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人生とは何て理不尽なのだろうか。
俺は辺りを見渡しながらそう思った。
どこを見ても俺の視界に写るのは俺の身長ほどあると思われる巨大な茸や、やたら背丈の高い草々。それは、まるでゲームのダンジョンによく出てきそうな光景だ。ゲームが好きだった俺にとっては心が踊る話だ。
被害者が俺じゃなければ。
それは俺だってこういう世界には憧れていたさ。数々のラノベ主人公達のように行きたいとも思っていたさ。ツイッターなどにも殆ど毎日のように『ゲームの世界行きてぇ』とか呟いていたさ。
だけどな。実際にこうなると何が何だか分からなくなる。自分の置かれている状況が理解できなくなる。分かるか?分からないだろうな。どうせ俺がこうなっている状況を知ってもお前らは羨ましいと思うんだろうな。その気持ちは分かる。大いに分かる。だがな、やめとけ。俺が言うのも何だがこの状況全然楽しくねぇぞ?むしろ悲しいくらいだ。
俺は思う。
俺が今まで読んできたラノベ主人公達はこんな状況でよくパニックを起こさず行動できたな、と。しかも、こういう世界に送られる主人公の大抵がニートとか引きこもりとかだろ?
一言言わせてもらおう。
お前らすげぇよ。
なんでこんな中行動出来るんだよ。普通は無理だからな。ニートでも引きこもりでもない普通の高校生の俺が言うんだ。間違いはない。お前らきっと社会に普通に生活していたら大物になれたぞ?部長クラスには余裕でなれたと思うぞ?
とか考えて現実を逃避しても視界に写る光景のせいですぐに現実に連れ戻される。
これだからリアルってやつは嫌なんだよ。
◇
さてこれからどうしたものかな。俺は目の前にあった茸によじ登り、腰を掛け腕を組ながら考えるポーズをとった。何で茸に登ったかというと、そりゃ登りたくなるだろ?
てか意外とこの茸頑丈だな......。腰を掛けても折れる気がしねぇぞ。座り心地もそこらのソファーよりも全然良いぞ。もふってしてて気持ちいい。
俺が茸を満喫できたのはそこまでだった。
「ねぇ、そこのあなた!」
不意に背後から甲高い声が響いたと思ったら背中に強い衝撃を感じた。その衝撃で俺の身体は腰を掛けていた茸からずり落ち、およそ1.7メートルの高さから顔面で着地した。
着地の衝撃で頭は勿論首も痛い。口の中には砂が大量に入ってしまい口呼吸をするたびにジャリジャリと音がする。
このまま少しの間ぶっ倒れていたかったが沸き上がる怒りが俺をそうはさせてくれなかった。
「て、てめぇ。いきなり何しやがる!」
痛む身体を無理に起こし俺は先程まで座っていた場所を見た。
そこには黒髪を肩まで伸ばした少女が立っていた。先程の事件がなければ一目惚れしていたかもしれないだろう。それほどまでに彼女は可愛かった。
やはり、容姿が人より優れてるやつは内面が人より劣ってるんだな。
俺は彼女の顔をマジマジ見ながら改めてそう思った。
「何か失礼なこと考えているわね。まぁいいわ。付いてきなさい」
彼女は一瞬不機嫌そうな顔をしたが、俺を呼び、歩き始めた。
あまりの展開にポカンとしていると
「何をしてるの!置いてくわよ!」
と、怒声を浴びせられたので急いで後を追いかけることにした。
◇
「おい、ここは何処なんだ?」
俺は彼女の後ろを付いて行きながら思ってた疑問を投げた。
ラノベとかだったらここで説明が入るはずだ。そう、俺にはラノベという知識がある。それをふんだんに使っていけばこの世界でもやっていける!
「知らないわよ」
俺の自信は粉々に砕け散った。
「......え?知らないのか?」
「知るわけないじゃない。何あなた?まさか私達がこの世界で産まれた異世界人とでも思ってるわけ?」
「えっ、違うのか!?」
「そんなラノベみたいな展開あるわけないじゃない!バカじゃないの?現実を見なさい」
な、なんだと。バカな......。
この世界ハードすぎるだろっ!
「じゃ、じゃあ。ここは一体......」
俺の独り言のような呟きに彼女は振り返り頭を押さえながらやれやれといった感じで言った。
「ここが何処だかは知らないわ。けど地球上ではないことは確かよ。」
「その理由は?何か根拠でもあるのか?」
「空を見てみなさい」
彼女に言われるがままに俺は空を見上げた。空は青く澄んでいた。雲も無く快晴っていう天気だ。
「これのどこがおかしいって......」
「この世界にはね、太陽というものが存在しないのよ。」
俺は改めて空を見上げた。確かに、太陽は見当たらない。
「た、たまたまじゃないのか?雲で隠れてるとか......」
「雲なんてないわ」
「じゃ、じゃあ。今日は見えないだけとか......」
「私が今までここで暮らしてきた中で1回でも太陽を拝めたことはなかったわ。月もよ」
「━━━」
ここは別世界なんだろうと巨大茸を見たときから思っていたが、人の口からハッキリと聞かされると言葉を失ってしまった。
彼女はそんな反応に慣れているようで俺のことには微塵も気を使わず背を向け歩き始めた。
「最初の質問に戻るけど......この場所の正式名所は知らないわ。だから私達はこの場所をこう読んでいるの。」
歩きながら彼女は続けた。
「夢の国と」
「ディ◯ニーランドか?」
「違うっ!はぁ......あなた相当残念な脳ミソしてるのね。なんなの?ここに来る前は小学生でもやっていたの?普通この話の流れでディ◯ニーランドは出てこないと思うけど。あっ、もしかして精神面で何か大きな問題を抱えているの?それならごめんね」
彼女はいきなり振り返ったと思ったらグイっと顔を俺の顔に近づけた。
てか、近い近い近いっ!
目の前には彼女の唇がある。あと数センチ近づけば俺の唇とくっつきそうなほどの距離である。
━━━って俺は何を考えてんだ!?
「じょ、冗談だ。」
俺は自分の頬がカァーっと熱を帯始めているのを感じながらも彼女から視線をずらした。
「そう。じゃあ行くわよ」
彼女はそう言うとまた背を向けて歩き始めた。
◇
「ところでさ。もう何個か質問良いか?」
「どうぞ」
彼女は歩きながら応えた。こちらを微塵も見ようとはしない。
何か腹立つなこいつ。ぶん殴ってやろうか......いやいや、ダメだダメだ。こいつは貴重な情報源なんだ。情報を手に入れるまでは歯向かわない方がいい。
「じゃ、じゃあ御言葉に甘えて。さっきお前は『私達』って言ったよな。他に仲間がいるのか?まさか、俺を合わせたわけでも無いだろ?」
「いるわ」
「......」
まさか、一言で返されるとは思わなかった。ここまで対応が酷いと、もはや清々しいな......。
「そ、そうか。じゃあ2つ目の質問だ。俺達は今、どこに向かっているんだ?」
「あそこに決まってるじゃない」
「......」
いや、俺とお前は熟年の夫婦とかじゃねぇんだから『あそこ』で分かるわけねぇだろうがぁぁ!!!
「あ、あそこってどこなんだ?」
「察せよ」
「......」
もう無理。俺結構頑張ったよな。もう諦めて良いよな。
いやいや、まだ殆ど何にも情報を聞き出せてないじゃねぇか。挫けるな俺!頑張れ俺!
「じゃあ3つ目の質も......」
「息を止めろ!」
彼女が突然振り返り強引に手で俺の口を塞いだ。
何事だよ!
俺は彼女に怒りの声を浴びせようとしたが、彼女の真剣な顔を見て行動を止めた。
何か知らねぇけど異常事態が起こったのは間違いは無さそうだ。
俺は彼女の視線を追いかけた。
っ!?
視線の先には黒い球体形の物があった。
いや、物なのか?あれは......。
よく見ると球体形を覆うように黒いモヤモヤとした霧のようなものがユラユラとゆれていた。
実際、時間は1分もかからなかったくらいだろう。しかし、俺には謎の球体形が見えなくなるまでの時間は、それはそれは長い長い時間だった。
謎の球体形が見えなくなると彼女は俺の口を塞いでいた手を離した。
それと同時に俺は大きく息を吸った。
肺の中で空気が循環していく。目では見えないけどきっとしてるだろう。
「いきなり口を塞いで悪かったわね」
「いや、いい。......ところでさっきのあれは?」
「私達は悪夢って呼んでるわ。正式名所はこの世界と同じように誰も知らないけど」
「ナイトメア......。あれって、そんなに危険なのか?俺にはそうは思えなかったのだが」
「あれに触れると消滅するわ」
「は?」
消滅?何言ってんだコイツ。
「文字通り消えてなくなるってことよ。分かった?」
ゴメン。全然分からない。いや、消滅の意味は分かるんだけどお前が言ってることが分からない。
「つ、つまり大まかにまとめるとナイトメアにふれたら死ぬってことか?」
「全然分かってないじゃない!まさかあなた死ぬ=消滅だと思ってるわけ?全然違うわよ。いい?この世界では私達は死なない!絶対死ぬことはないわ!仮に心臓を銃で撃ち抜かれたとしても死ぬことはない!でも消滅はその文字の通り消滅する。つまりこの世界に置いて消滅は死より怖いものなのよ!」
「んなバカな」
俺は信じられないと苦笑いしながら言った。銃で心臓を撃ち抜かれても死ぬことはないのに球体形に触れると消滅?どんなクソゲーだよ。
「信じられないという顔をしてるわね」
「あぁ。悪いが信じられない」
「そう......」
彼女はそう言うとスカートの中に手を突っ込んだ。
なっ、何をするつもりなんだ!?まさか18禁的なことか!?ここでスカートを脱ぎ出すとか!?いや、アイツはスカートの中に手を突っ込んだんだぞ?スカートを脱ぐのにスカートの中に手を突っ込む必要があるか?て、ことはまさかパンツ!?コイツパンツを脱ぐつもりなのか!?この世界はクソゲーじゃなくてエロゲーだったのか!?
そんな煩悩はスカートの中から出た彼女の手を見た瞬間に消え失せた。正確には彼女の持っていたものを見て消失した。
「そ、それ、本物か?」
俺は驚きのあまり尻餅を着いた。
「さぁ?どうかしら。まぁどうせすぐ分かるわよ」
「ま、待て、やめろ、やめろよ」
俺は尻餅を着きながらも必死に後ずさりを始めた。こんな状況で後ずさりをしないやつは頭がイカれたやつしかいないだろ......って、ヤバイだろコレ...。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。
先程までの余裕は既に俺の頭から消えていた。
「1分後また会いましょう」
そんな俺を見ながら彼女はニッコリと微笑んで引き金を引いた。
乾いた銃声が森の中、響き渡った。