第十八話 出発
ズウリエル公爵たちと支援物資の護衛のため、白いドラゴンとリサも一緒にドンの村へ帰ることになった。
出発前にチャーリーのことで“ちょっとした事件”が起きたのだが、ズウリエル公爵が街を離れる間の統治者代理というのは変わらない。さっそくその権限を利用して、チャーリーの前ではしばらくキスという言葉を使うのが禁じられた。
城から出る際にはチャーリーとエリザベスが並んで見送ってくれた。
エリザベス「またね、リサ」
リサ「エリザベスも元気でね」
エリザベス「いいえ、リサよ」
リサ「?」
エリザベス「私も愛称はリサなの」
リサはそのことに喜んで手を振った。お姫様と友達になれたのだ。
綺麗なお姫様と、その騎士が並んで手を振っている。じつに絵になる光景だった。
ズウリエル「ドンの村より、あちらのほうが心配だな。済ませることは済ませて貰わんと」
北門に集まった者は緊張していた。話には聞いていたが、本当にドラゴンが現れたことに驚きと恐怖を感じていた。
彼らは建築を主な生業とする大工集団。ドンの村で温泉が出たことなどを聞いて、そのための施設を造るために派遣されるのだ。永い期間の仕事になるということで荷物がたっぷりとあった。
『ドンの村までだろう? 私が先に行って運んでおいてやろう』
彼らは下手なことを言わないようにと成り行きに任せておいた。壊れそうなものだけ分けておいて、あとの服や作業用の道具だけを任せようと集めていった。
『何をしている? 馬車ごとだ』
ドラゴンの身体よりやや大きいくらいの幌付きの馬車を指したのを見て、みんなはまさかと思った。
フォスター「ま、待て待て。これごと持っていって落としたら馬車のほうが壊れてしまう。車輪は繊細なのだ。荷物をまとめ直すから待ってくれ」
建築家であり大工の頭領でもあるフォスター伯爵は、慌てて全員に指示をし直していった。一枚の大風呂敷に入れられるだけの荷物を積んでいく。
ズウリエル「ホワイト様、このまま我々は道沿いに進みます。戻ってきたら、この幌が目印ですから」
麻布でできた幌の頂上にはブリストルの暁のマークがある。上空から見るドラゴンにはわかりやすい目印だった。そもそも一行の馬車も8台はある。これで見つけ難いこともないだろう。
バササ ブォンブォン! ふわっ
白いドラゴンの持つ荷物はゆっくりと浮かび上がると、スッと上空に持ち上げられて行ってしまった。一同から驚嘆の声が沸きあがる。
フォスター「ズウリエル公爵、あんた悪魔と契約してたりしないよな?」
ズウリエル「間違ってもそんなことするか。彼とは友になったのだ。永劫手助けしてくれるというわけではないが、まぁ、美味い飯と引き換えというところだな」
アビゲイル「それでは出発します!」
護衛についたのは、暁のブリストルの騎士の一人アビゲイル。中年の女性だが腕は確かで現場にも強いと評判だ。彼女は先頭を務めた。
しんがりはノーラ。こちらも女性の騎士見習いで、アビゲイルに憧れて入隊した若い女性だ。実力と成果主義のブリストルでは女性が騎士になるのも珍しくは無かった。
ズウリエル公爵と御付きの者とリサ、フォスター伯爵と大工集団はそれぞれの馬車に乗って、中央のあたりに布陣している。真ん中には衛兵の乗る荷馬車があり、慎重に進んで行った。運ぶ荷物が減ったことで足並みも計算していたより速くなったようだが、それでも日暮れに間に合うか否かという速度だ。
最初の難関である川渡りをしていたとき、敵を察知したアビゲイルが衛兵に展開指示を出した。
バササッ! ドスッ
川辺に舞い降りたのは白いドラゴンと巨大な一枚布。まだ40分ほどしか経っていないハズだ。何人かが声を揃えて「バカな」と発した。
『次は? 荷物が無ければ人を運ぶが、4人ほどなら乗れそうか?』
ズウリエル「確か食料などの支援物資が前の馬車に。いや、先に私たち要人を頼もう。フォスター、高いところは大丈夫だな?」
フォスター「あ、ああ……ハイ……」
『大丈夫だ。リサを乗せるときは低くゆっくり飛んでいる。同じようにするから安心しろ』
ズウリエル「ありがたい。しかしそうか、ここでホワイト様とまともに話せる者がいなくなるのは困るな。…………リサ、連絡要員として残って貰ってもいいかな?」
リサ「ええ、大工さんたちを運んであげて」
ズウリエル公爵、フォスター伯爵、大工の2名がぎゅうぎゅうになって白いドラゴンに乗り込むと、さっさと飛んでいってしまった。
アビゲイルは調子を狂わせていた。まだ出発して間もないというのに、護るべき要人が数名のしがない大工と客人の少女だけになった。肩の荷は降りたものの、どこか納得いかないものがあった。こんなのは冒険者か傭兵の仕事だ。
アビゲイル「ええいっ! ともかく任務は任務だ。ズウリエル公爵とフォスター伯爵を無事に届ける。そのことには成功した。」
自分に言い聞かせて先へと進んで行ったものの、1時間ほどしてまた彼が戻ってくると、大工とリサも乗せて行ってしまった。
『お前たちはゆっくり散歩でもしながら来るといい。馬もいる故、後の者は迎えには行けぬ…………とズウリエル公爵から伝言だ。』
アビゲイル含む衛兵たちが呆然としたあと、彼女は顔をヒクヒクと引きつらせて笑い、その怒りを近くにあった木にぶつけていた。
衛兵隊は思った。初めからドラゴンに全て任せておけばよかったのでは? と。
虚しく響く馬の蹄の音だけが荷馬車の中に反響していた。