第二話
前世が勇者だったことを思い出して数時間。僕は他の五歳児たちと一緒に、幼稚園バスに乗せられていた。
今日は僕……亜蓮が幼稚園に初登校する日だった。今までは幼かったことと、そこまで人の多くない田舎で過ごしていたため、わざわざ幼稚園へ通う必要はなかったが、亜蓮の父……お父さんが転勤して引っ越したのを機に幼稚園に入学することになった。それに、今までは田舎ならではの人付き合いで、亜蓮の母……お母さんが買い物へ行くあいだは近所の人が僕の面倒を見ていてくれたが、引っ越すとそうはいかないからという理由もある。
すし詰め状態に押し込められた子供たち――僕も今は子供だけど――が起こす騒音を聞き流しながら、窓に額を押し付けた。
いろいろと信じられない。
元いた世界の常識では、魔法無しでこんなに速く移動できることは有り得ないけど、どこかすんなりと受け入れられているのは僕が“勇者アレン”ではなく“清水亜蓮”だからだと思う。
いや、前世の記憶を思い出してわかったことだけど、アレンも亜蓮も本質的には変わらない。
例えばアレンが何の記憶も持たずに亜蓮として産まれていたら“亜蓮”になっていただろうし、逆に亜蓮がアレンとして産まれていても何の違和感もなく“アレン”になっていただろう。ややこしいが、ようはどちらも同一人物というわけだ。
アレンとして過ごした記憶の方が多いため、一人称や喋り方などが“勇者アレン”になってはいるが、考え方や人格は何らの変化もない。
それには少し安心した。殺伐とした前世を生き抜いておいて今さら綺麗事を言うつもりは無いが、アレンの記憶が目覚めたせいで亜蓮の人格を消してしまうのは、やっぱり少し寝覚めが悪いし、亜蓮を産み育てた彼女の両親に申し訳ない。
しかし、アレンの記憶を思い出しても亜蓮が消えたわけではないとはいえ、一気に精神年齢が上がったことには変わりない。つい昨日までは亜蓮として生活してきた記憶があるため、五歳の女の子として過ごしていくことに違和感はないが、違和感はないけども……やはり成人男性として生きていた前世を思い出した身としてはこう……胸にくるものがある。少なくともこれから先は、無邪気にプリ●ュアごっこをする気にはなれない。
幸いなことに引っ越したため、今までの亜蓮を知る者はいない。これからはプリキ●アでは遊ばない系女子で通そう。せめて、せめて仮面ラ●ダーで妥協する。
一人称も変えよう。なぜなら、今までの亜蓮の一人称は自分の名前だったのだ。成人男性の記憶を持ちながらも一人称が自分の名前……想像して寒気がした。今世の名前が前世の名前と同じでなければまだ我慢ができたが、前世と同じ名前で自分を名前呼びはさすがにできない。
窓から流れて行く景色を見ながら、遠い目で決意した。
僕っ子になろう。
女の子なのに一人称が僕なのは不自然かもしれないが、そこはあれだ。アン●ンマンに憧れたとかを理由にすればいい。少なくとも俺っ子よりはマイナーではない……と思いたい。いや、むしろ地方によっては俺の方が自然な一人称である場合もあるし、なら僕っ子の方が少数派か……?
考えるのはやめよう。マイナーであれ何であれ、僕は僕っ子になる。それは確定事項だ。
お父さんが娘が男のような言動をするようになったことに対して嘆くかもしれないが、一緒にキャッチボールでもすれば問題ないだろう。お父さんはそういうのに地味に憧れているようだから。
お母さんについては、まったく問題ない。なにしろお母さんは宝●ガチ勢だ。むしろ喜ぶと思う。憧れのオ●カルに育て上げる光源氏計画を企むかもしれない。
…………将来●塚に入団させられたらどうしよう。
ま、まあいい。
とにかく、これから僕は仮●ライダー好きでアンパ●マンに憧れる僕っ子にキャラ変するということで。
さて、今後の方針が決まったところで。
今朝思い出した、先生が言っていたことを考える。
先生は僕だけを転生させるとは言っていなかった。“お前たちを転生させる”そう言っていた。
もしかして…………レオンも……?
いやいやいやいや、そんなのわかんないし。転生させるにしても同じ世界かわかんないし。同じ世界だとしても同じ国かわかんないし。同じ国だったとしても会えるとは限らないし。落ち着け。僕落ち着け。別に前世は人族と魔族とか勇者と魔王とかのしがらみで一緒にいれなかった分を今生で埋め合わせしようとか思ってないし。別に会えたらいっぱい遊びたいとか、頭を撫でてもらいたいとか、いやいやいや、全然考えてないから。
でも、先生は僕とレオンをセットで考えている節があったから、近場に転生させているかも?
…………くぁwせdrftgyふじこ(←言語にならない声)
ごほん。
もし、もしも、本当にもしもの話だけど、もしもこの世界の、この国の、僕が会いにいける範囲にレオンがいたとしても、会いに行くのは駄目だ。行ってはいけない。
僕はレオンを殺したのに、のこのこと会いに行くなんて真似はしてはいけない。レオンも自分を殺した相手が自分に会いにくるなんて、きっと嫌だろう。
……嘘だ。
違う。本当は僕が怖いだけだ。自分を殺した僕を見たレオンが、どんな顔をして、何を言うのか。何を思うのか。
それに、鏡のなかの今世の自分を見て可愛いと言った身としては、まるでナルシストのようで言い辛いが、前世と今世の僕は似ている。名前もそうだけど、人種や性別が違うところを除けば姿形もそっくりだ。
……本当にナルシストじゃないから!前世の自分だって、控えめに言って天使だと賞賛を浴びせられていたから、それなりの容姿である自覚があるだけだから!
…………僕の今世と前世の容姿が似ているのならば、生まれ変わったレオンの容姿も似ているかもしれない。そんなレオンを見れば、きっと僕は前世のレオンを殺したことを思い出す。何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
剣が皮膚を破き、肉を貫き、骨を断つ感触を。剣に絡みつく赤い血を。どんどん青白くなる顔を、力が抜けた身体を、動きが遅くなっていくその胸を、そのとき僕を見ていたレオンの目――――
――――――レオンはあのとき、どんな目をしていた?
思い出せない。いや、思い出したくない。嫌悪?憎しみ?蔑み?失望?駄目だ。考えるな。きっと良い感情ではないだろう。レオンのことを忘れて、虚像の正義を振りかざし、魔族を殺してきた僕に良い感情を抱けるはずがない。……考えるな!思い出すな!
じっとりと汗ばみ、小刻みに身体が震える。早鐘を打つ鼓動を感じて、うす薄汚いこの心臓を、無性に止めたくなった。
なに、簡単なことだ。たったのひと突きで終わる。一度やったのだからやり方はわかっているはずだ。
………………っぶなかったぁ!!あと少しで自殺するところだった!完璧に無意識だった!
無意識って怖い。
よし、レオンについては封印しよう。五歳にしてダークサイドに堕ちるなんて悲惨すぎる。今の僕はアレンではないのだから、いやアレンでもあるのだけど、アレンではなく亜蓮なのだから、アレンの想いに引きずられる必要はない。あれ?よくわからなくなった。
とにかく、亜蓮になった以上はアレンではなく亜蓮として生なければならない。それに、そうすればやすやすと封じられし闇(レオン)を呼び覚ますことはないはずだ。多分。きっと。おそらく。……そうであることを願おう。
そっと、胸に突き立てようとしていた色鉛筆を身体から遠ざけて、いつの間にか通園バッグから取り出していたケースにしまった。
危ない危ない。
……ひとまず、一人で黄昏たり考え込んだりおもむろに色鉛筆を取り出したりと挙動不審な僕を見つめる、生温かい保母さん保父さんたちの目線には、気付かなかったことにしよう。