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5親切とは悪とみたり



昼食後、リオの食後の運動に付き合い中庭の木陰にぼんやりと佇む。

手に持った本は読まれることなくパラパラと風に靡く。


「ハァハァ、ね、姉様、ノルマの三周終わりました」

「……そう。ではもう三周走ってきなさい」

「ふひぃぃぃ」


心ここに在らずのディアナが告げた言葉に、リオは涙目になりながらランニングを再開。

その様子をやはりぼんやりと眺めながら無意味に手元の本のページをめくる。

頭の中はレイヴィの先程の言葉で一杯であった。


「この辺りならば人もそう居ないだろう」

「ええ、そうですね。あら? お兄様、見てください。先日の蕾が花開かせていますよ。綺麗ですね」


楽しそうな弾んだ声にディアナの意識は一気に覚醒する。

近付く二つの声に咄嗟に近くの茂みへと潜り込んでしまう。


「今度この辺りで一緒にピクニック致しましょう? ね、お兄様」


あの声はアリスとレイヴィだ。

どんどんこちらへ向かってくる二人に息を潜めるディアナ。

幸運なことに、二人はギリギリ声が届く場所で立ち止まったようだ。詰めていた息をほっと吐き出す。

なんら疚しいことなどないので堂々と挨拶をすればいいのだが。

しかしレイヴィにあんなことを言われてしまった手前、もう今日は対面したくないのが正直な気持ちである。

それに二人の楽しげな様子に入っていくのは気が引けた。


「ディアナとリオも呼びましょう。きっと楽しいですわ」

「……アリスは、優しい子だな」


レイヴィが誰を対極に持って来ての発言か痛いほど分かる。

そう思うのは単にディアナの被害妄想か否か。ついつい卑屈になってしまう。


「それで、先程の話なのだが、ディアナの作文について、やはりアリスに心当たりはないんだな」


唐突に飛び出した自分の名に心臓が跳ねる。レイヴィのいう先程の話とはあの出来事に違いない。


「……はい。ディアナの作文には目も通しておりません」

「内容はどうだ?」

「……確かに私が書いた内容と、家庭教師の言っていたというディアナの作文の内容は酷似しております」


ディアナはガツンと頭を殴られた心地がした。

(え? だって、昨日作文借りに来たでしょ? なんで?)


「それに、あの、言いにくいのですが……ディアナはきっと私に自分の作文なんて貸してくれません。私は、彼女に、嫌われていますもの……」


涙声のアリスの頭をそっと優しく撫でるレイヴィ。

訳の分からぬその事態にディアナも茂みで一人また涙ぐんだ。

飛び出してどういうことかと問いたい気持ちもあるが、どうにも勇気がでない。

一体何が起きているのか、把握するのが怖かった。


「私からもう一度厳重注意をしておこう」

「ダメッ! きっとディアナは私がお兄様に告げ口したと言って怒るわ」

「しかしこの現状を見過ごす訳にはいかない」

「これ以上、ディアナに嫌われたくないの。色々酷いこともされるけど、それでも私の姉ですもの。私さえ我慢していればそれでいいのです」


とうとう泣き崩れたアリスを抱き締め背中を摩るレイヴィ。

宛ら物語の挿絵のように美しい光景である。漫画ではきっと見開きになっていたことだろう。アニメでは絶対バックに歌が流れてキラキラがそこらを舞っていただろう。


(そうか。アリスは、私からの謝罪なんて望んでない……)


今の状況に目をとろんとさせ頬を紅潮させているアリスを見て、ディアナは彼女の望むことを理解した。

伊達に幼い頃から彼女を目の敵にして来たわけではない。

憎むべき彼女の一挙一動をつぶさに観察していたディアナにとっては、実に分かりやすい反応だ。

アリスは今、紛れもなくこの状況を楽しんでいる。


確かに不幸に酔うのは大変に気持ちいい。

勿論、今のレイヴィのように慰めてくれる人間がいることが前提であるが。

しかしそれには、不幸を運んで来てくれる悪役が必要だ。

今までその役目はディアナの専売特許であった。

それをしなくなった彼女は、アリスからすれば職務怠慢に思えただろう。

記憶が戻って以降、ディアナなりの真摯な対応に対する彼女の微妙な反応が、それを表している気がしてならない。


元々ここの家の子供でもないのに勝手に入り込み偉そうに振舞っていたことを気にしているディアナ。

自分がまるでカッコウの子になってしまった気分であった。

幼い子供には一番必要であった母の愛を、赤の他人であるディアナが奪ってしまった罪は大きい。

アリスが望むのであれば、程々に巣から落とす真似事をした方がいいのだろうかと、具体的な行為も浮かばず漠然と悩む。


「ハァハァハァハァハァハァ、ね、姉様っ! お、終わりま、した」

「そう。では追加で三周……」

「ハヒィィィィ!」


何やら騒がしく近付いて来たリオを追い払うべく追加を言い渡す。

今度こそ泣きながらも走りを再開した彼を横目に、再び思考の渦に戻る。


仮にアリスが今まで通りの態度をディアナに望んでいるとして、果たしてそれが出来るのか。正直自信がない。

アニメのようなアグレッシブな虐めをする気力なんて到底湧きそうにない。


アリスの幸せそうな顔を遠くから眺めながら小さく溜息を吐いた。

今までの振る舞いは出来ないまでも、話を合わせるくらいならば……それが罪滅ぼしになるような気がした。

アリスの為に———その想いが裏目に出てしまうとも知らず、結論を出したディアナの表情はどこかさっぱりとしていた。


そうしてようやく手に持った本の字を追うことに集中することが出来る。

視界の端でアリスとレイヴィが未だに抱き合っていたが、もうあまり気にならなくなった。



「ね、さま……も、どり、まぢだぁぁ」

「あら遅かったじゃない」


息も絶え絶え瀕死状態なリオが戻ってきた時には、いつの間にかアリスとレイヴィは消えていた。

とりあえずうつ伏せに倒れ込んだリオの背を摩る。


「どれだけ走ってたのよ。少しは加減しなさいよ」


自分が追加を命じたことなどすっかりと頭から消え去っていたディアナは呆れ気味だ。


「お水を貰ってくるから少し待っていなさい」


ゼィゼィといつまでも肩で息をする以外しようとしないリオの尻をペチリと叩くと、世話のかかる子分の為に歩き始める。

とにかく優先すべきはリオの肥満防止。

階段から落ちたぐらいではビクともしない強い男にすることが第一目標である。






その後、考える必要もなく悪役としての務めは強制的に次から次へとやってきた。

アリスが高価な花瓶を割ればそれはディアナのせいとなり、アリスが転べばディアナが背を押したことになり、アリスが失せ物をすればディアナの部屋から発見される。



「いいのです、私が割ったのです……ディアナは関係ありません」


本当に全くの無関係であったが、アリスの涙ぐんだ言葉に周囲はディアナを見る。

レイヴィはいつぞやと同じようにアリスを慰めながらディアナを憎々しげに睨み付ける。


「え? あ、この傷は先日階段で転びまして……ただの擦り傷です。いえ、本当に自分で転んだだけで、決してディアナは関係ありません」


そんなことをアリスが零せばレイヴィはディアナに「超えてはいけない一線を超えている」と苛立たしげに告げ、一週間の謹慎を命じた。


「どうしましょう。先日お兄様に頂いた髪飾りがないわ。あ、そういえば先程ディアナが私の部屋から出てくるのを見た気が……いやだわ、そんなの気のせいね」


そんなアリスの独り言を偶然聞いたレイヴィが謹慎中のディアナの元へ勝手にやって来て、部屋を荒らし回ったのには流石の彼女も呆れた。


しかし基本的にはアリスの言葉にディアナが否定をすることはなく「アリスが悪いのですわ」と高笑いしながら言ってのける。

レイヴィとアリスの絆が深くなるのと反比例し、彼とディアナの関係はどんどん冷え込んでいった。




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