3子分の再調教
感想でご指摘ありましたが、タイトルはダッキングです。
ただ、アニメの名前は『ビューティフルダックリング』にしようと思っていたのに、スッカリ忘れてタイトルのままになってましたので修正しております。
そしてタイトルから察することが出来るようにアニメヒロインは、良い子ではなく敵役です。
それから数日、リオに避けられ続けた。
食事の時間もレッスンの時間もずらされ、屋敷ですれ違えば焦った様子で足早に逃げられる始末。
今日も廊下でばったり出くわした途端に進路変更をして踵を返すリオ。たまたまその場に居合わせたレイヴィがディアナへと近づく。
「ディアナ」
リオの反応に立ち尽くしている時突如掛けられた声に、はっと意識を取り戻す。
「これはお兄様、ご機嫌麗しゅう存じます」
「ああ。今日は天気が良いな。少し外で話そう」
珍しいこともあるものだと驚きながらレイヴィの後を続き裏庭へと出る。
確かに良く春の訪れを感じさせられる良い天気で、庭を彩る花も見事に咲き誇っていた。
「最近リオと何かあったのか? 」
庭園を歩きながらそう切り出したレイヴィ。
「……少し喧嘩をしまして」
「やはりそうか。珍しくリオが塞ぎ込んでいる様子だったしな」
「ご心配おかけして申し訳ありません」
「仲の良いお前たちのことだ。無用な心配だとは思うがな」
そう言って苦笑するレイヴィの顔つきは14歳にしては大人っぽい。
ディアナとリオの二人組みは、いつもアリスを虐めては彼に諌められてばかりいたが、どんな憎たらしくとも兄としては心配なのだろう。
「しかし先程のリオの態度はあまり良くないな。私から少し言っておこう」
「いえ、悪いのは私なのです。リオを私が傷付けてしまいました。本当に申し訳ありません」
すっと頭を下げたディアナに不思議そうに首を傾げるレイヴィ。
「何故ディアナが謝るんだ?」
「大切な弟を傷付けてしまったんですもの。お兄様へも謝罪は必要ですわ」
「………………」
将来伯爵家当主の右腕としてレイヴィを支えるべき存在をここまで歪めてしまった責任はかなり重い。
「リオのことは許して貰えるように頑張ります。過分なるお心遣いありがとうございました」
「……ああ。いや、いいんだよ」
「それにしても本日は本当に麗らかな気候ですわね。でもまだ昼夜で寒暖の差は激しいようなので、お兄様もどうかお風邪など引かれぬようご自愛下さいませ。ではご機嫌よう」
忙しいレイヴィをこれ以上引き留めるのも気が咎めるので自分から去る。
屋敷へ戻ろうと歩みを進めていると、ふと視線を感じて上を見上げる。
その先にはリオの自室があり、そこでリオが窓からこちらを見下ろしていた。
その目には今まで見たこともないような冷たさがあった。
その日の夕食の後、ディアナの部屋をリオが訪れる。
「今お時間いいですか姉様」
「リオ……ええ! ええ、もちろん」
ディアナの寝支度をしてくれていた使用人を下がらせ自室へと歓迎するディアナ。
リオは無表情のまま足を踏み入れる。
「姉様は本当にクレメンスの人間ではないのですか?」
単刀直入に発せられた言葉にディアナは真剣に頷く。
「ええ、そうよ」
「では姉様は卑しい盗賊の子供なんですね」
ギリッと歯を噛み締めながら吐き出される言葉にディアナは息を止める。
「汚らわしい薄汚れた血が流れているのはアリスではなく姉様だったんですね」
「あのね罪人の子は、罪人では……でもそうね、今まで卑しいと蔑むように教えて来たのは私だもの。もう狡賢く逃げようとはしないわ。リオの言う通りよ」
「僕に馴れ馴れしい口を利くなこの阿婆擦れ!」
突然のリオの大声に身を硬くするディアナ。
「何が姉様だ、偽物がっ! よくも今まで騙してくれたな!」
大音量で響く罵声と冷たい目はディアナを心底蔑んでいるのが良く分かる。
なるほど、確かにこれは辛い。
こんな仕打ちを今までアリスにしていたのかと思うといくら謝罪してもしたりない。
「いいか、このことを黙って欲しかったら僕にフクジューしろ!これからお前は僕の奴隷だ。ぶひひひ!」
「…………」
二桁達してないとは思えないねっとりと歪む義弟の顔に感じたのは、恐怖や嫌悪ではない。
「阿婆擦れのお前はクレメンス家嫡男の兄様をゆーわくしようと企んでいるんだろうがそうはいかないぞ! 今後兄様には近付くな! 僕の世話だけをするんだ!」
「……リオ」
「リオなんて馴れ馴れしく呼ぶな! 僕のことはリオ様と———」
前世の記憶が戻ってからというもの、めっきり我儘が減ったディアナであるが、それでも以前の人格が消えてなくなったなんてことはない。
感情を抑えることを知っただけで、未だしっかりとディアナはディアナとして存在している。
「調子に乗るんじゃない! 阿婆擦れなんて言葉どこで覚えたの、この愚弟がっ!!」
————ゴンッ!!
「ぶひっ!?」
二歳の体格差を活かして降らせるゲンコツ。
リオは何が起こったか分からないようで目をチカチカさせながら激痛の走る頭部を押さえている。
「血が繋がっているとかいないとか姉とか弟とかの前に、貴方は私の子分だということを忘れたのかしら?」
「ヒィッ」
生まれながらに刷り込まれた子分体質というのはそう簡単に治るものではない。
さすが悪役令嬢といった大層麗しく風格のある威圧的な笑みに、先程までの威勢はどこへやら。リオの身体は情けなく震え上がる。
「それに分かっていないようねぇ。私は盗賊の子なのよ? 誰が誰の奴隷だって? え? まさかあんたみたいなヒヨッコがアタイに言ったわけじゃあるまいね?」
ついでに荒くれ者の演技まで披露してみせる。
以前のプライドの高いディアナならば絶対に出来なかっただろうが、伯爵令嬢でない事実を受け入れた今の彼女にはお手の物である。
「仔豚の丸焼きにでもなりたいのかい? ああ゛ん?」
「ぶひぃぃぃ! ごめんなさい姉様ぁぁ!」
所詮子供の真似事の拙い演技であったが、生粋の坊ちゃんであるリオには効果覿面だ。
ブヒブヒと泣きながら謝るリオに勝利の微笑みを贈る。
「ようやく分かったようね。姉様とっても嬉しいわ。大好きよリオ」
「ブヒッ……!?」
小さく悲鳴を上げるとみるみる内に顔を真っ赤にして俯いてしまったリオに、少しばかり脅し過ぎたかと少し反省した。
だが豚の鳴き声の口癖は絶対に矯正させようと決心するのであった。