラゴンだって。ほら、早く診てあげて!」
クラリス「まさか……けど……よくもまぁ皆食べられずに居てくれたよ……はぁ、どうしよう……」
クラリスは数年ぶりにこんな重大な状態を迎えて混乱の極みにいた。リサはお構い無しに急かしている。クラリスは覚悟を決め、ドラゴンのそばへと寄っていった。
間近で見るとなんと美しいのだろう。どこまでも真っ白い。こんな生物がこの世に存在していたとは。その存在自体が伝説のドラゴン。永劫語り継がれる伝説が目の前にいる。
クラリスは嬉しさと恐怖が入り交じったまま彼の体を診ていった。
クラリス「ドラゴンの治療なんて、初めてだからねぇ…………とりあえずそうだね、足元から見せておくれ?」
その人間が恐怖しているのはドラゴンはハッキリとわかった。にも関わらず、人間はゆっくりと自分に近付いてくる。
いまは嫌な気分ではないので触らせてやった。というより、満腹なので動きたくない。
クラリス「これは一体…………」
焼け焦げて骨まで剥き出しになっている。一体どんな大魔法を浴びたらこんな風になるのだろうか?
クラリス「見つけたわ。始めるから抑えてちょうだい」
クラリスが治癒を始めると、リサは優しい声でドラゴンに諭した。顔を包み込み、ゆっくりと目の間をさする。
リサ「痛くも怖くもないからね。おばあちゃんに任せて、じっとしてるのよ。わたしもいるから大丈夫」
クラリスはドラゴンの聞き分けの良さより、その回復力に驚いていた。今だかつて治癒魔法がこんなに効いたことは無い。
物凄く深いダメージを受けたはずの左脚はみるみるうちに塞がれていった。骨、神経、血管、肉に至るまで全てが修復していくのが目に見える。
クラリス「ふぅ、左脚は大丈夫。あとはどこか…………翼ね? 広げられるかしら」
リサ「待って。ねぇあなた、怪我した翼を見せてみて。痛くないところまででいいから広げてみせて?」
リサは体に触れたまま側面に移動し、ふわりと翼に手をかけた。ドラゴンは一瞬クチバシを歪めたが、すんなりと左翼を開いていった。
クラリスがここぞと治癒魔法をあてがっていく。またもや肉体が再生していって、抜けていた翼の羽根まで生えてきてしてしまった。
クラリス「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……終わったわ。誰か、水を……」
アーチーが腰に着けていた水筒を渡すと、クラリスはそれを全て飲み干した。ポリーとイートンも水筒の残りを全部クラリスに渡す。
クラリス「っぷはぁ! みんな肩を貸してちょうだい。あの木陰で休ませて」
クラリスが運ばれる間、リサはずっとドラゴンに付きっきりだった。慈悲深い表情でドラゴンの大きな顔を包み、ずっと毛を整えている。
クゥー ふしゅーーーっ
リサ「まだひきつるだろうけど、怪我は治ったはずよ。もう少し休んで、よくなったら動いていいからね」
ドラゴンは不思議でならなかった。この感情は間違いなく母親から感じた感情だ。母はもっと大きくて暖かかったが、この小さな人間はそれに劣らぬほどのものを持っている。
安心、ぬくもり、柔らかい、まあるい。色んな優しい感情が身体中を駆け巡っていた。
次第に意識は消えていき、ドラゴンは眠りについた。
クラリス「はぁ、このことを一体どうやって報告したらいいんだか…………王国ですらどうにもならない一大事だ」
アーチー「クラリス先生、やっぱりあれってドラゴンなんですか?」
クラリス「そう、あんなに美しい生き物は他にいない。みんな、ようく見ていきな。千年生きる魔族だってアレを見たものはいないよ。しかもこんな間近でなんて」
そう言われて、子供たちはじっくりと真っ白いドラゴンを観察していった。身体中の何もかもが白い。真っ白だ。
しかしだんだん見飽きてくると、魚を食べて膨れた腹が眠気を誘ってきた。彼らも木陰に移って眠りだしてしまう。
リサだけはドラゴンを包んだまま立っていたが、彼が眠ったのを確認すると釣竿を持って遅い昼食の準備を始めた。
深い深い眠りの中、不思議な夢を見た。
自分は人間の男になっていて、目の前に腰の高さほどの小さなゴーレムが現れる。それはゴロゴロ言いながら緩やかな山道を上っていこうとした。
ゴロゴロ……ゴロゴロ……
緩やかな坂を緩やかな速さで登っていく。あまりにも遅いのでゴーレムをつついてみたがビクともしない。仕方なくそれを追いかけていった。
すると、森のそこかしこから小さなゴーレムが現れる。みんな頂上を目指していることだけがわかっていた。道の先に山のてっぺんが見えたからだ。
頂上につくと、集まっていたゴーレムはどんどんくっついて巨大化していった。高さはゆうに5mを越えているが、さらに大きくなっていく。
トスン、と最後のゴーレムが男の腰に当たる。振り替えって見ると杖を持ったゴーレムがいて、男はその杖を受け取って構えた。
二王立ちになり、杖を目の前で水平に持つ。男が念じると、杖の先に青白い筒が浮かび上がった。杖はハンマーのような形を描き、男はそれを大きく振りかぶった。
「大地の鼓動を聴かせよう!
我が故郷に、土の香りを届けよう!
番人よ! 貴様の願いを聞き入れよう!
打たれ! 揺らぎ! 震えよ!」
コーーーーン
男は、山のてっぺんに埋まっている岩を打ち付けた。たった一度の大打撃は、視界に写る全てを揺れ動かし、美しい音色を立てた。
巨大ゴーレムはその振動でバラバラに崩れ去り、模様を描いて動かなくなった。
最初に目を覚ましたのはクラリスで、他も次々に目が覚めていった。
目の前の川で魚と格闘するリサが最初に目に映る。彼女は両腕でがっしり押さえつけると、焚き火に持ってきて調理を始めた。
リサ「へへへへっ、わたしだって釣れるのよ。やっぱり釣竿が悪かったんだわ。アーチーのを使ったら簡単だったもの」
しかしそれは最初にリサが使っていた釣竿と同じ物だった。
アーチー「ふっ! うーーーん!」
彼女が何か言うのを聞くでもなく、アーチーは背伸びをして夢のことを反復していた。
小さいゴーレムと男の物語はやけに鮮明で現実味があった。今もハンマーを握った手が痺れている。
イートン「石ころのモンスター…………」
アーチー「どうしたイートン?」
イートン「夢見たの。お漏らししてないよ」
ポリー「あたしもゴーレムが出る夢。みんなも居たわ。村のみんなよ。みんな見てた」
アーチー「同じ夢を見たのかな」
クラリス「なんだったのかしら…………ちょっと、それよりすぐ戻らなくちゃ! アイタタタ…………。誰か、肩貸してちょうだい」
アーチーとポリーがすぐさま横についてクラリスを起こした。
クラリス「今日はどうも血行が優れないね。それじゃあ私は戻るよ…………と、言いたいけどそれもできないのか。参ったねぇ」
クゥーーーッ!
起き上がったドラゴンは、すっかり良くなった左足と翼の様子に舞い上がった。わさっと翼を広げても痛くない。引きずっていた足ももう大丈夫。
ドスドスドスドス! わさっ!
ドラゴンはそのまま走り出して川に沿って飛び上がった。滑走からの低空飛行にみんな見とれていた。綺麗に上がるものだ。
リサ「ああっ! ダメよ! 戻ってきなさい! わたしはあなたの使役者なのよ!」
真っ白いドラゴンは空高く舞い、次第に雲に入って見えなくなってしまった。
リサ「ああ、そんな」
クラリス「よかった、これでいい。ともかく純白のドラゴンが居たことは領主に報告しておこう。みんな、このことを話してもいいけど、嘘を混ぜちゃダメだからね? 見たままを言葉にしなさい」
子供たち「はぁい、先生」
クラリス「それにしたってドラゴンといいゴーレムの夢といい、今日はどうかしてるねぇ」
これにて解散となった。クラリスは診療所へ戻って領主に事の顛末を書き綴った手紙を書き、子供たちは魚釣りを止めて蛙捕りを始めた。
リサは、せっかく手に入れたドラゴンを逃がしてしまい、一日中落ち込んでいた。あとで戻ってきたエイサに八つ当たりして、この日は早めに床についたのだった。
ドラゴンは喜びに支配され、夜中もずっと空を飛び続けた。そして、もうむやみに雨雲に入るのだけは止めた。