風呂のドア開けたらそこは異世界だった件
「食らえっ!米魔法っ!」
何もない原っぱの真ん中で、青年はハキハキと良い声で自分が唯一使える魔法を行使した。
突き出された青年の手のひらからワシャワシャと大量の米がどこからともなく溢れ出る。
だがそれほど勢いはないので青年の目の前には米が小さな山のように積み重なっていく。
「………んでだよっ!異世界転位って言えば普通はチートなスキルとかじゃねぇのか!?米って!米魔法って!どうすりゃいいんだよ……」
ムキーッと聞こえてきそうな感じで地団駄を踏んでからガックリと肩を落とした青年は途方に暮れていた。
青年の名前は近藤王太郎、会社行きたくねぇなぁ宝くじ買ってないけど当たらないかなぁと毎日考えている普通のサラリーマンだ。ちなみに彼女はいない。
「ていうか、マジでここどこだよ」
王太郎は先程残業を終えて帰宅したばかりだ。新卒で今年入った同僚がミスを自己保身の為に隠したせいで大事になり、その後始末に奔走する事になった。
へとへとになりながら、今日の夕飯はコンビニのおでんでいいや、ああ異世界行きてぇ~と考えたのは覚えている。深夜0時を過ぎてようやくアパートにたどり着き、明日も朝早いので風呂入って寝ようと中学から愛用してるパーカーに着替えてボケーっと風呂場のドアを開けた。
そしたら草原のど真ん中にいつのまにかいた。
疲れすぎて頭おかしくなったのかと一生懸命に目をこすってみたりしたが、どこまでも続く青々とした緑の地平線が見えるだけだった。
『勇者よ……私の声が聞こえますか?今、あなたの心に直接語りかけています……』
「あっ!?え!誰だ!?」
突然聞こえてきた声に慌てて周囲を見回すが誰もいない。まさか本当に心に語りかけて来たというのか。
『私はこの世界の女神アルティナ……今、この世界に危機が訪れています。あなたは選ばれし者として、このダンジョンの最下層に潜む魔王を倒す勇者となってほしいのです……』
「マ、マジかよ!?」
『……大丈夫、あなたは選ばれし者。必ずや魔王を滅ぼせると信じていますよ。』
「うっひょーーー!マジで!?マジで異世界転位なのか!?」
『微力ではありますが、あなたの秘めた才能として使える魔法を教えましょう。あなたの使える魔法は…………………………米魔法、以上です。』
「は?」
『そして、あなたの魂に刻まれたスキルは……………………………………固定ダメージ1、以上です。』
「まてまて。なに?なんだって?」
『魔法とスキルを駆使して、頑張るのですよ。いつもあなたを見守っていますからね……』
「ふ、ふざけんな!なんだよ米魔法って!?説明しろっ」
『世界の命運は貴方に託されています……』
「おい!一方通行か!?」
女神と名乗った声の主は、王太郎の質問やクレームに一切答える事はなく、それっきり沈黙してしまった。
途方に暮れて改めて周りを見回してみたが、草原にポツポツと木々が生えるが人どころか動物1匹見当たらない。途端になにやら見知らぬ世界に飛ばされた不安が巻き起こってきた。よってとりあえず、気分を誤魔化す為に自分が使えるという米魔法をとにかく使ってみようという結論に至ったわけだ。
結論、米魔法は米が出るだけだった。
米は好きだ。主食だし毎日食べてるし、でもホカホカに炊かれてる状態ならともかく生米では食べる事すら出来ない。炊けたとしても、せめておかずにご飯で○よがほしい。
いや違う!なんで夢の異世界転位して最初に欲しがるのがご飯で○よなんだ!もっと折れない剣とか、格好いい鎧とかあるだろ!と王太郎は頭をふった。
何か役に立ちそうなものは…ガサゴソとパーカーやポケットのズボンを探すがいつからあるか分からないガム1枚だけだった。
「どうみても周りに街とかなさそうだし……どうしよ」
途方に暮れたが、いつまでもここでこうしてる訳にも行かない。王太郎はとりあえず目の前を真っ直ぐ進む事にした。
代わり映えのしない草原をトボトボと進む事1時間、もう限界と言わんばかりの苦しげな表情で王太郎は座り込んだ。部屋にいる所を転位させられたので靴を履いていないせいだった。
草や砂利によって足下はすでに傷だらけになっている。
「くっそ……なんだよ、これ……こんなん異世界転位の楽しみがなんにもねぇじゃねぇか!」
思わず怒りを込めて拳を草の上に叩きつける。ポフッと音がしただけでなんの意味もない。
そういえば残業を終えて帰宅したばかりでクタクタだしコンビニのおでんもまだ食べてない、疲労困憊の体が求めるままに草の上に大の字になって寝転がった。
そよそよと頬を撫でる涼しい風にちょっとだけ気分が落ち着いた。しかし事態は一行に解決していない。
これ以上歩くわけにも行かないし、相変わらず周囲に人の気配もない。喉も渇いたし、仕事帰りで疲れきっている。なんかもう笑えるくらいにどうしようもない
「んふっ……あはは!あははは!!どないせいっちゅーねーん!」
思わず声を荒げてみた。
すると、近くの茂みがガサゴソと音を立てて揺れたので思わずギクリとしてそちらに顔を向ければ、ノソリと1mほどの醜い怪物が現れた。
「……ゴブリン?」
そう、耳が尖っていて醜悪な顔に汚ならしい布を適当に纏った姿は正しくイメージ通りにゴブリンだ。
だが色が違う。金属質というか鈍色に照り返し、妙にヤバそうな雰囲気を放っている。そのゴブリンはジロリと王太郎に目を向けた。
「……や、やぁ」
「グギィギャーー!!!」
「ひ、ひぃ!?」
実は見た目に反して友好的なのでは?という一縷の望みを賭けて引きつった笑みで挨拶してみたが、当然のように変なゴブリンは襲い掛かってきた。
足はズキズキと痛むが今はそれ所じゃない。
慌てて飛び退くと、それまで自分がいた場所にゴブリンの腕がズドンと音を立てて地面にめり込む。どうやらゴブリンは王太郎の身体を貫くつもりで飛び掛かって来たようだ。
ふかふかの土でもないのに肘までめり込む威力のゴブリンの攻撃にゾッとしながらも腰が抜けて逃げれない。
「あわわ……く、来るな!来るんじゃねぇ!」
少しでも距離を取ろうと腰が抜けた状態で必死に後ずさる。ゴブリンは相手が弱いことを感じ取ったのか、ニヤニヤと汚い笑みでジリジリと王太郎に迫る。
次の瞬間、王太郎が無意識に突き出していた右手に鈍い痛みが走る。ゴブリンはその鋭い牙が生えた口を大きく開けて丸呑みするかのように王太郎の右手にかぶりついていた。
「ぎゃぁあああーー!!…………って…あ、あれ?そんなに痛くねぇな……」
てっきり右手を食いちぎられるかと思ったが、子犬がじゃれて噛みついてきたくらいな感じでそれほど痛くはなかった。ゴブリンも噛み千切るつもりだったのか、王太郎の右手に何度も噛みつくが手応えがないのか、あれ?と微妙に不思議そうな顔をしている。
「あっ……俺のスキル!もしかして、固定ダメージ1ってそういう事か!どんなダメージも1になるって事なのか!?」
米魔法は戦闘にどう使えば検討もつかないが、この鉄壁の防御があれば戦闘は余裕じゃないか。
安全が確保できた事で王太郎はようやく落ち着いて考えられるようになってきた。
今までどんな獲物もその鋭い牙で噛み砕いて来たであろうゴブリンは理解が出来ないようで、なんとか丸呑みしようと王太郎の右手を口に入れてモガモガと唸っている
「これって、このまま米魔法使ったらどうにかなるんじゃねぇか……?米魔法っ!」
「モガッ、グッゲッアガガガガ……!?」
突然、口の中に大量の米が出現した事で驚いたのか慌てて口を離そうとしたので王太郎は逃げようとするゴブリンの頭を掴み強引に押し倒した。ゴブリンもパニック寸前で暴れるが王太郎に必死に殴りかかっても爪を立ててもほとんどダメージにならない。
やがて、窒息死したのかゴブリンはピクリともしなくなった。
ぜえぜえと肩で息をしながら、王太郎はようやくゴブリンの口に突っ込まれた右手を引き抜いた。ぬらぬらとゴブリンの唾液で汚れたのには顔をしかめるが、どうにか倒したらしい。
固定ダメージ1のスキルのお陰で大怪我はないが、それでも引っ掻き傷は無数につけられてしまった。
「あ……やべぇ…もう、限界… 」
思いがけずゴブリンとの死闘を制する事は出来た。だが疲労困憊の体にはキツかったようで、気が抜けたせいか王太郎はフラりと倒れ込んで意識を失った。
「おいおい……マジでメタルゴブリンを倒しやがった。何者だコイツ?」
「さぁね……とにかく、どうしたもんかねぇ……」
王太郎が意識を失った後、近づいてきた二人の男女の話し声は王太郎にとってどんな結末に至るのかそれは誰にも分からなかった。