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浮き島  作者: 塩辛
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第二話 出会い

 静かな村ドン。村人はわずか20人。領地拡大のために開拓された土地に住んでいる。若者は三人居たが、そのうち二人は駆け落ちして消えてしまった。残りの一人は10歳の少女エリザベートだけ。仰々しい名前なのでみんなはリサと呼んでいた。彼女は拾い子ではあったが、村人たちから愛されて育った可愛らしい娘だ。性格はお転婆でワガママ。今はクラリスという魔法使いのお婆さんと一緒に暮らしている。そのうち村に新しい住人が加わり、若者が増えたことをみんな喜んだ。リサも友達が増えて一番上のお姉さんになった。

 彼らとの楽しい暮らしが始まると思っていたその日、東の空から隕石が降ってきて村の近くに落ちた。村人たちが心配して見に行ったが、何も見つからなかった。代わりに、小さなクレーターからは砂金の粒がたっぷりと出てきて村が少し潤った。村長は「村によいことが訪れる前触れだ。この砂金で新たな農耕用魔道具を揃えよう!」と笑った。みんな賛成だった。静かな村ドンは狩猟が主な食料源だったが、やはりそれだけでは安定しない。開墾も進んだところだったし、農地を広げることになった。

 村人たちが農作業を始めた春先、少女リサは友達と一緒に山の中で花摘みをして遊んでいた。小さな花の蜜は、ほどよく甘くて大好きな香りがする。寝惚けて出てきた蛇も今日のおやつにしてやった。


リサ「ほらエイサ! 蛇を捕まえたの! 火をつけて! 皮を剥いて食べよう!」


 魔術が少し操れるエイサ少年は、そのことをリサに利用されてばかりでうんざりだった。自分でも覚えろと言っているのに、リサは聞く耳を持たない。


エイサ「自分でやれよ。石を使えばできるんだろう」


リサ「あんたの魔法が見たいの! ほらっ! 尻尾のとこあげるから!」


エイサ「ちぇっ、半分くれてもいいのに」


リサ「この蛇はわたしが捕まえたのよ!」


エイサ「わがままなやつめ。じゃあ、薪を集めてやるから半分よこせ」


リサ「わからない人ね! あんたが全部魔法で焼き上げればいいじゃない!」


エイサ「魔法はすごく疲れるんだぞ。それに使いすぎたら倒れるって、先生も言ってたんだ。本当に危ないんだぞ」


リサ「そのときは死体を運んで私のお墓に埋めてあげるから安心なさい」


エイサ「殺す気かよ…………もうやだ。絶対リサのために魔法は使わないからな」


 ただでさえつまらない花摘みなんかに付き合ってやってるのに、彼女のわがままにエイサはうんざりしていた。

 彼がそっぽを向いたそのとき、リサは森の影で何かが動いたのを見つけた。とても大きな影だった。


リサ「あれは…………?」


 右手に蛇を持ったまま、リサは向こうへと行ってしまう。すると、エイサの近くに大きなアマガエルがのしのし歩いて出てきた。のろまな蛙を捕まえて、エイサはおおはしゃぎだ。


エイサ「ははっ! やった! リサこれ! リサ?」


 いつの間にか彼女はいなくなっていて、また勝手に森の中へ入って行ったと思った。


エイサ「しめた、今のうちだ。丸焼きにして妹にも分けてやろう。リサがいたら全部取られるところだ」


 エイサは小さな手でアマガエルをむぎゅっと握り、村へと帰って行った。


 薄暗い森の中へ入り込んだリサは、何かを引きずったような一本の跡を追いかけた。恐らくは大きな尻尾の跡だ。尻尾を引きずっている生物なので、ネズミか蛇のどちらかだと思うのだが、こんな大きさは初めてだ。


リサ「モンスターかな!?」


 リサは無鉄砲だ。危険なモンスターでも省みずに近付いて観察してしまう。自分は将来【使役者】になると言って、モンスターは絶対に友達になれると信じて疑わない。彼女は少しばかり変わったところがあるのだった。


リサ「見つけた!」


 足跡の先に生い茂った潅木(かんぼく)をどけると、見たことのない生物がくるまったままこちらを睨んだ。花びらがいくつか散って舞い落ちていく。美しく輝く純白の毛、透き通った青と緑の混じった瞳、綺麗で真っ白いクチバシも可愛らしい。そして、大きな翼が畳まれていることにリサは気付いていなかった。一目見て、リサはそれが自分のために産まれてきた運命の生き物だとわかった。彼はこちらを見つめると、大きな鼻の穴を広げる。


ふしゅーーーっ!


 まだ肌寒い空気に白い息が漏れる。その音を聞いてリサの口角は目一杯上がり、声にならない声をあげ、目をギラギラと輝やかせてぴょんぴょん跳ねた。あまりにも興奮しすぎて、握っていた蛇の首は絞められて舌を出している。


リサ「はぁ……はぁ……はぁ……はじめまして。わたしエリザベート。みんなは短くリサって呼ぶの。あなた喋れる?」


 ドラゴンはわけがわからなかった。いきなり寝床を暴かれたと思ったら、蛇を掴んだ人間が話しかけてきたのだ。それが人間の子供だというのはドラゴンは知っていた。食べるならもっと大きくなってからがいい。ただ、どこか懐かしい感じがして食べるのは止めた。

 じっと見つめてくるだけの白い生物に、リサは敵意を感じなかった。今までの乱暴なモンスターと違って、()()()は話がわかるタイプだ。過去にも似たようなのがいたが、いつの間にか森に帰ってしまって使役者にはなれなかった。


リサ「そうだ! これあげる! 蛇よ、わたしが捕まえたの。エイサが焼いてくれないから食べれないの。あなた蛇は好き?」


 ぐいっと差し出された蛇にドラゴンは困惑した。餌を奪い合うことはあっても、目の前につき出されるようなことはなかったからだ。それとも挑発だろうか?


リサ「わかった。皮が嫌なのね? 剥いてあげる!」


 腰に着けていたナイフを取り出し、舌の出たままな蛇の首をちょん切ると、ビリビリっと皮を剥いていく。手慣れたものだ。


リサ「どお? これなら食べれる?」


 なんとも不可解な行動が続き、半ば押し込まれる形で蛇を食べた。小さいが、悪くない。


リサ「へへへっ! これで友達ね! いいこいいこ」


 クチバシのあたりに抱きつかれ、包まれて撫でられた。ドラゴンにとってはこれも初めてのことだ。いや、この空間を包み込むような愛は初めてではない。この感覚は産まれたときに味わったことがある。


ふしゅーーーっ


リサ「きゃはははは」


 ドラゴンの吐いた息は、クチバシに乗っかるリサの腹をくすぐった。なんというか、小さな生き物とこうして戯れるのも悪くないなとドラゴンは思った。何より、暖かい。


リサ「っふふふ。ねえ、あなた一体なんのモンスターかな? お婆ちゃんは物知りだから教えてくれるかな? こんなに大きいと、連れてったらまた怒られるかしら? なんでみんなモンスターは悪いって決めつけるのかしらね」


 人間の鳴き声はずいぶんと多様だ。怒りでもなく、命乞いでもなく、悲鳴でもない不思議な感情が混じっていた。巨大な鹿とやりあったときもそうだった。逃げることなく自分と向かい合い、どちらかが動かなくなるまで餌を奪い合った。あのときも色んな感情が渦巻いていた。自分の知らない感情がたくさん溢れていた。


 リサは、自分の体の何倍もある真っ白い生物を観察し始める。体つきは鳥のそれに近い。胴体は鹿より大きいが、手足は太くて短い。頭からお尻まで3ヤード(2.7mほど)はある。爪の鋭さは言わずもがな、ギラリと磨かれた白刃は大理石より透明だ。首が鳥のように長く、顔は鷹のような鋭さを感じるのにどこか可愛らしさもある。それと、尻尾は狐のように長く太くふわふわだった。リサはそれを特に気に入った。


リサ「あなたすごく綺麗ね! どこもかしこも真っ白! 決めた、わたし今日からあなたの使役者(マスター)になる!」


「マスター」


 ドラゴンは餌の鳴き声を真似してみようとしただけだった。しかし、その一言で充分だ。リサはすっかりその気になって、“契約できた”と思い込んだ。使役者というのはブリーダーやトレーナーと呼ばれ、その内容はモンスターや動物などと魔法契約してパートナーシップを築くことにある。契約した相手は主人の言うことを理解するようになり、言葉も話すらしい。リサはまた声にならない声をあげて目を輝かせ、ぴょんぴょん跳ねた。


リサ「はぁ……はぁ……。あら? あなた怪我してるの? ……………………なるほど、傷ついて倒れていたから餌も捕れなくて困ってたのね。わたしに任せて!」


 そう言って近くの川へ走り出す。ドラゴンは本能のまま、逃げた者を追いかけようとした。ダメージは大きく、まだ体が重たい。体を引きずるようにして、足跡を残しながら歩いた。川べりへやってくると、小さな人間は4匹に増えていた。ドンの村の幼い子供たちだった。


リサ「あっ! 寂しくて追いかけて来ちゃったのね。けどそれ以上動いちゃダメよ。ほら、いまアーチーが釣ってたのあげるから」


 子供たちは全身真っ白い生物の登場に胸を踊らせた。一斉に近付こうとしていく。その前にリサが立ちはだかって言った。


リサ「ダメ! 怪我してるの! ほら、早くよくなるようにみんな魚捕まえて!」


 この国の淡水ではマス類やトラウト類の魚がよく捕れる。魔石が非常に小さいために肉より人気は低いが、味はよく、村人たちに親しまれている。子供たちはしばしばこの川に来て自分の昼食を確保するのだ。

 今の時期は川に入れないので釣りをして捕まえる。長い木を加工して作った釣竿は不格好だがよく釣れると評判で、それはこの村に来たばかりの者が作ってくれたものだ。タコ糸の先に針をつけ、針に餌となるミミズや昆虫などを引っ掛けて釣り上げる。

 彼らがしぶしぶ釣りに戻る横で、リサは焚き火の番をしつつ魚を焼いていった。ドラゴンもそのそばにやってくる。火は好きだ。

 

リサ「いーい? これはあなたにあげるけど、ちゃんと焼いてからよ」


 串に刺して丸焼きにされる魚を、リサとドラゴンは見つめた。パチパチと跳ねる焚き火に、ドラゴンは顔を近づけていく。


リサ「ほら、危ないじゃない。火傷するわ」


 聞きもせず、表面がパリッとしてきた魚をドラゴンは炎ごと咥えた。火と魚を一緒に食べると美味しいことを彼はよく知っている。ただし、火加減が難しい。自分の吐いた青緑の炎では真っ黒になってしまうが、何かに飛び火してついた赤い火はちょうどいい。今回のは実に美味かった。


リサ「きゃあ! 大丈夫なの?」


ふしゅーーーっ


 鼻から漏れる白い息は、さっきより大きくなっていた。小さくなった焚き火の炎がまた元に戻ろうとしていく中、リサはドラゴンの毛がどこも火傷してないことに気付いた。


リサ「あなた、もしかして火が平気なの?」


むしゃむしゃ、ぺっ!


 木の串が半分に折れて口から吐き出されるのを見て、リサは何かを確信した。火をものともしないとは、まさに使役者として相応しい生き物だ。


リサ「よかった、美味しかったのね? もっと釣ってあげるから待ってて!」


 小さな餌が川べりへ走って行くのを、ドラゴンはずっと見つめていた。不思議なやつらだ。普通、自分より小さい生き物は逃げるだけなのに、彼らは意に介さず川べりでじっとしている。急に動き出したと思ったら、持っていた棒を必死に掴み、操り、持ち上げて、川から魚を取り出していった。

 それに近い魔法なら見たことがある。いつだったか、念力で岩を持ち上げて投げつけてきたやつだ。無意味な攻撃をするものだとバカにしていたが、なるほど、魚を捕るのに使えばこれほど楽なものはない。彼らは頭がいい。

 しかし、釣り上げた魚を自分のところへ持ってくると、木の枝に刺して火のそばに立てていくのだ。自分に食べられるのがわかっているはずなのに、一体なんのつもりだろう?


アーチー「あーあ、こんなに大きいのが釣れたのに。それにしてもデッカいドラゴンだ。真っ白い生物はみんな幸運の遣いだって先生が言ってたけど、あれは嘘だな。幸運の遣いなら、おれの腹を満たしているもの」


 こうして、村の子供たちは次々に真っ白いドラゴンへ魚を与えていった。ただ、リサだけが一匹も釣れずにいた。一番下の5歳のイートンですら3匹は釣れたのに。


リサ「釣竿が悪い!」


アーチー「悪いのはリサの腕さ。ちゃんと魚影を追えよ。さっきから何度も食い付いてるのに見えないのか?」


リサ「むむむ、どこに映ってるのよ」


アーチー「餌のとこだよ。どこ見て釣りしてるんだ。ほら、今餌に食いついてるじゃないか」


 川は光を反射してキラキラしている。リサはその光ったところばかりを目で追っていた。


リサ「ぬぐぐ、もう知らない!」


 リサは釣竿をべしっと地面に投げ付けて振り返った。


アーチー「またすぐそうやって諦めて。もうちょっと粘ってみろって先生も言ってたろ」


リサ「ふんだ! できる人がやればいいの! お腹も空いてるのにできないわ!」


アーチー「あーあ、また駄々こねてるよ。おれたちだって腹空かしながらドラゴンに魚やってるんだぞ」


リサ「ドラゴン?」


アーチー「どう見たってドラゴンだろう? 人を襲わないから違うのかな? 先生に聞いてみるしかないけど、でも絶対ドラゴンだよ」


リサ「あの子ドラゴンって言うの?」


アーチー「たぶん。翼は無いみたいだけど…………」


 リサは向こうで佇む真っ白い生き物を見て思った。別になんだって構わない。あんなに美しいならどんなモンスターでも関係ない。

 焚き火の横に刺していた魚の一匹をイートンが掴んで食べさせている。さっきから13匹は与えているのに、ドラゴンは次々口の中へ入れていく。みんな面白がって食べさせてはいるが、流石に彼らもお腹を空かせていた。本来なら彼らの昼食なのだ。

 リサは近付いていってドラゴンとイートンの頭を撫でた。


リサ「ありがとイートン。あとでわたしのおやつを分けてあげる」


イートン「ほんと? もう釣りしないの?」


リサ「うん、この子を村に連れて行くわ。先生に見せて怪我治してもらうの。あなた、歩けそう?」


 ドラゴンは気分が良かった。てんで物足りないが、彼らはきっと自分に食べられまいと餌をよこすのだ。それに近いことをする生物は過去に見たことがある。逃げられぬと悟ったら、自分以外の生物をわざと弱らせて自分に与え、その隙に逃げるのだ。それに、彼らは魚を捕らえるのが非常にうまい。このままついていれば楽に餌にありつけると思った。まだ翼と足の一部が痛くて、うまく歩けもしない。持ち上げようとすると足が引きつった。


クアーッ


 痛みに声を上げたのを、リサは返事をしたと勘違いしていた。すっかり真っ白いドラゴンは自分のモノだと思い込んでいる。しかし、彼女が歩き出すのをドラゴンは黙って見送った。ついて来ないドラゴンを見て、リサはすぐさま理解した。


リサ「無茶しないでいいわ、ここに先生を連れてくるから。みんな! この子を見てて!」


イートン「わかった」


 返事をしたのはそばにいたイートンだけだった。アーチーとポリーは釣りに夢中で聴こえていない。今日はやたら魚が引っかかる。


アーチー「ほらまた釣れた! すごいぞ! 針を入れたそばから食いついてくる!」


ポリー「ねぇ、ドラゴン(あの子)の分だけじゃなくて、あたしたちのもそろそろいいでしょ?」


アーチー「あんなに食べたんだ、もう入らないさ。イートン! お前も釣れよ! 食事にしよう!」


 一番年下のイートンはてちてち走ってリサの使っていた釣竿を握り直した。すぐさまアタリをつけて釣り上げていく。

 銀色の魚がギラリと光って宙を舞う。ドラゴンが見守る中、村の子供たちは釣りに興じた。

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