08. ネガからポジへ
紀代はその場ですぐに柴田と連絡を取った。そしてあかりが虐めの被害に遭っていることと、柴田の取材経験から今後の対応について相談に乗って欲しい旨を簡略に伝えて通話を終えた。
時刻は夜の九時をとうに回っていたが、柴田は紀代が電話をしてから一時間もしないうちに差し入れのコンビニ弁当を手土産に訪ねて来てくれた。
「こんばんは。紀代さん、頼りにしてくれてありがとう。あかりちゃん、久し振りだね。随分とお姉さんらしくなった」
玄関を開けた紀代の向こうから覗き込んだ顔が笑みを浮かべてそう言った。
「こんばんは。出張から帰って間もないのに、うちの都合でお呼び立てしてごめんなさいね」
あかりは紀代の言葉に続いて立ち上がり、深々と頭を下げた。隣に席を移したユウも立ち上がって柴田に会釈をした。
「とんでもない。初めて僕を頼ってくれたからつい張り切っちゃって、早々に来てしまったよ」
柴田は無精ひげにだらしなく伸びた髪を束ねただけ、というくたびれた格好をしていたが、いつもと変わらぬ優しい気遣いでそう返してくれる。そして彼は三人分のコンビニ弁当が入った袋を掲げると、
「まずは腹ごしらえだ。腹が減るとろくな考えにならないからな」
とおどけた口調で誰にともなくそう言って紀代にコンビニ袋を手渡した。
紀代が湯を沸かしている間に、あかりが柴田とユウをそれぞれに紹介した。柴田は性別不詳なユウを見て一瞬驚きの表情をかたどったが、
「大変不躾で失礼だけど、あかりちゃんの友達ということに甘えて質問をいいかな」
と、かなり言葉を慎重に選んだ物言いでユウに確認を取った。ユウが「はい、どうぞ」と答えた途端、とても単刀直入な、取材記者らしい質問を口にした。
「これは興味本位からの質問ではないと前置きをしておくけれど。君があかりちゃんに自分の経験上のアドバイスをしたという、その虐めの原因になったのは、君がトランスジェンダーだからではないかい? というのも、今の仕事で君と雰囲気のよく似たGIDの人と話したばかりでね」
そう述べる柴田の言葉や表情に、侮蔑や好奇のニュアンスは微塵も感じられない。だがユウは、警戒をゆるめない強張った表情を保ったまま
「はい。そうですけど、それが何か?」
と簡潔に、だがGIDである事実を隠すことなく堂々とした声音で肯定した。
「やはり、そうか。いや、実は今回地方都市の各所を回って取材している対象がLGBTの人たちでね。ほら、渋谷区や世田谷区でパートナーシップ条例制定案が可決されただろう? それを全国に波及させたいという動きがあるんだ。僕は過去の不登校や虐め被害の子供たちを取材している中でLGBTの存在を知って以来、彼らの声を行政や世論へ届ける手立てはないかと模索中なんだ。今回そちら関連のNPO法人から依頼を受けたのも、チャンスだと考えてのことでね。僕の取材を元に支援団体の方で活動方針を話し合うそうなので、表には出ない記事なのだけれど遣り甲斐を感じているよ」
柴田は一通りそんな説明をすると、ユウに名刺を手渡した。
「何か力になれることがあれば、いつでも連絡をしてくれ。何をするにつけ厄介なことが多くて大変だろう。その支援団体を紹介するよ」
ユウは警戒心を剥き出しにした強張った表情で柴田の話を聞いていたが、名刺を手渡されたときには剣呑な表情が随分と和らいで、
「ありがとうございます。でももう自分は、幼馴染の運営しているサークルと提携している支援団体の世話になっているんで。お気持ちには感謝します。名刺はいただいたままでもいいですか」
と柔和な対応になっていた。
夕食を摂っていなかった三人は弁当の差し入れを有難く感じたものの、誰でも摘めるよう皿に盛りつけてちゃぶ台に並べてみれば、誰一人として手を伸ばせないでいた。
「ほら、食べながら話そう。脳にタンパク質と糖質を送ってやらないとね。その辺は紀代さんの方が専門でしょう?」
食欲が湧かない様子の三人を見兼ねた柴田がそう言って笑いを誘い、強引に取り皿へ分けて食べるよう促した。
「そうね。いただきます。ほら、あかりもユウさんも」
「あ、はい。いただきます」
「すいません、自分まで。ご馳走になります」
「どうぞどうぞ。僕は紀代さんから連絡をもらったとき、丁度立ち食い蕎麦屋で夕飯にしていたところだったんだ」
そんな他愛のない会話でリラックスを促す一方、柴田は話題が本題に移ると、まるで取材仕事をしているかのような効率的な問い方で、彼が必要と感じた事柄を尋ねて来た。あかりにはもう苦痛や屈辱を言葉に置き換えて再現させるだけの気力が残っておらず、紀代やユウが代弁した。
「――というわけで、取り敢えず週明け早々に担任の先生にはお話をした上で当面休ませるつもりなのだけれど、それは暫定措置でしかないと考えているわ。逃げただけでは解決にならない、というのがあかりの主張なの。私も、そう思う」
「うん、そうだね。現状としては、あかりちゃん視点に限っておおよその概要を把握できた、と言ったところかな。今日の今日だ、焦ることはないさ」
柴田のその一言は、決して軽んじているわけではなが深刻が過ぎてもよくない、と暗に伝えているような響きを持っていた。そして彼は紀代の記したメモから顔を上げると、あかりに
「あかりちゃん。紀代さんの打診があったとは言え、僕を頼りにしてくれて本当にありがとう。職業柄敬遠されることの方が多いから、そういう意味でも嬉しいよ」
と照れ臭そうに笑った。
言外に述べられた“柴田個人への信頼”への謝辞も含まれたその言葉に、あかりも面映ゆい気持ちになる。どこまでもあかりの心情を思い遣る言葉の一つ一つが優しくて、自然と口角が上向いた。
「いつも可愛げのないことばかり言っているのに、こんなときばかり、甘えて、すみません」
思いのほか滑舌よく話せている自分に少なからず驚く。どうにか、今度こそ本当に頭を冷やせたらしい。あかりは俯きがちだった顔を上げて柴田に問い掛けた。
「柴田さん、私は京子に謝って欲しいわけではありません。京子が虐めなんて自分を貶めるような方法を採ったのが彼女らしくないと思っているんです。京子はとてもプライドが高い子だし、ストレートに言い合って喧嘩をしたこともあるくらいなんです。急にそんな態度に変わった原因を知りたいんです。知った上で、京子自身が納得する形で、そんなやり方は間違っている、そう伝えたいんです。同じ間違いを繰り返したくないし、京子にもさせたくない、というか」
でも、二人だけで、というのは、まだ怖い。
矛盾したその気持ちを語るときだけ、また声が小さくなってしまった。
「う~ん……確かに虐めというのは、意外とその場のノリや悪ふざけの延長からエスカレートするとか、理由なき虐め、標的を自分以外に向けさせることで自己防衛する、という一面もあるんだよね。明確な理由がある方が珍しいんだ」
柴田はそこで一旦言葉を区切り、あかりから自分の手元に移すと、茶で軽く喉を湿してから噛み砕くように彼の見解を語り繋いだ。
「憎しみというのは、維持させようという意思がない限り、せいぜいが一ヶ月持てばいい程度の、本来は一時的な感情でしかないそうだ。僕が思うに、その京子ちゃんという子は、意図的にあかりちゃんへの憎しみを維持しようとしている。あかりちゃんが原因として見ている、その子のお目当てだった男の子が君に好意を寄せていると知ったから、という話なのだけれど、それだけの衝撃を受ける理由がそれだけだったとは、どうにも僕が取材して来た子たちの話からは考えづらいんだ」
柴田は容赦なく暴く目をして、あかりの瞳をまっすぐ捉えた。
「ねえ、あかりちゃん。何か、隠してはいないかい?」
「……え……」
いつも温和で照れ屋な彼が向けたその視線は、彼がプロの取材屋であることを肌身で感じるのに充分な威圧感を持っていた。あかりは迂闊にも彼のその威圧に慄き、つい視線を逸らしてしまった。
「やっぱり、何かあるんだ。どうして言えないのかな。君のことだ、自己保身がそうさせているわけではないだろう? 何か思い当たることがある? それとも誰かを庇っているのかな?」
何も言い返せなかった。だが、自己保身ではないとも言い切れない。
ただ、あかりは紀代に知られるのが怖かった。不可抗力とは言え、あかりにとって田所との件は、ふしだらな行為である。柴田と出会うまでずっと亡くなった父一筋でいた潔癖な母に失望されるのは、辛いなどという言葉では表し切れない。それに、紀代は好意を寄せている柴田とも一線を引いているような人だ。自分の犯した行為は、そんな彼女への裏切りとしか思えないし、紀代にまた「母親失格」と自己嫌悪させる原因にもなってしまう。絶対に、打ち明けることなどできない――。
(どうしよう……どう言い繕おう)
心臓がバクバクと躍り出し、呼吸が浅くなる。弁解の言葉が浮かばない。割り箸を握っていた手に過剰な力が入り、割面の粗い削げがあかりの中指にチクリと刺さった。
「あかりちゃん、田所から強引にキスされたんです。それを本田京子に目撃された、という流れでした」
(!)
ほとんど黙していたユウからの突然の暴露に、三人が三様の想いで目を見開いた。視線が一気にユウの方へ集中する。そのうちの一人、あかりはすでに涙を溢れさせていた。
(ユウさん、ひどい。どうして)
そんな想いが声にならない。腹の底が一気に冷えたのに、顔回りだけが酷く熱い。いきなり手が震え出し、握っていた割り箸がとうとうカーペットの床へころりと落ちた。
「田所は中学のときからあかりちゃんが好きだったそうです。彼はあかりちゃんの誕生日を覚えていて、プレゼントを渡したいけれど部活があるから部室まで取りに来て、と言って呼び出したそうです」
夕方、あかりがユウの部屋で涙ながらに話したことを、ユウは事務的な声で大人二人に淡々と語った。あかりの足は、この場から逃げ出すには震えて力が入らなくなっていた。ユウの暴露を止めようにも、わななく唇が浅い呼吸しか許さない。
(あ……)
ちゃぶ台の下で膝頭を力いっぱい掴んで嗚咽を堪えていたあかりの手が、隣から伸びた手にそっと包まれた。それから、きゅ、きゅ、と二回、強く握っては柔らかく包む強さへ戻ってゆく所作。
あかりの恐怖や不安、懸念を解った上で話している。ユウの所作はあかりにそう伝えているのだ。
(……信じろ、という、こと?)
話すべきだと判断したユウを、紀代の気持ちを、それから――誰もあかりを責めやしない、ということを。
あかりがそんな風に混乱した思考の整理を試みている間にも、ユウは大人たちに語り続けた。
「コクられてすぐに断ったあかりちゃんは、部室から出ようとしたそうです。それを無理やり引き止めてあかりちゃんの意思はお構いなしで、という経緯だったみたいです。それを本田京子が目撃していたらしくて、それから何日か経ったころにクラスの女子から無視されている自覚をしたそうです。それから徐々に、あかりちゃんのお母さんがメモしてあるような行動にエスカレートしていったという経緯のようでした」
ユウは一気にそこまでを二人に伝えると、「はあ~」と深い溜息をついて俯いた。あかりの手から彼の手が唐突に引き、その手が今度はユウ自身の膝頭に爪を立てた。
はっとしてあかりが顔を上げれば、悔しげに唇を噛んで感情を押し殺そうと足掻いている横顔が飛び込んで来る。勝手にあかりの眉根が真ん中に寄せられた。
(……まさか、ユウさんも)
ユウは自分が受けた暴行の詳細を話しはしなかった。だが、似た経験をした可能性もあるのではないか。そこに思い至った途端、あかりの両手もちゃぶ台の下で何かに耐えるようにきつく握られた。
「あかりちゃんはお母さんや柴田さんを大切に思っているからこそ、今この場で言えなかったのではないでしょうか。自分はあかりちゃんがお母さんとお父さんの在り様に憧れているのも聞いていたので、あかりちゃんからその件について告げられたとき、お母さんに幻滅されたくないから一人で抱え込んでいたのかな、と思いました。自分が田所に傷つけられたという認識すらできないレベルの余裕のなさを感じたので、他人の自分から話すのもどうかとも思って先ほどは話さなかったんですけど」
言葉の端々に、ユウの細やかな配慮が滲んでいた。あかりの中で“解って欲しい自分”と“知られたくないと思っている自分”のせめぎ合う混沌が、ユウの言葉で綺麗に整理される。
(ありがとう、ユウさん)
ある一面でだけ、ずんと重く圧し掛かっていたものが取り払われた気がした。
紀代に好意を抱いている柴田が亡き父と紀代との間にあった在り様を聞いたときにどう感じるかと思うと、自分からは言えなかった。同じ女性として紀代に軽蔑もされたくなかった。でも、隠していては話が進まない。
(もし自分の好きな人が、ほかの人とそういうことをしている場面を見たら……きっと、苦しい)
まだ憧れ以上の存在を意識したことはないけれど、そのくらいのことは想像できる。同じ年ごろを通り過ぎて来た紀代や柴田もきっと似た推測に及ぶだろう。京子の豹変に納得するに違いない。
ユウの慎重な言葉選びがあかりにそう教えてくれた。
「だからその点は、これ以上触れないでやってもらえませんか」
「……あかり……」
表情を失った紀代の声があかりを呼んだが、そちらへ顔を向けることができなかった。長い髪があかりの表情を隠す。きっと、ユウに打ち明けたときのように憤慨するのだろう。自分が田所に見せた隙を情けなく感じるのだろう。紀代は親だから、親同然のような慈しみを持ってくれている柴田だから、今の二人はユウに打ち明けたときの彼以上に数々の想いで心をいっぱいにしているのだろう。
「お母さん……ごめん、なさい」
何について謝っているのか、あかり自身にも解らなくなっていた。盗み見ればみんなが悲痛な面持ちであかりを見つめている。そんな表情にさせているのは、自分なのだ――。
それが悲しくて、自分の存在を疎ましく思った。ユウと出会って以降なりを潜めていたその感覚が、あかりの唇に歯を立てさせた。
そんなあかりの真正面から、紀代が予想外の言葉を口にした。
「バカねえ、何を謝っているの? お母さん、何度も言っていたじゃないの。あかりが男子はエッチなことばかり考えているから嫌いって言うたびに、そういう年頃なのだからそれが普通よ、って。キスくらいで幻滅とか、あなたの方がお母さんよりよっぽど古風な人ね」
意外にも紀代は、そう言って、笑った。あまりにも想定外な反応に驚き、知らずあかりの顔が上がり、その視線が紀代に向かった。
「お、かあ、さん?」
「でも、さすがに無理強いはあかりの気持ちを無視しているという意味でムカつくわね。田所くんって確か、ここへ越して来て間もないころに京子ちゃんと一緒に遊びに来たサッカー少年くんでしょう。おしゃべりでお調子者だけれど、明るくて元気な子、悪い子ではないというイメージだなあ。ビンタ一発で帳消しに、とかは、無理なの?」
「ビン……え?」
「ちょっと、紀代さん!? 何言ってんですか!?」
「……安過ぎだろ……」
紀代のとんでもない提案が口々に呆れた感想を漏らさせた。逃げ出したくなるほどの重い雰囲気が一変する。
「だって、好き過ぎて口より先に行動に出ちゃった、ということでしょう? 私の自慢の娘をそこまで認めてくれたということじゃない? その分くらいはオマケしてあげたくなっちゃう。ダメ?」
「オマケって、紀代さん、あかりちゃんの気持ちも考えて、そこは」
「あら、考えているつもりだけど。そもそも私がキレイゴトばかり聞かせて来たのが悪いのよね。そこは反省する。あかりがそれを私に言えないくらい気に病んでしまったのは、私とお父さんの夫婦像を理想としていたのに、自分がふしだらな人間になってしまったと感じたからでしょう? あかり、お母さんはちゃんとあかりの気持ちを解れている? 間違っていない?」
間違ってはいない。一部ではあるけれど。だから戸惑いながらも無言で首を縦に振った。
「よかった。あのね、ナースというだけでなぜか淫乱だと思われるのよね。お母さんが若かったころは、職場でのセクハラなんてしょっちゅうあったのよ。まだ小さくて分別の付かないあかりの口からお父さんとのあれやこれやを漏らされる心配をしなくて済むよう、とってもキレイゴトな話をして来ちゃった。キスの件については、その弊害なのよね。ごめんね、あかり」
言われたことの意味を巧く咀嚼できなくて、小首を傾げて紀代に更なる説明を視線のみで求めた。すると彼女は少し照れ臭そうな顔をして、
「う~……柴田さんの前でこういう話をするのは、かなり申し訳ない気もするのだけど。お父さんとは結婚前から、まあ、することはしていたし、お父さんが初恋の人というわけでもないし。そこはほら、人並みよ? お母さん、あかりが思っているほどキレイな人じゃないから。ね?」
(ね? って言われても……)
今日は一度にいろんなことがあり過ぎて、思考も感情も追いつけない。考えあぐね、そろりとユウを見れば、ほとほと困り果てた顔をして居心地悪そうに俯いている。目を合わせてもくれない。
「ねえ、あかり」
紀代に呼ばれて条件反射で彼女へ視線を戻すと、彼女は何かを吹っ切った表情で笑っていた。
「お母さんはこの程度のことであかりに幻滅なんかしないし、むしろあかりを“いい子”から“いい女”に育てることができていたのね、と誇らしい気分だわ。お母さんは亡くなったお父さんと柴田さんにしか見初めてもらえないほど色気がないし、自信がなかったのよ。女性としての魅力についても、女の子の育て方にしても」
「紀代さん……そんな風に思っていたんですか」
「そうよー。加えて今じゃあ、すっかりオバサンだしね。なんだか嬉しいなあ。あかりとこういう女同士の話ができるなんて。こんなに早く来てくれるとは思わなかったから。大切なファースト・キスだったのに、なんて甘い夢を見ていたからこそ傷付いたのかもしれないけれど、大丈夫。あかりのファースト・キスはお母さんだから。二番目はお父さんね。三番目はどっちのおばあちゃんだったかしら? だからそんなことに拘らなくていいのよ。気にしなくていいの。ただの事故だと思って水に流してあげるのもアリだと思うのよ」
「紀代さん、ストップ! もうちょっと思春期の子の気持ちを考えて」
「えー、今どきの子は早熟よ。私はあかりのピュア過ぎるところが却って心配」
「だからって、母親のあなたが煽ってどうするんですか」
真正面で繰り広げられる母と柴田の夫婦漫才のようなやり取りに絶句した。絶句、したのだが。
「……ぶっ」
周囲を巻き込んでこんな状況を生んだのに、不覚にも噴き出してしまった。
(なんだか、すごく、バカみたい)
気に病んでいた自分が突然間抜けに思えた。少なくても、田所の件については、そう思えた。いくつか拭い切れない負の感情はあるものの、それまで抱いていた重さに比べれば随分と軽減された。
あかりの噴き出した声を聞いて、三人の視線が一斉にあかりの方へ集まった。
「やっと笑ったね。あなたは笑っている顔が一番かわいいわよ」
紀代が自慢げにそう言って笑った。柴田が紀代に釣られた格好で、やはり笑いながら、
「うん、そうだね。僕が紀代さんに一本取られた格好だな。自分で“深刻になるのと真剣に考えるのとは違う”みたいな態度で訪ねて来たくせに、どうやら場の雰囲気に引きずられてしまったようだ。申し訳ない」
と詫びの言葉を口にした。
「問題は、虐めのきっかけではなく、虐めそのもの、ですね」
ユウがその話を締めるかのように、本題への呼び水を口にした。