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03. コンプレックス

 ユウの仲間たちと合流してからのあかりは、驚きと笑いの連続で心忙しく過ごした。

「きゃあ、初めましてだけど初めましてじゃないのよ! 私、Tスタイルよ! やっとハニーちゃんとも会えたね!」

 挨拶をしたあかりにテンション高くそう反応してくれた女性が、SNS上では男性としていつもあかりを「かわいい」と褒めちぎってくれていたフォロワーだと初めて知った。

「うそ、Tスタさん、いつも“俺”って言うじゃないですか! どこが“おじさん”ですかー。もう、騙されたー! すっかり信じ込んでいましたよ!」

「あっはー、私も大概中身がおっさんだからね。まあ、ユウトほどじゃないけど」

「え……と? ユウト、さん?」

 仲間が多くて一度には名前と顔が一致させられなかった。あかりはユウトなる人物が解らなくてTスタイルに誰なのかを尋ねた。

「え? ユウの名前、まだ聞いてない?」

「あ、いえ、古川優子さんって教えてもらいました。じゃあ、私が聞き間違えただけです。ユウトさんって聞こえたから」

「うん? 聞き間違い」

 とTスタイルが言い掛けたところで、突然の大声があかりと彼女との会話を遮った。

「わー、ちょ、みさき、ちょ、こっち!」

 ほかの仲間たちと子供のようにじゃれ合っていたはずのユウが、Tスタイル――みさきの首に腕を回してあかりたちから離れていった。

「ちょ、何よ! あんたひょっとして、まだハニーちゃんに」

「いいから!」

 遠ざかっていく二人は、あかりには聞こえない距離まで離れたところで何やら舌戦を繰り広げているようだ。

(なんだろう?)

 きょとんとしているあかりの周りで、仲間の何人かがくすくすと笑ったり溜息を漏らしたりしている。なんとなく自分だけが事情を分かっていないという雰囲気だけは伝わって来た。あかりは疎外感から来る居心地の悪さを感じ、心細げなまなざしを広い空地の向こう側に行ってしまったユウの方へ向けた。

「まったく、しょうがないなあ。自分が誘った子をほったらかしにするなんて」

 背後から低い笑い声がして、あかりは慌ててそちらの方へ振り返った。

「あの」

「初めまして。ユウから噂はかねがね。俺はユウの隣に住んでいる黒崎耕太、アイツより二個年上。ちなみに、あのはっちゃけたおねーさんは、ユウの大学のゼミ仲間。みさきちゃんもいい子だよ」

 にこりと笑うと日焼けした小麦色の肌から真っ白な歯が覗く。とても健康的な笑みを浮かべる、大人の男性だ。あかりは久し振りに異性に対して好印象を抱いた。

「初めまして。ええと、すみません。ネットのオフ会というのが初めてで、こういうときは本名を名乗ったほうがいいんでしょうか。ネット上ではユウさんからハニーと呼ばれているのですが」

 珍妙な自己紹介になってしまい、言ってから顔が熱くなる。黒崎は慣れたもので、そんなあかりをなだめるように肩を軽くポンと叩くと、

「個人的にやり取りをしているユウならともかく、ほかはハンドルネームでいいんじゃないかな。ついでに、俺のフォロワーの初顔さんも今日はいるんだ。紹介しておくな。ほら、ポンちゃん」

 黒崎が後ろに向かって声を掛けると、その影から小さな同類がおずおずと顔を出した。

「えっと、ポンってハンネでクロちゃんと仲良くしてます」

 と、もじもじしながら自己紹介をしたハーフパンツのあどけない顔の男の子は、多分まだ小学生だ。

「俺は大学でボランティアサークルの活動をしているんだ。なんでも相談室みたいなサイトを運営しているのだけど、ポンちゃんはそこの掲示板をきっかけに知り合った子でね。今日はこの子だけなんだけど、次のレクリエーションのときは、もっと仲間を増やそうな、ってポンちゃんと約束したんだ。な?」

 黒崎はあかりとポン少年の両方へ語り掛けるようにそう締めると、大きな輪を作っている仲間たちの方へ促した。

 さりげなく「自分だけが新顔じゃない」と教えてくれた黒崎に内心で感謝しつつ。

(なんか、すごく、息がしやすい)

 それぞれ集まった人たちは、年齢も違えば立場も違う。中には「初めまして」同士なのに、もう長年の付き合いがある友人のように語り合っては笑っている。

「あ、そうだ。ハニーちゃん。ユウからお弁当を作って来てくれると聞いていたから、私たちも作って来たの」

「まだ当分始まらないから、明るいうちにみんなに食べてもらいましょ。始まったらシートも畳んでの立ち見になるし」

 ユウの学友らしい女性たちから、そう声を掛けられた。

「あ、はい」

 こんな大人数だとは思っていなかったあかりは三人分程度しか作って来なかったので、出すに出せなくて腐敗を気にしていた。だが女性陣が声を掛けてくれたおかげで弁当を無駄にしなくて済んだ。

「おー、珍しくハニーちゃんがまともな弁当を作ってる!」

「どういう意味ですかー」

「いや、また素麺とかキャラ弁かと思ってさあ」

「あれはweb用の受け狙いです」

 そんなやり取りを交わせば周りが大笑いする。引っ込み思案のように見えたポン少年がタコさんウィンナに目を輝かせていた。

「これ、かわいい。お母さん、いつも普通にしか焼かない」

「目の部分はゴマをつけたんだよ。ポンくん、全部食べてもいいよ」

「わ……ありがと、ございます」

 初めてポン少年の笑顔を見た。それが堪らなく嬉しかった。

「ユリさんのちらし寿司も美味しそう。あ、私、取り分けますね」

「ありがと。酢飯なら傷みにくいと思って。手抜きなのよ、これでも」

「あ、そうか。いろんな具材を用意して、別のタッパに酢飯を詰め込んで持って来れば、好き好きに手巻き寿司という手もありましたね」

「アウトドアで手巻き寿司!」

「やっぱハニーちゃんの弁当メニューの選択は変わってる。面白い」

「ひどい。今のは真面目に考えたんですよ」

 いつの間にか、ユウが不在でも心細さは薄れていた。久し振りに人前で声を出して笑った。しゃべり過ぎて心地よい疲れを感じるほどだった。

「あーッ! 人が花火の追加を買いに行ってる間に、もう食ってる!」

「ちょっと! 私の分も残してある?」

 遠くで舌戦を繰り広げていたはずのユウとみさきが戻って来るなり、素で焦った顔をして輪の中に乱入して来る。

「ユリさんとエリカさんもお弁当を持って来てくれたそうです。まだたくさんありますよ」

 あかりがそう答えながら紙皿に二人分の弁当を取り分けていたのだが、ポン少年を挟んだ隣にいる黒崎にユウが絡んでいた。

「おっま、ちょ、それ、ハニーのだし巻き玉子だろ! 吐け! それは俺のだ!」

「んぐぉ……っ、も、食っ……くる、し……っ」

「最後の一個ーッ! この野郎!!」

 幼馴染とは言え、黒崎は男性だ。なのにユウは遠慮なく彼に馬乗りになって口からはみ出ている黒崎のだし巻き玉子を本気で奪い取ろうとしている。

(仲がいいんだな……ひょっとして、実は付き合っている、とか?)

 ユウと黒崎の距離感は、あかりにそう勘ぐらせるほど近い。

(……あれ?)

 なぜかチクリと体の中のどこかが痛んだ。だが、それがどこなのか、そしてなぜ痛んだのか解らないうちに、

「っしゃー! 最後の一口ゲット!」

 と歓声を上げたユウに笑わされて、どこかへ行ってしまった。


 初めて間近に見る大輪の花火に感動したり、たまたま居合わせた見知らぬ小さな子供のいる家族連れに声を掛けて一緒に手持ち花火を楽しんだり。楽しい時間はあっという間に過ぎ、小学生のポン少年が睡魔で舟を漕ぎ始めたこともあったので、解散という運びになった。それぞれがお互いの連絡先を交換し合った。あかりもその場でSNSの相互フォローをし合い、今後はユウを介さなくても自分から直接やり取りができるようになった。すっかり寂しくなっていたLINEの友達欄にたくさんの名前が並ぶと、あかりの顔が自然とほころんだ。

「じゃあ俺はポンちゃんの親御さんに今日の報告もあるから、その間みんなを待たせるのもなんだし、この子だけ送っていくわ」

「はいな、顔見知りの面子は私のワゴンで落としていくから大丈夫」

「じゃあ俺はハニーを送る。お母さんが心配しているだろうし、お礼も兼ねて一度ちゃんと顔を見せて来るッス」

 ユウがあかりへの打診もなく皆にそう言っているのでぎょっとする。いくら悪い人ではないと思っていても、さすがに初見の人を自宅に案内するところまでは警戒心を解けなかった。

「あの、さっきの最寄駅まで送ってもらえたら、あとは一人で帰れますから大丈夫です」

 あかりは慌てて辞退したが、黒崎が間髪入れずにその意見を却下した。

「駅は帰りの客で混雑がすごいと思うし、何よりそんな可愛い浴衣姿の女の子が独り歩きなんて、こっちが危なっかしくて放り出せないよ。ユウに自宅を特定されるのが心配なら、お母さんに君の自宅の最寄り駅まで出て来てもらう、というのはどう?」

 こちらの本心をすっかり見抜かれている。ユウが気を悪くしたのではないかと思うと申し訳なくて、あかりは縮こまって肩をすくめた。

「そういう、わけでは」

 と言い掛けると、隣から苦笑が降って来る。

「俺も耕ちゃんも、東野圭吾の『さまよう刃』っていう小説を読んでから、女の子の独り歩きがすごいトラウマになっちゃってさあ。読んだことある?」

「ない、ですけど」

 あかりのそれに反応したのは、ユウに「耕ちゃん」と呼ばれた黒崎だった。

「主人公の娘が浴衣姿でお祭りから一人で帰るシーンがあるのだけど、そのとき未成年の男たちに拉致されて殺されてしまう、という下りがあってね。それがすごく生々しくて、どうにも二読目は無理なくらい」

「え……」

 黒崎の説明する声があまりにも重いのに加え、その内容が内容だったので、ぞわりと背筋に寒気が走った。帰りのことなど考えていなかったので、当たり前のように一人で帰るつもりでいた。

 あかりの表情があからさまに強張ったのだろう。ユウは少し申し訳なさそうに苦笑いを浮かべると、

「ね? 送るほうがこっちも安心するからさ。今日はお母さんの仕事がオフだって言っていただろ? 多分ハニーのことが気掛かりで連絡を待っていると思うんだ。連絡してみて?」

 そこまで言われると、あかりももう断れなかった。何よりも、帰り道がいきなり怖くなった。


 帰りの車中では、ユウが話していた小説のあらすじを聞かされて、下手な怪談よりも怖い想いをさせられたり、そうかと思えば黒崎との子供時代にやんちゃした思い出話で笑わされたりと、やはり感情の振れ幅の大きさに、いい意味でくたくたになった。

「――で、二人一緒に樹から落っこちて、もうカブトムシ採りどころじゃないっつう。なまじっかお互いに体育会系な頑丈ボディだったから、怪我一つなくてそのまま殴り合いの喧嘩続行。まだ一度も耕ちゃんには勝ててないんだよなあ。すっげえ悔しい」

「あははははっ、黒崎さんって、そんなに負けん気の強い人だったんですね。なんだかイメージが全然違う」

「あれ、猫かぶりだから。チビっ子がいるといいお兄さんキャラになるんだよな。おかげで弟も俺より耕ちゃんにばっか懐いてた」

「なんだか、黒崎さんとユウさんって、男兄弟みたいですね。ほかの人とよりもスキンシップが多かったから、てっきりお付き合いされているのかと思ってました」

 あかりは気になっていたことを、あくまでもさらりと軽い言い方で尋ねてみた。黒崎のおかげで若い男性に対する嫌悪感が薄れたから二人の関係が気になるのか、それとも自分の知らないユウがあることに寂しさを覚えているから気になっているのか、あかり自身でも解ってはいなかったけれど。

 会話を交わしている間ずっとゆるい笑みを浮かべていたユウの横顔から、一瞬だけその笑顔が消えた。

「はは、いまさらそれはないわー。弟と耕ちゃんと三人、小学生のころまで一緒に風呂入っていたくらい、家族みたいなものだもん。俺、中身が男だし」

 前を向いたままそう返すユウは、もう普通の笑顔に戻っていた。

「そうなんですか。でも、今どきの男子は強い女性にも憧れるというじゃないですか。ユウさんがそう思っているだけで、黒崎さんはまんざらでもないかも知れませんよ?」

 自分でもどうしてここまで食い下がるのか解らない。ただ、このモヤモヤとしたものを解消したくて、その方法がユウの答えにあるという確信だけがあかりを食い下がらせていた。

「ないない。耕ちゃんには同じサークルに彼女がいるもん。あ、もしかしてハニー、耕ちゃんのこと、ちょっといいな、とか思ってた?」

 ユウが少しくぐもった声でそう尋ねて来た。一瞬だけちらりとあかりの方へ瞳だけが移る。怯えたような窺う視線に、妙な安心感を覚えた。そんな自分に少なからず自己嫌悪を覚えた。

(やっぱり私、自分が一番じゃないユウさんを知って嫉妬しているんだわ。まるでお母さんとお父さんが仲良くしているのを見て拗ねる子供みたい)

 そんなものはさっさと吐き出して、過去形にしてしまえばいい。そう思ったあかりは笑い話のように

「違いますよう。黒崎さんは確かにいい人だけど、ユウさんとあんまりにも仲がいいから、末っ子の妹がお姉さんを恋人に取られたみたいな妬きもちだったんです、きっと。ユウさんの弟さんに怒られちゃいますね、僕の姉さんだー、って」

「あは、言われてみれば、実際の兄弟でもあるあるの話だね。そっかー、弟や妹って、そういう感覚を持つこともあるんだなあ」

 国道沿いに並ぶ道路照明灯が車内にまでわずかに光を射し込んで来る。その一筋がユウの頬を照らし、あかりの目に彼女が泣いているかのようなラインを見せた。

「こんな可愛げのない妹はウザいですよねー」

 ユウの横顔があかりを不安にさせて、そんな卑屈な言葉を吐き出させる。

「可愛い可愛い。大丈夫。少なくても俺の弟よりは格段に可愛い。アイツ、ちっとも俺に懐いてくれないまま全寮制の高校に行っちまって」

 それから話題は他愛のないほうへ流れていった。あかりはどこか消化不良のままだったが、少なくても素の自分でも嫌われることはなかったのだからと自分に言い聞かせ、笑顔を保つことに専念した。


 ユウの推測したとおり、紀代は柴田とのディナーデートを早々に切り上げてあかりの帰りを待っていた。

 自宅から徒歩五分ちょっとの場所に位置する最寄り駅のロータリーに車が滑り込むと、紀代はもう今日の運行がすべて終わったバス停であかりの姿を目で探していた。

「お母さん、ただいま。ありがとう」

 あかりが車から降りて紀代の許へ駆け寄ると、紀代は

「おかえりなさい。楽しんで来れたみたいね」

 とあかりの表情にほっとした笑みを浮かべた。それからあかりの後ろへと視線を移したので、釣られたあかりも後ろを振り返ってみれば、ユウがわざわざ車から降りて来てくれている。

「こんばんは。初めまして。古川優子と申します。今日はあかりさんをお預けくださってありがとうございました。これ、自分の友達みんなからの、ほんの気持ちです」

 いつの間に買っていたのか、ユウはそう言って、花火大会が開催された町の特産品の落花生が入った紙袋をあかりの紀代に差し出した。

「あらいやだ、却って申し訳ないわ、学生さんにそんな気を遣わせちゃって。娘がお世話になったくらいなのに」

「あかりさんの弁当、美味かったです。それにチビっ子もいたんですけど、自分たちは酒が入っているヤツもいたんで、あかりさんが面倒も見てくれて。楽しいオフ会になりました」

 それからユウが少しばかり今日の様子を紀代に報告し、長過ぎず短過ぎずの会話で紀代を安心させてくれた。そして意外にも驚いたのは、ユウが同じ高校の先輩だったことだ。

「うそ、ユウさん、うちの卒業生だったんですか」

「え? あかりちゃんが通っている高校、そこなの?」

「あらまあ、道理でこの辺りの地理にも詳しいと思ったら。お互いに知らないままお友達になっていたの?」

「あかりちゃん、学校の話はあまりしないんで」

 ユウが紀代に向けた合いの手にギクリとした。だが彼女は笑みを崩さず、ほんの少しだけ目を細めてあかりを見つめたあと、紀代のほうへ視線を戻して

「オフ会をするとは考えていなかったから、自分の発言から友達の個人情報まで漏れないよう考えてくれていたんですよ。高校生の割にはメディア・リテラシーあるなあ、って。だからウチの面子も安心してオフ会に呼べば、って言ってくれたんだと思います」

 辻褄の合う無難な回答に加え、また一つ紀代を安心させてくれる言葉まで添えてくれる。ニュースでネット虐めの報道を見ては何かと小言を言って来ていた紀代も、「そうなの。よかったー。このごろは」と親としての不安を文句に変えてユウと世間話を続けていた。

「じゃあ、優子さんも蔵木先生をご存知かしら? あかりの担任の先生なのよ」

「マジっすか。自分の在学当時、副担任だったんスよ」

「優子さんから見て、どういう先生だった? とても熱心な先生だとは思っているんだけど、大雑把と言うか、なんとなく頼りない気がしちゃって」

「んー……あのセンセ、鈍いからなあ。性善説っていうんスか? 生徒に悪い奴はいない前提で物事を見るから、こっちからSOSを出さないと気付かないところはありますね。ただでも、気付いてさえくれればメチャクチャ頼りになる先生です。自分は蔵木センセ、好きでしたよ」

 まずい方向へ話が流れている。ユウが口を滑らせることはないと思うが、紀代がまた余計な心配をするのではないかと焦ったあかりは慌てて差し出口を挟んだ。

「ちょっと、お母さん。いつまでも立ち話なんて、ユウさんはこれから運転して帰らなくちゃいけないのに悪いわよ」

「あ、いやだわ、私ったら。もう、いつもこうなんですよ、どっちが親で娘なんだか」

「あかりちゃん、しっかりしてますもんね。こちらこそ引き止めてすみません」

 どうにか話を締め括ってくれそうな流れになり、あかりはそっと胸を撫で下ろした。

「それじゃあ、今日は本当にありがとうございました。今回は花火だったので夜の外出になってご心配掛けましたけれど、今度は陽の高いうちに帰れるような企画に誘わせてもらいますね」

「何かとお気遣いありがとうね。このところ塞ぎがちだったのが、ユウさんと知り合ってからまた昔みたいに明るく笑ってくれるようになったのよ。こちらこそ、これからもあかりの子守をお願いしますね」

「お母さん、子守って」

「はい、喜んで!」

「ユウさんも、ひどい」

 笑って話を締め括り、紀代と二人で帰路に着くユウの後ろ姿を見送った。


 帰り道、久し振りに紀代と並んでのんびりと歩いた。

「ね、お母さん。ユウさんって、さばさばとしていて明るくて、素敵な人でしょう?」

「そうね、でも、ユウさんって、見た目は結構派手だけど、あれは自分のコンプレックスをカモフラージュする、一種の自衛策なのかも知れない、という印象を持ったなあ」

「コンプレックス?」

 ぽつりと漏らした紀代の感想が意外に思え、あかりは彼女へ視線を移した。

「そう。あのトレッキング・シューズ、かなり靴底が厚いし、恐らくシークレット・ブーツだと思うわ。ボーイッシュなスタイルも声に合わせて男装しているみたいに見えたし。男言葉も声を意識してのことじゃないかな。まあ、お母さんの思い込みかも知れないけれど、お母さんがさりげなく彼女の住まいを尋ねたりしたのも、人柄を探ろうとしているのだと解った上でちゃんと答えてくれた感じだし」

「すごい……どうしてそこまで解るの?」

「伊達に若い患者さんたちを看て来ているわけじゃないわ。普通の怪我じゃない理由から運ばれて来る人もいる。たとえば、虐めを苦に自殺しようとして失敗した人、とかね」

 紀代は「ユウさんは人の痛みを知っている人から、人の顔色を見るのが巧い」と断言した。

「そう言えば、“変な目で見られるから小心者になっちゃった”って言っていたわ。気心の知れた人が相手じゃないと何も言えない、って。だから、今日も私と実際に会うまで、本当は見た目に引かれるんじゃないかとビクビクしてた、って、言われた」

「そう。あかりも何かしらの事で彼女に助けられたんでしょうけど、彼女もあなたに助けられたのかも知れないわね」

 いい出会いでよかったね、と言われた。大切にしなさい、とも。

「気を許せる友達なんて、学生のうちにしか作れないわよ。それも、一人得られればいいほうなんだから」

「……うん。大切に、する」

 目の奥が熱くなる。紀代の述べたような発想はなかった。思い当たる節はないが、知らずに自分もユウに何かしらの恩返しができていたのなら、これ以上のことはない。ありのままの自分でいていいと言ってくれているようで、心地よい胸の痛みがあかりをまた少し涙ぐませた。

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