第十二話 待ちぼうけ
リサと白いドラゴンはブリストルという大きな街へとやってきた。
予定通り北門へは来れたものの、確認のために足止めを喰らってしまう。それも初めからわかっていたことだからと、二人は北門そばの湖の畔で休んで待っていた。
北門の衛兵隊長を勤めるラルフは、その二人の監視ついでに相手をしていた。白く美しいドラゴンに興味があったからなのと、女性に対して礼を失するようなことがあってはならないという紳士の心得からでもあった。
ラルフ「その、ホワイト殿。貴殿はドラゴンだと言ったが、俺はドラゴンを見たことがないからわからんのだが…………もっと大きくて凶暴で災厄をもたらすものと考えていた」
『災厄か、そうもあろう。私は産まれ育った地から全てを奪ったからな』
ラルフはわずかに表情をゆがませ、少しばかり間を置いて質問を続ける。
ラルフ「なぜそれほどの力を持ちながら平然と人間と一緒にいるんだ? それも、そんな少女と」
『大地の精霊から“知性”を与えられたからだ。それ以来、こうして人間と話せるほどの理性も得た。リサは友だ。クラリスの願いを聞き入れて共に旅をすることになった』
ドラゴンは鼻先で軽くリサの髪をなでる。
リサ「へへ」
ラルフ「大地の精霊…………。」
カーンカーンカーン! ポーパー!
会話が止まったそのとき、鐘とラッパの音が響き渡った。
北門の衛兵隊長を勤めるラルフは、二人を、とくに白いドラゴンを刺激しないよう釈然とした態度で説明した。
ラルフ「西門のほうでモンスターが出た報せだ。なに、春先になるとよく出てくるのだ。大方モリトカゲか角猪あたりだろう。我々が到着する頃には終わっている」
『人というのは、騒がしいのだな』
ラルフ「我々は弱い。だからこうして群れてお互いを護っている。そのためにああいうのが必要なんだ」
『なるほど身を護る知恵か。孤独とは無縁であろうな…………』
ドラゴンはそれだけ言うと遠い空を見つめて黙り、リサの傍でうたた寝を始めた。敵意を向けるものが目の前にズラリと並んでいるというのに全く意に介さず、無防備に眠りについていく。
ラルフは、いろいろと思うことはあったが、間近で彼をよく見るチャンスだった。ゆっくり近づいて毛を触ろうとする。
リサ「ねえ、ラルフさん」
ホワイトが眠るのを確認すると、今後はリサが話しかけてきた。
ラルフ「むっ、どうした? あっ……木陰へ行くか?」
リサ「トイレじゃないの。ねぇ、海って知ってる?」
ラルフ「いや、俺も内陸以外を知らんのだ。ここから西へ行くと港があるが、そこまで行ったことは無い」
リサ「そう」
しばらくの沈黙が続き、リサもホワイトにもたれかかって日光の下で昼寝を始める。
これ以外に何が起こるでもなかった。ラルフは警戒体制を解き、通常の状態へと戻した。
ラルフ「ドンの村はずいぶん色々あったようだな…………。」
パパパプーッ! パパパプーッ!
狩りの終わりを告げるラッパの音。それと同じくしてズウリエル公爵を乗せた馬が走ってくる。
パカラッパカラッパカラッパカラッ
ラッパの音と馬の蹄の音で二人は目を覚ました。リサはぼんやりした様子でホワイトに寄りかかったままだ。
ズウリエル「待たせた! そちらの方か?!」
ぬうっと首を伸ばした白いドラゴンが彼を見つめる。
衛兵隊に緊張が走る。いくら通常の状態に戻したからといって、全員の意思はしっかり防衛にあった。そろりそろりと集まり、弓を添える。
ラルフ「貴様ら、俺がいつ集まれと命令した」
衛兵「しかし隊長!! 公爵もいるんですよ!?」
ラルフ「お前たちにも聞かせれば良かったな。ホワイト殿、部下の非礼を許してくれ」
ラルフは綺麗にお辞儀をする。その意味はドラゴンは知っていた。
『頭を上げられよ。人間が臆病なことは承知している。それに、わらわら集まって抱きつかれるよりは良い』
ラルフ「ありがたい」
ズウリエルにはその会話を見ただけで十分だった。ドラゴンには理性があり、器も大きい。
ズウリエルも礼を失さぬよう、馬からさっと降りて近付いていった。国王陛下にするように、姿勢を正している。
『リサ、ズウリエル公爵だ。』
リサ「うん…………むにゃ」
ズウリエル「よくぞ参られました。我がブリストルへようこそ!」