第十一話 ブリストルの北門
大きな街ブリストルの北門に来たリサと白いドラゴン。これを異常事態と察知した衛兵によって北門の衛兵隊が全員集まってきた。
北門衛兵「隊長! 北門衛兵隊、揃いました!」
隊長「うむ…………まさか、あれは報告にあった白いドラゴンか?」
北門衛兵「攻撃命令を!」
隊長「待て、何か様子がおかしい。攻撃するならわざわざ外壁に来ずに直接城を狙うはずだ」
近くに着地した白いドラゴンから何者かが降りてくる。
隊長「少女? ばかな…………」
二人はゆっくりと歩いて近づいてくる。北門まであと20m。衛兵隊の全員が少女の顔をハッキリ見れる距離にいた。白く美しいドラゴンもだ。
北門衛兵「そっ、そこで止まれ!」
命令通りにピタリと止まる。
『歓迎ご苦労、ドンの村から来た。私はホワイト』
リサ「わたしはエリザベート! ドンから手紙を預かってきたの! せめてこれだけでも受け取ってちょうだい!」
二人が言葉を発したことに衛兵がざわめく。
隊長「全員そのまま!! 俺が行こう。」
隊長はすぐさま物見台から降り、護衛二人を連れて彼らの前に向かった。
リサ「こんにちは、これを」
体の小さなリサは背伸びして手紙を高く上げようとしたが、隊長は跪いて受け取った。
隊長「ふむ、確かにドンの刻印だ…………」
緊張に包まれる中、隊長は手紙を読んでいった。
隊長「ブリストルの衛兵へ、正しく北門の隊長にこの手紙が渡ることを願っている…………この者、正真正銘のドラゴン…………ズウリエル公爵へ…………」
長い沈黙のあと、北門の衛兵隊長はエリザベートのほうを見てから少し考えて全体に指示を出した。
隊長「全員武器を降ろせ、警戒体制のまま待機。ダグラス! この手紙をズウリエル公爵に届けろ! 第一級の緊急事態だとな。終わったら彼の護衛をしつつ戻ってこい」
ダグラス「ハッ!!」
衛兵の一人に手紙が渡されると彼は走って行ってしまった。
隊長は二人に振り返り、打って変わって優しく促した。
隊長「事情はわかった。しばらく待ってくれ。到着するまで早くても四半刻はかかるだろう。あそこの広場だ、水を持ってくるから休んでおくといい」
指差した先は湖のほとり。芝生が広がりほどよい間隔で木も生えている。
リサはちょうどいいと言ってホワイトに取り付けていた荷物を降ろし、麻布のシートを広げて座ると、干し肉を取り出して齧り始める。
隊長も戻ってきて水の入ったやかんを渡してきた。
隊長「準備がいいな。ほら、茶葉もあるぞ。沸かして飲もう。あっと、俺も一緒にいいか?」
リサ「どうぞ」
隊長は近くに座って小さな椅子を置き、その上にカップを置いてお茶を淹れ始めた。
『私も何か捕ってこよう。この湖に魚はいるか?』
隊長「いることはいるが……ど、どうした……?」
ドラゴンはしばらく隊長を見つめたあと、なにかを納得した。
『リサを頼む』
ドスドスドスドス ばっ! じゃぽん!
白いドラゴンは湖に潜り込んでしばらく浮かんで来なかった。衛兵隊がまたざわめいている。
「ずいぶんと綺麗なモンスターだが、あんな白いのこの辺じゃ見たこともない」
「あの少女は? ドンの村からここまでアレに乗って来たのか?」
「サマナーだって? あんな小さい子が? 小人族かな」
「ばかな。空も飛んで水に潜るモンスターなんて聞いたこともない…………」
「だとしたら海外から来たんだ。小人族なら合点が行く。ああ見えて400歳とかそんな連中だ」
彼らの話し声はこの湖前の広場までは聞こえてこないが、雰囲気でだいたいわかる。あまり気分のいいものではなかった。
手紙がズウリエル公爵に届いて事態が収まるまでの間、北門の衛兵隊長ラルフは少女の相手をした。少女が陽に焼けぬようにと、衛兵の何人かにテントまでこさえさせてやっている。
ラルフ「自己紹介が遅れた。俺はラルフ、見ての通りここで北門の隊長をしてる。一体あの白いのはなんなんだ?」
リサ「ドラゴンよ。ホワイトって名前なの。わかりやすいでしょう? 名前はわたしが付けたの」
ドラゴン、という言葉にピクリと反応した以外は平静さを保っている。
ラルフ「では、君は彼の主人なのか? 動物や魔物を使役する者がいるが、それか?」
リサ「んーん、友達。わたしも使役者には憧れてたけど、もういいの、ホワイトと旅をするって決めたから」
ラルフ「旅? その歳でか?」
リサ「うん、おばあちゃんが行きなさいって。ホワイトがいるから何処でも行けるっていうの。それでまず海を渡るんだけど、先に手紙を届けて欲しいって」
ラルフ「…………なるほど。手紙の内容を見るに、よほど良いニュースだというのはわかった。ただ、そんなにすぐズウリエル公爵が動くとも思えんが…………」
ドッパァーーーッン!!
ブリストル湖に生息する巨大なブリストルレイクトラウトを咥え、ホワイトが戻ってきた。岸にあがって魚をべっと吐き出し、体を大きく振るって水を切る。
まだビチビチと跳ね回るそれは、全長4m以上ある湖のモンスターだ。大きさの割に臆病で人間を襲うことはないが、釣り人にとっては釣り場を荒らす嫌な存在である。
それでも、捕まえてきたモンスターの強さは一目で確認できた。衛兵たち全員がざわめく。
リサ「あら、そんなに大きいのはすぐ焼けないわ」
『構わぬ、このまま食う。ところで貴様、名前を聞いていなかった』
ラルフ「ラルフ。ホワイト殿、どうやら旅をするそうだな?」
『うむ、世界中を見て回りドラゴンを探すのだ。リサと共にな。ラルフも来るか?』
ラルフ「それは……っ! 嬉しい誘いだが、仕事があるのだ。しかし世界中か」
『そうか、人間は仕事が大切なのだな』
ガブッ もしゃもしゃ ふしゅーーーっ
話が終わったところで魚を骨ごと齧り、鼻から蒸気をあげながら食べていく。巨大な魚のモンスターはそうして跡形もなくドラゴンの腹に消えてしまった。
『あの川で捕れた魚には敵わんな』
知性を身に付けてからというもの、食べ物に少しうるさくなったらしい。