第十三話 人の願い
ブリストル領の中心にある大きな街ブリストル。その側には湖があり、そこを眺めるように大きな城が建っている。
リサと白いドラゴンのホワイトは、領主であるブリストル公爵に案内され、城の大広間にやってきた。
ここへ来るまでは衛兵隊を集め、町民が騒がぬよう促しつつ道を開けさせた。当然の対処ではあったが、そのことが白いドラゴンをより際立たせることになった。
リサ「わあ~~~っ、広ぉい!」
『おお、人間はこのようなものまで造れるのか』
二人はここへ来るまでのことなど気にしてもおらず、大きな城の様相に感動していた。
ズウリエル「お褒めいただいて光栄です。…………さっそくですが、お二人には話を通しておきましょう。 ドンの村のことは色々あったようですが、我々も視察へ行くには準備がいります。すぐ準備させますが、やはり出発は明日になってしまいます。 よければここで一泊して頂いて、明日の護衛に是非協力して頂きたい。それまでにいくらか話をしましょう」
ズウリエルの先制は実に効果の高いものだった。
『構わぬ。それより、もっとこの巣の内部を見せてくれぬか?』
様々な模様や布、魔術も仕込まれた建物にドラゴンは興味津々だった。リサは当然のようにキラキラしたものを目で追いかけている。
ズウリエル「まさかドラゴン様が人間の城に興味をお持ちとは。もちろんです! 案内役を付けますから、まずは泊まる部屋まで荷物を運ばせましょう。 おっと、壊れやすい物もありますから、物に触れる際はひと声下さいませ」
『うむ、うむ。』
ズウリエル「チャーリー!!」
ブリストル城の騎士チャーリーと、その部下の二人が呼ばれてやってきた。部下に荷物を運ばせて、自分は挨拶する。
ズウリエル「この城一番の騎士、チャーリー・ドーン・ブリストルです。」
リサ「えっ? おばあちゃんと同じ名前?」
ズウリエル「私はこれで一度失礼します。夕食にまたご一緒しましょう」
それだけ言うと、ズウリエル公爵は慌てて走っていった。
チャーリー「よろしく、お嬢様」
チャーリーはそういってリサの手の甲にキスをする。リサは紳士から初めてそんなことをされて感動した。
チャーリー「白いドラゴン様も、生あるうちにドラゴンと見えることができたことを光栄に思います。わたくしにも是非武勇伝をお聞かせ下さい」
『武勇伝? いや、それよりこの床に張り巡らされている魔法について知りたい』
チャーリー「これは失礼。真の強者は自慢話はしないものですな。では、道々説明しながら参りましょう…………」
城から突き出た高い塔のひとつに来るまでずいぶんと時間をかけた。単に城が広いのもあるが、ホワイトが度々足を止めて魔術に関心を示したのだ。
大半は床や壁に仕掛けられたものを聞いていて、それらは空調や暖房などの設備だった。大したことはない魔術なのだが、実に興味深そうにしているのをチャーリーも不思議がった。
ようやく塔のひとつに到着する。大きな観音開きのドアが開けられると、優雅で雄大な部屋が迎えた。
チャーリー「さ、この部屋です。ベランダから外へも出れまして、ブリストル湖の全体を眺められますよ。まだ月も満月の形に近いですから、夜はとくに素晴らしい景色が見れるでしょう」
リサ「きゃーーーっ!」
『おお、透明の壁』
チャーリー「ではエリザベス様、彼女の洋服を」
エリザベス「ええ、チャーリー」
いつの間にか、部屋には美しい妙齢の女性と、お付きのメイドが二人入っていた。
エリザベス「お客様、よろしければお召し物を変えて下さいませ。綺麗なものを取り揃えていますから」
クローゼットが開けられ、色とりどりのドレスが並んでいる。
リサ「ッ!!!」
エリザベス「あら、お嬢様に会う服はこちらではありませんでした。ばあや」
老メイド「エリザベス様のお古になりますが、そちらにしましょう」
奥の部屋へと案内されて、リサはそっちに飛び付いていった。
チャーリー「お嬢様の着替えが終わるまで、私はベランダで待ちます。ホワイト様もいるので…………」
エリザベス「ええ…………」
ベランダではホワイトが羽を広げて風を受けていた。
ぷしゅーーーっ!
『素晴らしい巣だ。こんな場所に住みたいと幾度思ったことか』
チャーリー「ほお……ホワイト様は定住地などはないので?」
『せいぜい獲った獲物の巣を奪うくらいだったが、それも一日で飽きてまた放浪をするだけだ。あの頃はそうしていないと落ちつかなった』
チャーリー「羨ましい。私も自由に空を翔んでそのような暮らしをしたいものです」
『あまり心地のいいものではなかったぞ』
チャーリー「はっはっはっはっ! お互い欲しいものは手に入らないようだ」
ホワイトはチャーリーに何かを感じ取っていた。彼をじっと見つめて間を置き、話しかけた。
『…………チャーリーと言ったな』
チャーリー「はい?」
『乗れ』
チャーリー「えっ?」
『人間は臆病者のくせに空は飛びたがる。獲物を捕りに行くついてだ。それに、貴様がいれば戻るのにも苦労しないだろう。また待たされるのは嫌だ』
チャーリー「しっ、しかし獲物と言いましても、さきほど新鮮な角猪が獲れましたから、それを振る舞おうと…………」
白いドラゴンは真っ直ぐにチャーリーを見つめている。なんと美しい瞳だろう。だが、麗しの姫君の瞳に勝るものは無い。
チャーリー「かしこまりました。ベランダを開けておくように言うのでしばしお待ちを。…………エリザベス様!」
エリザベス「はいっ、なんですか? チャーリー」
チャーリー「ここを開けておいてください。少しばかり伝説を作って参ります。」
そうして、彼は走った勢いのままベランダから飛び降りた。
エリザベス「チャーリーッ!!?」
彼の後を追って、純白のドラゴンが勢いよく落ちていく。
途中でうまいことキャッチして湖面に波紋を作ると、上空へと一気に舞い上がっていった。
エリザベスは、白いドラゴンが消えるまでずっと目で追いかけた。
エリザベス「ああ、あんな風に自由に空を翔べたら」