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浮き島  作者: 塩辛
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第一話 龍の卵

 この作品は『竜の卵』シリーズにおける“西の国”と世界大陸全体に該当する物語のプロトタイプです。全24話で完結となります。


 この作品を描いた理由は、【無彩色の狩人】の執筆に行き詰ったための息抜きです。

 本来であれば正史となる長編シリーズ作品ですが、気分転換ということで序章だけを書いてみました。中途半端なところで終わってしまうことや各話ごとに文字数も安定していないなどありますがその辺りはご容赦下さい。

 伝説の地。決して生き物の踏み入れない場所。黒い雨雲が空を囲い、一匹の偉大な龍が雨に濡れながら空を舞う。龍の咆哮で空は怒り狂っていた。


 そして、雷と共に美しい輝きが降り注ぐ。黄金の一滴。


()が求むるは、ただその一滴(ひとしずく)。」


 偉大な龍は、黄金の一滴を逃さなかった。激しく降り注ぐ雨水とは比べ物にならないほどゆっくりゆっくりと落ちていくそれを捉え、確かに口に含んだ。しかし、黄金の滴は口の隙間から(こぼ)れ落ちていく。


ガゴゴーン


 嘲笑うように雷が鳴り響く。慌てて身を翻し、落ちようとする滴を追いかけた。──が、だめ。また口から溢れ落ちていく。


ドザーッ


 大量の雨水がいっせいに降りかかってきた。神々が笑っている。龍は強い怒りに支配され、何度も滴を追いかけた。


「なぜだ。まやかしか。」


 諦めかけたそのとき、龍が築いた塔のてっぺんで産み落とされた小さな卵に、黄金の一滴が垂れ落ちた。龍の卵だった。


ゴボウウウ!


 分厚く黒い雲の隙間から、紫色の炎が出て龍を襲った。だがそんなものは龍には利かない。龍は偉大で無敵だ。


「必ずや貴様らにも我が一族の呪いをくれてやる。永劫孤独という呪いを」


 雨雲はしばらく停滞し、龍を嘲った。神々は龍を嫌っていた。全ての祖である竜にあまりにも似たその姿が気にくわなかった。自分達が慕う父は無二でなければならない。神は醜いのだ。龍が優雅に空を飛ぶ姿は美しく、神々の心を奪った。だから消そうとした。存在ごと。だがそれはできなかった。龍は偉大で無敵だ。


「我が息子よ。我ら龍族の呪いを神どもに与えてやるのだ。やつらに打ち勝てるほどに強くなって戻れ」


ぱっくり


 龍の卵が割れた。出てきたのは小さな小さな龍の赤ちゃん。弱く、醜く、小さく頼りない翼をぷるぷると震わせている。そして、透き通るような真っ白い肌をしていた。彼が初めて観た光景は、荒れ狂う雨雲と青い稲妻の中を羽ばたくドラゴン。それから、傍にいた母親だった。優しさが空間を埋め尽くしているような感覚だった。暖かい感情。母親の温もりと、父親の怒りを、産まれたばかりのドラコンは目にしたのだった。


「貴様は選ばれたのだ、全ての父に。ゆけ! 彼の醜き神々に永劫の孤独を!」


 偉大な龍は口から炎を吐き出して産まれたばかりの子供に吹きつけた。真っ赤な、どこまでも真っ赤な炎だった。母親はその炎から我が子を護ろうとした。父親はそのことに怒って強力な攻撃を加えてこようとする。母親が飛んで彼の首に噛みつこうとした瞬間を神々は見逃さなかった。龍は全て排除せねばならない。神々の怒濤の攻撃は、産まれたばかりのドラゴンの赤子を襲う。そして、ドラゴンの赤子はそこから消えてしまった。


 言いようのない怒りだけが一対の龍を支配し、神々は腹を抱えていつまでも笑っていた。




──永劫の孤独を。


 私は誰なのだろう? 意識はあるのに、私のこの体は私のものではない。殻の中に閉じ込められているような感覚。孤独。寂しい。


 うすぼんやりした意識の中、現実と思えない光景が頭の中を支配していた。真っ黒な空に青筋が走り、ぶつかってくる雨は砲弾のよう。その空をドラゴンが舞い、口から赤い炎を吐いて怒り狂っている。そして、それを見つめるすぐそばで愛の塊が自分を包み込んでいた。恐怖と慈愛が同時にあった。


「呪い、永劫の孤独を。」


 ぼそりと口にした初めての言葉。きっとあの場所で自分は父親によって呪われたのだ。永遠に孤独と共に生きていく呪いを。だから、産まれたときから自分は独りで生きてきた。最初はミミズや木の実を食べ、やがて魚を取り、さらに獣を捕るようになり、この山で一番大きいやつも食ってやった。


 私は無敵だった。だが、寂しさには勝てなかった。


 気付いたら山のてっぺんには何もかもが無くなり、黒こげになった大地だけがあった。このとき、翼を広げたら空を翔べた。強い風も大雨も関係なかった。空は一番孤独だったが、餌を見つけるのに苦労しないで済む。それに、遠くの気色は美しかった。あのとき観た光景ほどではないが。


 湖に映る自分の姿。私の知る限り、この姿はドラゴンのものだ。伝説の生き物ドラゴン。なるほど強い。その後は適当に各空を飛び回り、頭に巻き角の映えた巨大な鹿も倒してみせた。私より何倍も大きかった。食べきれないので一番美味しいところだけ食べて、他は知らない。他の生き物が食べるだろう。たくさんいるが、彼らも孤独なのだろうか? あの鹿も孤独だったのだろうか? 彼は私に負けはしたが、なかなか強かった。彼とまた会いたい。


 ある日、雨雲を見付けて青筋を追って遊んでいると声が聞こえきた。どこかで聞いた声だった。それは神々の声だったが、ドラゴンはそのことをわからなかった。彼らに強烈な攻撃を浴びせられ、ドラゴンは吹き飛ばされてしまった。突然のことでわけもわからず、反抗の隙もなかった。翼も足も言うことを聞かず、ゆるやかな放物線を描いて遠い地へと落ちていった。白い筋を描いて飛んでいくそれを、地上にいた全ての生物が見つめていた。


 ドラゴンという種族に生死の概念は無い。厳密には肉体は滅びはするものの、魂が復活すればまた卵になる。これを転生と呼ぶ。


 吹き飛ばされたドラゴンは一度卵に戻り、落ちた地で転生した。しかし、あのとき神々から受けたダメージは残ったままだ。うまく動かない両足を引きずりながら、なんとか餌を見つけて回復のときを待っていた。


 その森は豊かだったが、たまにゴロゴロと岩の鳴る音がする。ドラゴンはそれを聴きながら眠りについた。

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