事件ー20
アパートから、タクシーが拾えそうな、大きな通りに出る。
そこまで歩けば…ダメ。
足が自分のものじゃないみたいにふらふらしてる。
人通りも少ない夜道だとはいえ、おんぶしてもらうのは、恥ずかしい。
それに…意外と重いなって、あの毒舌で言われたらどうしよう…
「えっと…あの」
「早くしろ」
「うん」
「鞄、ちゃんと持ってろよ」
「はい」
広い背中…彼の首に腕を巻き付け、鞄を抱えた。
体がフワッと浮く。
力強い腕が私の足を支えてる。
遠慮がちに体がぴったりくっつかないようにしてたら、後ろにぐらんと揺れた。
「ちゃんとつかまって」
「いいのかな…」
「当たり前だ」
志賀くんの背中…心地いい。
広くて温かくて…ずっとこうしてたい。
私は、少しずつ体を近づける。
今まで気にも留めてなかったけど、志賀くんの体…しっかりと筋肉がついて、男の人らしい。
私は、彼の首に腕を巻き付けて、離れないようにしっかりつかまってる。
体つきは、私より少し大きいくらいだと思ったのに、見た目以上に志賀君の背中はしっかりしてる。
「木原?首の周りは苦しいから、肩に顎を乗せるようにして」
「うん」
言われたとおりに、彼の肩に顎を乗せる。
体が密着してるけど、不思議と違和感を感じない。
すーっと馴染んでいく感じで心地よい。
もう、ずっとそうしてきたみたいに、馴染んでいくお互いの体温。
肌と肌の垣根が消えていく。
お互いの肌がぴったり重なり合ってるのに、前から1つのものだったみたいに離れがたい。
心地よい背中。志賀くんにも伝わってるかな。
いつも、口を開くときは、本当に傷つくのに、どうして今日は、こんなに優しいの?
今日だけ優しい訳じゃないんだ。
志賀君の言葉は、いつも同じだ。
今は…私がすごく弱ってるから、優しく感じるんだ。
私は、遠慮なく志賀くんに全身を預けられた。
力が抜けて、彼に頼りきりになる。
彼の背中に乗っけられて、揺られているうちに、小さな頃に戻った気がした。
差しのべられた手を遠慮なく受けて、当たり前のように、素直に受け止めれた時期に。
「志賀君?背中温かい。お父さんみたい」
「そうか?でも、お父さんはひどいだろ」
暗い夜の海の中に漂ってる。
頼りになるのは、志賀君の背中だけ。
ずっとこうしていたい、なんて思ってる。
お父さんって言うのはひどくないよ。
この世の中で一番信頼してる男の人だもん。
好きになりそう、この背中。
もう多分、そうなってる。
こんなに短い時間で、世の中がひっくり返るようなことあるのだろうか。
でも、もう彼なしでは、世界が違って見える。




