2マシュマロな義弟
さて、体調も回復してすこぶる調子がいい今日この頃。
午前のレッスンも終わったので子分を引き連れ屋敷を闊歩するディアナ。
「姉様見てください。あいつまだ居残りでダンスのレッスンしてる」
「…………」
そう言って遠く離れたアリスを見て笑うのはディアナの子分兼二つ下の義弟リオだ。
赤ん坊の頃からのディアナの教育により彼はアリスを卑下するように刷り込まされ、隙あらば物理的にも精神的にも傷つけようとしている。
「卑しい盗賊の子どもがダンスなんてしてどうする気でしょうね」
「……リオ」
リオは美形一族として名の知れたクレメンスの一員であるので顔は大変可愛らしい。
だが最大の特徴はプニプニした身体とぷっくりとした頬。
どこかマシュマロを彷彿させる。
というか太り過ぎであった。
金髪の子豚がディアナを見つめて目を輝かせている。
「えっと、えっと、見てください姉様! あの下手くそなダンス! まるでアヒルが歩いているようだ! ブヒヒッ」
「お黙りなさいリオ」
「…………どうしたのですか姉様? いつものお菓子はくれないのですか? 台詞にキレが足りませんでしたか?」
窘めるディアナに、リオは悲しげに首を傾げる。
彼が太った原因はディアナにあった。
ディアナが彼を教育する際、ご褒美としてお菓子をあげすぎたのだ。
上手いことアリスを貶せば飴かチョコ一つ。
アリスを泣かすことが出来れば伯爵家特製フライドポテトもれなくプレゼントだ。
「良くお聞きなさいリオ。今日からお菓子はナシです」
「えええ!? な、何故ですか姉様!」
「揚げ物も控えなさい」
「そんなっ僕に死ねと言うのですか!?」
「寧ろこのままだと本当に死ぬわよっ!」
成長し年頃となったリオは完全なるディアナの手下に成り果て、実の姉とは知らずアリスを蔑みながらもいやらしい目で見始める。
底意地の悪いデブで不細工なリオは、ラスボス的存在のディアナよりも視聴者からは嫌われ者だった。
それ故に視聴者の溜まりまくったフラストレーションの解消の為、ディアナ追い込みの少し前にリオへの制裁は下される。
美しいアリスに欲情したリオはブヒブヒと鼻を鳴らしながら逃げる彼女を追いかけ、うっかり階段から足を滑らせ首の骨を折って死んでしまうのである。
あまりのトンデモ設定に前世では失笑した覚えがあるが、現実にそんなことが起こってしまえば笑えない。
前世のディアナの夏休みは、丁度その回までで終わってしまった。
なので高熱から回復した彼女が真っ先に行動したことは、義弟の再教育だ。
「いいことリオ、今まで私が貴方に教えたことは忘れなさい。あれは全て嘘です」
「な、何故そのようなことをおっしゃるのでふ?」
「ぶつけた悪意は巡り巡っていつの日か自分自身へと返って来てしまうものなの。私は今、そのブーメランを大いに実感しているわ」
ディアナが遠い目をする横で、リオは訳が分からないと泣きそうな顔をしている。
「アリスは気立てが良い、優しい娘よ」
「アリスは不細工です!」
「いいえアリスは美人で可愛らしいわ。それに嫉妬した私が貴方に嘘を教えたのよ」
「アリスは出来損ないの卑しい血を引く女です!」
「いいえアリスは優秀な子よ。生まれで判断するのは止めなさい。ブーメランよ、主に私が」
突然今まで教えられていた世界が全く逆になってしまった。
リオにとってこれほど理不尽なことはないだろう。
「私の都合で貴方に勝手なことばかり言ってごめんなさい。でも分かって欲しいの。今まで貴方に教えていたのは、駄目な考えだってこと」
未だに狼狽えているリオをギュッと抱き寄せる。
その身体は柔らかくふわふわで少し汗臭かった。
「ね、姉様っ!?」
今まで一度だってこのように抱き締められたことのないリオは大いに焦った。
「悪い姉でごめんね」
そっと囁くディアナの声にリオのモチ肌が粟立っているのが分かる。
ふるりと震える義弟の背をより強く抱き締め、カミングアウトを決意する。
「あのね、本当の伯爵令嬢はアリスよ。私はこの家の子ではないの」
前世がどうのアニメがどうのと説明する気は起きないが、これだけはリオに伝えておくべきであろうと思ったディアナ。
それが身勝手に義弟を振り回した彼女の誠意であった。
「ブヒヒ、何を言っているのですか姉様。悪い冗談は止めて下さい」
ブヒブヒと鼻を鳴らして笑うリオから離れ、ディアナは彼の肩を掴み目線を合わせる。
「赤ん坊の時の記憶をね、溺れているショックで思い出したの。私は盗賊の家で産まれたのよ」
赤ん坊の時の記憶があるなど当然嘘である。しかし前世の話を持ち出すよりも余程現実味があった。
笑って流そうとしたリオであるが、ディアナの真剣な眼差しがそれを許さない。
それに対してリオは激しく頭を振る。
「嘘だ! 姉様は僕の姉様です! 卑しい盗賊の子供なワケがない!」
「本当のことよ。アリスこそが貴方の血の繋がったお姉様よ」
「では姉様は……っ、姉様は僕の何なのですか!?」
「私は変わらず貴方の姉であり続けたいわ。でも血は繋がってないわね」
きっぱりと宣言された言葉にリオはこの世の終わりの訪れを思わせるような悲壮な顔をする。
「このっ、この嘘つき!」
「リオっ!」
そのままディアナを振り切りボッテリボッテリと走り出してしまったリオ。
彼の吐き捨てた言葉は何を指しているのか。
今までの洗脳のことか、それともカミングアウトのことか。
何にしても、従順だったリオの罵声は自業自得とはいえディアナの胸を抉ったことは言うまでもない。