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07. 「ごめんね」ではなく

 あかりの自宅へ向かう車中で、紀代への伝え方について話し合った。

「今日学校で撮った録画映像をお母さんに見せるよ。それが何よりの物証になるから」

「……はい」

 まだ心の中に燻る抵抗感がイエスの返事を遅らせた。

「ハニーのお母さんのことだから、どうして今まで隠していたんだ、って泣かれるかもしれないけれど、それはハニーを責めているわけじゃない、というのを忘れないでね。ハニーまで自分を責めたらダメだよ?」

「……はい」

 あかりの申し訳なさそうな返答が続くと、ユウは哀れむように深い溜息をついた。

「ハニー、今のキミは、お母さんに対する加害者みたいな顔をしている。心配を掛けることになるんだという罪悪感や、不甲斐なさを感じて自分が嫌になっちゃう気持ちは、俺も知っているから、すごくよく分かる。けどさ」

 見透かされた言葉と一緒に隣からユウの手がそっと伸びて来て。

(!)

「そんな顔で話しても、お母さんをますます自己嫌悪させちゃうだけだと思うよ。それもハニーは分かっているから、今そういう顔をしているんだろうとは思うんだけどさ、無理するな?」

 全部お見通しの上で諭される助言の言葉はとても優しく、あかりの頭をくしゃりと撫でるユウの手も、あかりに寄り添う優しい温かなもので、それらがあかりの纏った心の鎧を無理やりでなく脱がせてくれた。

「そう、ですよね。伝える理由が、お母さんにきちんと、伝わらなくなっちゃいますよね」

 優しい手に、もう一度だけ甘える。気負わなくていいと言外に伝えてくれる穏やかな声に促される。

「ふぇ……っ、ごめ……おか、さ……ごめんな、さい……っ」

 弱虫で怯えている自分を涙で流し切る。紀代への罪悪感や自己嫌悪を号泣に変えて吐き出した。

 その間ずっと、ユウがあかりの右手を握り続ける形であかりの想いを受け止めてくれていた。器用に片手だけで運転できるものなのだな、と感心するほどには胸の内にあった膿を吐き出し切ったころ、ようやく二人はあかりの住まいがある公団住宅に到着した。


 もしあかりが言葉に窮したり迷いの生じたときに、ユウがどこまで話していいのか、そしてそれが話すべきか否かについてなども、ユウが若干説得するような恰好で打ち合わせていた。その間に紀代の帰宅を告げるドアチャイムが鳴った。二人同時にしゃべる声が止まり、リビングから扉の方へ視線を向ける。

「ただいま~……って、あら?」

 少し疲れた表情を浮かべて習慣になっている挨拶を口にした紀代が、落とした視線の先にあったあかりの靴と見慣れないもう一足の靴を見て目を見開いた。

「ユウさんが見えていたのね。いらっしゃい。随分帰りが早かったのねえ」

 紀代の余所行きになった声音を受けて、ユウが慌てて立ち上がった。

「こんばんは。お母さんが留守のときに無断でお邪魔してすみません」

 あかりも釣られて立ち上がり、ユウのそんな挨拶へ援護射撃する勢いで紀代の許へ駆け寄り、彼と打ち合わせてあった通りに話を切り出した。

「私がユウさんに一緒に立ち会って欲しいとお願いしたの。その、お母さんに、相談したいことが」

「相談? ユウさんにまず相談をした、ということね?」

 あかりが小さくこくりと頷くと、ユウがフォローするように言葉を繋いだ。

「差し出がましいことをしてすみませんでした。ずっとあかりちゃんがお母さんに心配を掛けたくないと考えて言えないでいたみたいです。自分も今日初めて知ったところで」

 紀代の表情が途端に剣呑になってユウを見た。

「何か、あったのね? 聞くわ。すぐに戻るから」

 と紀代はダイニングの椅子に鞄を置き、おざなり程度に手を洗って戻ってくる。

「仕事で疲れて帰って早々なのは申し訳ないと思うんですが、週明けまでには対応して欲しいと考えたので、すみません」

 紀代はユウの弁解には答えず、あかりに対して

「あかり、お茶を淹れてくれる?」

 とだけ言うと、あかりの横をすり抜けて居間へ入るなり、ユウに座るよう促した。あかりは紀代がわざわざ手を洗うなどという後回しでもいいことを優先した理由を察した。

(お母さん、もう動揺している……)

 言わなければよかった。そんな後悔が一瞬よぎったが。

「社交辞令のお気遣いなく、よ。自分の娘のことなのに他人様にまで心配させるようなことになっていて、却って私の方こそごめんなさい。あの子、いつからかああいう感じで教えてくれないの。ユウさんが聞いたままを話してくれる?」

「はい。あの、でもまずお断りしておきます。自分もそうでしたけど、家族だから話せないというか、優先順位の低い相手のほうが話しやすいこともあるから。巧く言えませんけど、あかりちゃんが話せない場合でも悪く受け止めないでもらえると、あかりちゃんも話しやすいかな、と」

 開きっ放しの居間から、そんな会話が聞こえてくる。紀代に泣き顔を見せないために全部流し切ったはずなのに、ユウのきめ細やかな配慮がまたあかりの涙腺をゆるませた。

(後悔している場合じゃないよ、私。逃げないって決めたでしょ、自分で話さなきゃ、ダメ)

 自分で自分をそう叱り、あかりは乱暴に目許を拭った。気持ちを切り替えるようにきびきびと動く。その向こうではユウの配慮を感じる微妙に横道へ逸れた会話が続いていた。

(手際よく、手際よく)

 そう念じながら三人分の紅茶を急いで淹れた。

「ユウさん、ありがとう。でも大丈夫よ。二人とも、顔を見た瞬間に目が腫れぼったいと思ったの。少なくても、あかりのあの顔は泣いたあとだと一目で判ったわ。あなたまでもらい泣きをした様子を見ると、あなたには全部打ち明けたということでしょう? 何があったのか、私にも教えてちょうだい」

 紀代は焦れた口調で本題へと性急に促した。

「お茶、お待たせしました。お母さん、私から、自分で話すね」

 あかりはちゃぶ台にトレイを置いてそれぞれの前に紅茶を置くとユウの隣に正座をし、まっすぐに紀代を見て背筋を伸ばした。




 長い長い時間が過ぎていった。思っていたよりも自分で多くのことを話すことができた。ときおり泣きそうになって言葉に詰まったが、そのときにはユウが誘い水のように触りだけ口にしてくれた。そのおかげで続きを自分で語ることができた。いつの間にか膝の上で震えていたあかりの拳は、ちゃぶ台の下でユウが力強く握っていてくれた。その力強さがあかりの震えを止め、最後まで紀代の前で泣かずに済んだ。

「――それで、ユウさんに現場を見られてしまって。ユウさんの幼馴染の人が守ってくれたのと同じ方法で私を連れ出してくれたの。さっきの録画映像は、そのときので」

 紀代はユウのスマホ画面を睨み下ろしたまま、俯いて無言を貫いている。既に動画の再生は終わり、サムネイルとなっている、あかりが女子たちに囲まれている瞬間の静止画像になっていた。

「お母さん……その、とても、本当に、一生懸命お母さんが働いて高校に行かせてくれているのに……ごめん、なさい。怖くて、私、もう、学校へ行くのが怖くて……だから」

 肝心なことをはっきりと伝えられない。紀代は下を向いて顔を隠したまま、噛み千切らんばかりの勢いで下唇を噛み締めている。

「……ユウさん、ちょっと、ごめんなさいね」

 紀代はそう言ったかと思うと突然立ち上がり、あかりの座る脇に立って腕を引き上げた。

「お母さん!?」

「ちょっと、この子と二人だけで話したいの。待たせて悪いけれど、少しだけ時間をもらうわね」

 紀代はユウだけにそう告げると、驚いて茫然と立ち尽くしていたあかりの腕を引いて、あかりの部屋へ足早に向かった。

 とは言え公団の2DKだ。それほど間取りが広いわけでもない。紀代はあかりを部屋へ押し込むと、乱暴なほど大きな音で部屋の扉をぴしゃりと閉めた。

「おか」

 怒らせたのかと怯えたあかりが紀代のほうを振り返ると、不意に視界が天井に上がり、顎が華奢な彼女の肩に乗った。

「どうしてお母さんが聞いた段階のときに話してくれなかったの」

 そんな呟きに近い小さな声が、あかりの耳のすぐそばで囁かれた。子供のころによくしてもらったのとは異なる強い力で抱きしめられ、きゅんと胸が痛くなる。

「ごめ、ん、な、さい」

 どちらからともなく抱き合ったまま、ずるずるとカーペットの床に座り込んだ。

「ユウさんにも、叱られた。遅くなればなるほど、お母さんが自分を責めてしまう、って。ごめんなさい」

「違う……あかりに謝らせたいんじゃなくて……咄嗟に、どうして、って思っちゃっただけ。おかしいと思った時期があったのに、気付けなかったお母さんが、悪いの。お母さんが“ごめんなさい”なのよ……あかり、一人で抱え込ませ続けて、気付けていなくて、本当に、ごめん」

 あかりの髪を撫でる紀代の手は震えていた。謝罪する声も震えている。五年前に見た、祖母に縋って泣いていたときのような儚さで、あかりに「ごめん」を繰り返す。

「おか……ぁ、ざ……怖いよ……」

 紀代には気丈な姿勢で話さなくてはと思っていた自制心が崩壊した。昔と変わらない、包む腕の柔らかさ、優しさ、髪を撫でる手から伝わる母の愛が、あかりを幼いころの少女に戻した。

「学校……やだ……ごわぃ……行きだぐ、ないよ……ッ、だすけて……おがあ、さん、こわ、い」

 思いつくままに恐怖を語った。ユウが虐め被害を受けていた当時の仕打ちを聞いて慄いたこと。自分も同様の被害を受けるのではないかという恐怖。京子に関わらなければよかったという後悔。祖母を亡くして間もないころにここへ引っ越すことが本当は嫌だったこと――あかりは胸の内に秘めていた何もかも、祖母を亡くしてからの三年分すべてを初めて紀代に吐き出した。

 たくさんの「ごめんなさい」のリレーと、「謝って欲しいわけじゃなくて」の繰り返しと、そして。

「よし、あかり、約束。もうごめんねはお互い無しにしましょう。これからのことを一緒に考えなくちゃね」

 紀代が少しばつの悪そうな顔を残しながらもようやくいつもの笑顔に戻った。あかりの口角もそれに釣られたかのように上を向く。

「……うん」

 二人は「ユウさんをいつまでも待たせるわけにはいかないね」と彼の存在を思い出し、やっとあかりの部屋を出た。


 二人が居間へ戻ると、ユウはちゃぶ台に肘をついた格好でスマホの画面を睨んだまま何か操作をしていた。手の動きから推測するに、タップとフリックを一定の場所で繰り返しているので誰かとチャットで話しているようだ。

 彼は二人の気配に気付くと、顔を上げて一度スマホをちゃぶ台の上に置いた。

「ユウさん、ごめんなさいね」

 今度はあかりも紀代に倣って彼の正面に着き、紀代に準じる想いで深々と頭を下げた。

「あ、いえ。自分も今、幼馴染と連絡を取り終わったところですから」

「そう。私も気持ちの整理がついたし、改めて。あかりを支えて来てくれて本当にありがとう。この子の気持ちもそれなりに解ったつもりよ」

 紀代はまだ少し鼻声のままだったが、それでも仕事のときのように滑舌よく話の整理を兼ねた確認から始めた。

「あかりを虐めのターゲットにしているのは、本田さんちの京子ちゃんと、そのグループ。それと、彼女たちが先導しているクラスの女子が何かしらの形で何人か虐めに加わっていて、男子は傍観している……ということで間違いない?」

「うん」

 あかりがそう答える間にも、紀代はあかりの部屋から持って来たルーズリーフの束から一枚を抜き取り、箇条書きに述べた言葉を書き連ねていった。

「ほかのクラスの子たちとは?」

「私、あんまり、学校に友達がいない、から」

 いつも醒めた人だと勘違いされ、なかなか打ち解けるほどまで一緒に時間を過ごせるほど深く関われないでいるから。そんな不甲斐なくて地味な自分のことも、初めて紀代に告白した。

「そっか……あかりは年の割にしっかりしているから、醒めた人に見られちゃうのかもね。それにしても、中二で転入してきたばかりのときは京子ちゃんが一番の仲よしだったのに。それが春休みを挟んで高校へ入学した途端、無視から始まった。思い当たる節はない、ということね?」

「……うん」

 田所との一件は、紀代に話すことができなかった。ユウもあかりの気持ちを汲んでくれたのか、それについては言及しないでいてくれた。だが、隠し事をしている後ろめたさが拭えなくて、紀代の確認する言葉に返す言葉が少し遅れた。

「同じ中学出身の女子がそれに倣い始めて、あかりと仲よくなったほかの中学出身の女子まであかりに返事をしなくなっていった、間違いない?」

「うん」

「そのころに、SNSのアカウントを取り直して、ユウさんと知り合ったのね?」

「はい」

「さっき言っていた、あかりのネガティブなコメントが気になって、という、その内容を聞くのはダメなのかしら」

「それは……」

 口ごもるあかりに、ユウが小さな声で「大丈夫だよ」と促す。

「今は、もう、そんな風に思っていないのだけど……SNSのアカウントみたいに、一から生き直したいとか、三年も頑張れるのかなとか……死ぬ前に、全部暴露してやる、とか、冗談っぽく、投稿、していて」

「……そう、だったの……。その辺りが、無視から嫌がらせにエスカレートしていったころなのね」

「うん。でも、ユウさんが言霊という言葉を教えてくれて、自分で自分に暗示を掛けちゃダメだと思って、それからはいいほうへ自分へ暗示を掛ければいいと思ってそうして来ていたから、もう死にたいとか思ってないよ」

「うん、大丈夫、解っているわよ。だから話してくれたんだものね。今の状況を変えたくて教えてくれたのでしょ?」

「うん……。ユウさんが私に自分の虐めのことを話してくれた中で、やっぱりユウさんも幼馴染さんやお母さんから黙っていたことを嘆かれたとか、一緒に解決していこうと言われて前向きに対応できた、という話で勇気づけられりした、から」

「そっか……。ユウさん、本当に、ありがとう。私ったらこんな感じでどこか鈍くって。危うく大きな事件になっていたかもしれないのね。とにかく、月曜は休ませるわ。でも、一日二日休んで済む話じゃないし。どうしようかな」

 母はメモし続けていた手を止めてちゃぶ台に両肘を立てたかと思うと、疲れたようにそこへ頭を乗せて俯き「はあ」と深い溜息をついた。疲れを全部吐き出したようなその溜息が、あかりの肩を縮こまらせる。

「お母さん……悩ませちゃってる、よね」

 紀代とはもう「ごめんなさいはナシ」と約束したばかりだ。震えるあかりの声は、続く言葉を失った。

「ああ、誤解させたわね。大人の事情、というのに頭を抱えているだけよ。学校や町会とか、この辺は父親が出たときと母親が出たときとでは対応が雲泥の差だから、家の場合どう対応するのがベストなのかをすぐには思いつかない、というのが歯痒くて」

 咎めているわけではない気遣うような穏やかな口調で、紀代は昔から悔しげにそう述べていたそれを久し振りに言葉に出した。

 女手一つで育てて来てくれていた紀代は、よく保護者会の席などで「仕事や母子家庭なのを理由に「PTA活動に非協力的だ」と非難されていた。祖母が代理で活動してくれていたのに理不尽なまでに文句を言われていた紀代は、頑として謝罪の言葉は口にしなかった。祖母に対する非礼だと言っていたことも思い出した。相手の理不尽を肯定することに繋がるから、とも。

「ありが、とう。その、一緒に、考えてくれるだけで、充分」

 変わる言葉が見つからなくて、礼の言葉を述べる声が自信なさげなか細いものになった。

「気持ちだけじゃ状況は変わらないわ。今の状態ではあかりを登校させたくなんかないけれど、今度は進路であなたも不安になるでしょうし。学校へどう切り出せばいいかも考えなくちゃ、そういう大人の事情よ。あかりに非があるわけじゃない」

「う……ん」

 でも、自分がいるせいで紀代を悩ませている。そう思うと、徐々にあかりの顔が下を向いていった。

「お母さん、差し出がましいんですが」

 ユウの明るい声が行き詰った場の雰囲気を打開するように数秒ほどの静寂を破った。

「今、耕ちゃんと……あ、さっき話した幼馴染と連絡を取ったんです。短期の通塾でも可能なフリースクールを見学してみてはどうか、って。勉強の遅れも気になると思いますし、家に引きこもっていても心配だし。スクールへの送迎は自分か耕ちゃんができるので。あかりちゃん、どうかな。ほら、花火大会のときにあったポンちゃんが通っているフリースクールなんだけど。気が紛れると思うし、新しい仲間もできるし、もちろん個別に対応してくれる先生からのみっちり授業もあるらしい。その間に対応する方法を考えてみたらどうかな」

「はい。私も、そうできたら」

 と、あかりがユウの提言に頷き掛けたとき、紀代からストップの声が掛かった。

「待って。あ、ううん。反論があるわけじゃないの。ありがとう。だけど、結局そのまま学校側がなあなあにして終わりにされるのは、まるであかりが悪で学校から追い出された恰好みたいで腑に落ちないわ。暫定的にそうするのがいいのは解っているけれど、その前に、方針やこれからどうしていくのかをしっかり考えた上であかりを安全な場所へお願いしたいと思うの。それで、あかり。とても抵抗があるとは思うけれど、柴田さんから知恵を借りようと思うの。彼に話をさせて」

「え……でも」

 これ以上の人に自分の恥部が知られる。そう思ったら何とも言えない感覚がざわりと背筋を舐めてゆき、あかりの怯えた瞳が紀代の提案にノーと強く訴えた。だが紀代は滅多に見せない強い姿勢であかりの説得を試みた。

「ふと思い出したのよ、今。柴田さんはフリーの記者をしているでしょう。確か以前、不登校の子をインタビューして記事にしたことがあったはずなの。あの当時で高校生の男の子だったと思うわ。うちはまだ女の子だし、高校なんてまだ先だから、なんてひどい感想が一瞬浮かんでしまって、自己嫌悪したから覚え違いではないはず。彼ならその取材から、その男の子と親御さんがどう虐めと向き合ったのかを知っていると思うの。アドバイスをいただきましょう」

 縋る想いであかりの同意を求めているのが、握られた手の力強さで痛いほど伝わってくる。

(怖い)

 広がれば広がるほど、京子たちに自分が口を割ったことの知れる確率が高くなる。それによって味わわされる報復が何よりも怖い。

 動揺と恐怖と迷いの混じった瞳でユウへ視線を移し、言外に彼の意見を求めた。彼は少しためらった素振りを見せたあと、

「他人の自分があかりちゃんの家庭の事情に口を挟むのもなんだけど」

 と、紀代に視線を移して意見ではなく質問をした。

「柴田さんって方は、もしかして、お母さんの、えーと、その、つまり」

 口ごもるユウの歯切れの悪い質問の意味を察した紀代が、若干狼狽えた声であかりに問い質す。

「あかり、もしかしてお母さんや柴田さんのこともユウさんに?」

「ご、ごめんなさい。だって、なんか、歯痒くて、どうしたらお母さんが柴田さんのプロポーズに応えてくれるかなあ、って、ちょっと、愚痴を」

「はぁ~……。そっかぁ……二人とも、ごめんなさい。思っていた以上に心配させていたのね」

 紀代は最後の溜息を出し切ったとばかりに、後に続いた言葉を明るい口調で述べた。

「無粋なことを聞いてすみません。柴田さんという方が、その方なんですね。なら、あかりちゃん、彼は信用できると言っていただろう? 助けてくれる手は一人でも多いほうが心強いよ。俺や耕ちゃんみたいに経験が少ない若造にできることは実働くらいだし、知恵を借りるのはやっぱり場数を踏んだ人の知恵が一番だと思う」

 自分と似た経験を持つユウが、柴田に協力を仰ぎたいと言うのなら。

「……そう、ですね。お母さん、ごめんなさい。柴田さんに迷惑を掛けてしまうけれど」

 あかりの遠慮がちなイエスの返事に、二人がまるで示し合わせたかのように苦笑いを浮かべた。

「また謝っているし」

「ホント。迷惑かどうかは柴田さんが考えてくれるわよ」

 紀代とユウの言葉に、ひどく救われた。その日初めて、あかりもくすりと一緒になって笑った。

「そっか。また私、何もしないうちから決め付けちゃっているね」

 言いながら、また涙腺がゆるんでしまう。これで今日は何度目になるのだろうか。今まで必死で虚勢を張って来たのがバカらしく思えるほど、何かが吹っ切れた。

「ありがとうございます。お願いします」

 あかりはそう述べてから深々と頭を下げ、膝で濡れた瞼を拭った。

(大丈夫。怯まずに京子と向き合える。これだけ支えてくれる人がいるんだもの)

 そんな期待と希望があかりの中に生まれた。

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