彼の背中に近づきたい-11
ひどい顔だったから、外出するのに大きなマスクをつけたまま、不動産屋に行った。
「花粉症ですか?大変ですね」
今月末に引っ越すことを伝えて、
「ええ。すみません、急に無理言って」
とお詫びした。
「いろいろ大変でしたね。遠くに行かれるって事で…お役に立てなくて」
私は、丁寧に頭を下げ不動産屋を後にした。
その足でアパートにも足を運んだ。
一番最初に、早坂さんに伝えなきゃいけないのに、言い出しにくかった。
あれだけのことして、早坂さんの腕を振りほどいてきたのに。また戻って来るなんて、何やってるんだか。
もう一度一緒にいさせてくださいなんていう羽目に陥るなんて。
私は、部屋の片づけをして、大家にお礼を言った。大家のお爺ちゃんは、私が部屋にいる間、何かあったらいけないと、そばにいてくれた。
「残念だなあ。友芽ちゃん、いなくなっちゃうのか…」
「すみません。私も移りたくありません」
「で?友芽ちゃんは、どっちの人にしたの?」
不意に言われて、何の事だかわからなかった。
「ええっ?」大家さん、ちゃんと違う人って気づいてた?
「最初に来たのと、後から来たの」
「いえ、その」
「最初に来たほう?彼のほうが友芽ちゃんのこと気遣ってたよね」
「そうですか」
夜這いして嫌われたって言ったら何ていうだろう。
「彼がいるなら安心だ」
「そうでしょうか?」
すぐに彼に嫌われてしまいましたけど。
どうしてわかるんだろう。
「大して意味のない、長年の勘だけどね」
その彼には、さらに振られてしまったのだけど。




