事件-16
「嫌だ、なに、これ。どうしよう…ええっ」
辛うじて立っていた二本の足が、ぐらついてドアのほうに体が倒れていく
「おい、大丈夫か?」
倒れると思ったら、逞しい腕に抱きとめられて、志賀くんがそのまま自分の胸で支えてくれていた。
「大丈夫じゃない、どうしよう…私、明日からどうしたらいい?」
片付けなきゃ、今日寝るところもない。
「大丈夫だから、心配しなくても、俺が何とかする」
私が、彼に抱きついたのか、彼が私を抱きしめたのか、わからないけど、私は志賀くんの胸にすがって震えていた。
何か言おうと思って声にするけど、耳に聞こえてくるのは、うーうーという言葉にならない声だけ。
志賀くんに背中をさすってもらっていた。大きな温かい手。
さっきまで、近づくのも恐ろしかった人なのに、どういうわけか、腕の中でしっかり抱きしめられて、恐怖心と不安から守ってもらっていた。
不思議なことに、誰よりも彼の腕の中は安心してる。
早坂さんに抱いた感情より、馴染んでる。
なぜかしっくりしている。
多分、こんな事態だからだ
彼は、私を傷ついた小さな動物みたいに丁寧に扱っている。
落ち着きを取り戻し、私は、志賀くんから離れてた。
もう、大丈夫。
ちゃんと立てる。
「大家さんとこ行こうか」
幸いなことに、このアパートの大家さんは、隣に住んでいた。
志賀君の言うとおり遅くにすみませんと、大家さんを訪ねた。
会社をリタイアした、70才のおじいさんだけど、事情を話したら、すぐに出てきてくれて、
警察を呼んだり、中のものはさわるなと、教えてくれた。
しばらくして、警察官が来て事情を聞かれた。
「ここは、あなたの部屋?」
「…っと、はい…うっ」
声が震えて、うまく話せない。
何を聞かれても、泣きだしてしまって言葉にならない。
何を聞かれても、何をしろといわれても、
何も頭には入ってこない。
何時間か前に、誰かが鍵を壊して、
めちゃくちゃに部屋の中を壊していった
ということだけが頭の中をぐるぐる回ってた。
「そうです。今日は、会社の同僚と飲んだ帰りで、俺が彼女をここまで送ってきました」
私の代わりに、志賀くんが答えてる声がする。
「今日は、どうするの?」
大家さんが、心配してくれた。
「はあ」
何を心配されてるのかさえ、私には分かってなかった。




