施設と身体の確認
今回の途中から『大森林生える』氏の事を、える氏と表記する事にしました。
「とりあえず施設の確認。それとNPCがどうなってるかだな」
そう呟き、そのまま施設に向かおうと歩き出す。だが数歩踏み出した後立ち止まり、振り返って地面に突き刺さる機甲剣を見つめた。
この姿の時には必ずこの武器を腕に装着しており、この身体もそれを覚えているのか、妙な物足りなさを感じ、再び機甲剣の元に戻る。
「持てるかな……?」
そう言いながら片方の手甲部分に腕を差し込んでみる。するとカチャリという音共に、留め具のベルトが自動的に締まり固定された。
ビクリと彼女は反応し、恐る恐る装着された機甲剣を持ち上げてみる。
「お……おぉ? 重いけどそこまで………?」
ビクビクとしながらも地面から抜き、ゆっくりと腕を動かして重さを確認し、1キロ程の重りを持った様な感覚を覚えた。だが、実際には片側の機甲剣は26キロ程あり、とても人間の女性が片腕に装着できる代物では無い。
現状では正確な重量を測る装置もなく、彼女の体感のみの情報しかないため、そう誤認したままもう片側の機甲剣を装着し始める。
女性の姿であれど、バスターズとして存在する生命体。恐ろしく強靭で同時に酷く脆い、非現実な肉体を持つという矛盾に気付かぬまま、彼女は両腕に装着された己の愛用する武器を確認してゆく。
「盾モから剣モにはどうやって変形するんだ?」
そう言いながら、オールドガジェットで操作していた時と同じ動きをしてみる。通常攻撃のフック殴りをしたあと、その腕を勢いよく戻し後に振り抜く。
すると、ガチャンと何かロックの外れた音が鳴り、盾中央にあった歯車の意匠が回転しながら手の甲の方へ移動し、盾部分が変形しながらS字を描く1つの刃になった。
「おあ!? 危なく転ぶ所だったわ」
何の備もせず変形させたため、変形による遠心力と重心の変化によりフラつく。
普通の人間ならばその重量に振り回され、変形による遠心力により腕が骨折・脱臼するか千切れる様な衝撃なのだが、少しよろけるだけで体勢を立て直す。
だが彼女は違和感を覚えない。アバターが戦闘中に軽々と動かし、実際自分で触っても軽々と動かせたため、身体がこれが至って普通であると訴え、頭脳がそうなのかと認識した。
(これならちょっとの慣らしでいけるかな)
そう感じ、ゲームの時と同じコンボで動き、その重量と変形時の変化を確認し覚えてゆく。
数十分ほど振り回していると完全に慣れ、ゲームでの動き以外でも変形出来るのかを確認し始める。
ゲームではできなかった初撃の変形攻撃を正拳突きで確かめ、無事変形出来ることを確認する。その他にも、腕を振り下ろすだけの変形や、ゆっくりとした動きでの変形を試し、結果一定の速度でグローブ部分を強く握りながら振れば、どの様な振りでも変形できるという事が分かった。
彼女は、暫くガチャガチャと愛機を楽しげに振っていたが、突然動くのをやめクゥ~という可愛らしい音が聞こえてきた。
ゲームの時には拠点内では絶対起きず、クエスト中にしか起きなかった現象である。
空腹という生物として、至極当たり前の現象。それに絶望的な表情を彼女は浮かべる。
「はは……。当たり前だよな、動けば腹が減るとか………。よし、ちょっと施設の確認しに行くか」
乾いた笑いと共に己の腹をさすり、数メートル離れた戦車と砦と時計塔を混ぜたスチームパンク風の建物に向かい歩き出す。
「やあ英雄さん! 浮かない顔をしてどうしたよ!」
建物に入った瞬間、入口付近にあるカウンターにいた女性形ロボットが、黄色い目を光らせながら話しかけてきた。
そのロボットはハルマニックという機械種族であり、アバターとNPCで選べる三種族の1つであり、える氏が設定したNPCである。
「ひょっ! ………こんにちはシャルさん。ちょっと変な事聞くけどいいかな?」
まさか施設内にNPCが居るとは思わず、しかもよく通る声で話し掛けられたためビクリと反応し、現実に生きているのかプログラムのままなのか確認する事にした。
「なんだい? お姉様に答えられない事はほとんど無いよ! 何でも聞いてみな!」
そう言いながらカウンターから半身を乗り出し、目をピカピカと点滅させながら、楽しげに聞いてくる。
ゲームではそんな事はしなかったし、こちらから行こうとしても、見えない壁で遮られ物理接触はできそうになかった。
そのため、おおよそ生きていると分かったが、確認するためにもとある事を聞く。
「……子供の作り方を教えて」
そう言った彼女は挙動不審にソワソワとし、確認でなければ今にも逃げたしそうにしていた。
「フゥ! 中々刺激的な質問だね。イイよ~、お姉様がしっかりたっぷりねっとり教えたげる! まずは……」
システムとしてのNPCであれば、先程の質問のような性的な物は全て『よく聞こえなかったからもう一度』等の言葉を繰り返し、この様な返しは有り得ない事であった。
そうして始まった大人の保健体育の授業は、える氏にはいささか刺激が強く、耳まで真っ赤にしながら己の幻想種族の身体構造と性事情を聞く羽目となった。
「………シャルさん、も……もうそこまでで良いです。続きはまた今度聞きますんで」
他種族との情事の話に移りかけた所で、とりあえずその場しのぎの言葉を言った後、足速に奥に向かって歩いてゆく。
「はいよ! いつでも聞きにおいで!」
そう背後から声をかけられ、顔だけ後に向け会釈で返事を返し、《ダイニングバー・アマゾンズ》という部屋に入っていった。
「あら、英雄さんいらっしゃい。シャルの事は災難でしたね」
部屋に入ると、奥にいたコック姿の黒髪女性にそう言われる。
その女性の頭には兎耳が付いており、時折ピクピクと動いている事から、古代種族のアニマーという、獣の部分的な特徴を持った種族という事が分かる。
「ムースさん……聞こえてたんですね」
そう言われ、彼女はあまりの恥ずかしさに首元まで紅潮し、手で顔を覆い隠してしまった。
「ふふっ、ごめんなさいね。私は耳が良くてシャルはよく通る声だから、どうしても聞こえちゃうのよ。今日はサービスしとくから元気出してちょうだい?」
クスクスと笑ながらメニューを小脇に抱え近寄り、える氏をカウンターに案内し、メニューを渡した後カウンター内に戻る。
える氏は赤面しつつもメニューを開き、ゲーム内でよく食べていた『幻妖鳥と龍鱗椎茸のゴルゴンゾーラ』という攻撃力絶大アップ飯を頼んだ。