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10. 依存、若しくは

 方針がある程度固まると、柴田は「こうしちゃいられない」などと鼻息を荒くして玄関へ向かった。

「あ、俺ももう帰りますから、駅まで送りますよ」

 と慌ててユウが靴を履いて玄関の扉を開けて追い掛ける。

「ちょ、二人とも何を急いでいるのよ」

 それに釣られた格好であかりと紀代もサンダルを履き、大の男二人が少年のように段抜かしで階段を降りていく姿を見失うまいと小走りで階段を駆け下りた。

「今日の取材分をとっととまとめてしまわないとね! 明日朝イチからあかりちゃんの高校周辺の情報収集に取り掛かりたいから、じゃ!」

 という柴田の言葉の最後のほうは、もうほとんど聞こえなかった。ユウに返事をする時間すら惜しいという勢いで走り去ってしまった柴田に、あかりとユウは揃ってあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。

「まったく、相変わらずね。弱っている人を見るとイノシシなんだから。もっと自分の歳と体力を考えて欲しいものだわ」

 公団住宅のゲストパーキング前であかりやユウと共に柴田を見送った紀代が、溜息混じりで苦笑した。柴田の後ろ姿を見送る紀代の横顔は、今夜もあかりを少しドキリとさせる。

(二人きりの時間がなかったものね。ごめんね、お母さん)

 少し寂しげな、だけど信頼や愛情を漂わせる紀代の“女性”としての一面を見るたびに、いろんな想いが錯綜した。

 誰かに恋をする。それがどういう感覚なのか、まだあかりには解らない。

 安心した顔で柴田に言いたい放題をするときに見せる少女のような一面や、寂しげに柴田を見送る、今のような微笑、柴田と喧嘩をしたときには、まるで友達のようにあかりへ悩みを打ち明ける紀代の可愛らしさ。

 あかりはいつからか、そんな紀代を羨ましく思うようになっていた。

「ユウさんも遅くまでお付き合いありがとう。あかりのこと、よろしくお願いします」

 紀代はユウの方へ向き直り、深々と頭を下げた。あかりも慌ててそれに倣う。

「いえ、自分が勝手にお節介を焼いているだけですから」

 降って来たユウの声が、どこか冷ややかに感じられた。あかりがお辞儀の頭を上げて訝る視線をユウへ向けてみたが、そこにあるのはいつもと変わらない穏やかな彼の笑みだった。

「こちらこそありがとうございました。カムアウトしても引かないでくれた人は、親世代の人だと柴田さんとお母さんが初めてです。ちょっと将来に希望が持てました。これからも理解してくれる人との出会いはあるのかもしれない、って。本当にありがとうございました」

 紀代へ述べるユウの声は、聞き慣れた快活な明るい声。

(気のせい、かな)

 どこか違和感を拭い切れない気もしたが、それがなんなのか解らないので、あかりは半ば強引に頭の中からそれを追い出した。

「じゃ、先に部屋へ戻るわ。親抜きで話したいこともあるでしょうしね」

 紀代は若い二人にそう言い残すと、一足先に自宅へ戻ってしまった。


 公団住宅の正面入り口に面したゲスト・パーキングには、もうユウの車しか停まっていない。防犯を兼ねた外灯が煌々と駐車場一帯を照らしている。しかし残暑厳しい九月初旬の深夜ともなると、花火をしに出て来る子供たちやコンビニへちょっと買い出しに、といった住人も、もういない。

 無駄に明るい駐車場と物音一つしない静寂が、あかりに妙な居心地の悪さを感じさせた。

 なんとなく周囲をぐるりと見回していると、ユウのいる真正面からチャリ、と小さな音がした。はっとして音の方へ視線を戻すと、彼がコートのポケットから車のキーを取り出してロックを解除するところだった。

「じゃあ」

 抑揚のないかすれた声が別れの言葉を告げ、運転席のドアを開く。

「あ……」

 違和感が何か、やっと気が付いた。

(ユウさん、今日、いつから目を合わせなくなっていた……?)

 本当なら今日は、ユウのお勧めだというラーメン屋さんへ連れて行ってもらうはずだった。

 なのに、虐めの現場を目撃されたために、重い時間ばかりで終わってしまった。

 でも、ユウがそんな小さなことで怒る人ではないことぐらい、今のあかりは知っている。

(どうして? 私、ほかに何かした?)

 このまま別れてしまうのは、絶対によくない。

 なぜかそんな嫌な予感がして、ざわりと背筋が寒気を覚えた。

 あかりのそんな内心を知ってか知らずか、ユウはやはりあかりを見ないまま運転席に乗り込もうとしていた。

「あのッ」

 考えるよりも先に、手が勝手に伸びていた。

「ユウさん、私、今日はわがままが過ぎました。ごめんなさい」

 また失うのは、嫌だ。

 あかりはその一心で、ユウの怒っている理由がそこにあると思い、率直に謝罪を述べた。

「え? わがままって?」

 ユウが一瞬だけあかりの顔を見てそう言った。意外と言いたげな軽い驚きを感じさせる、少し大きく見開いた垂れ目に嘘は感じられない。だから、嫌われるほど怒らせたわけではないと感じられた。

「だって、いつもみたいに、目を見て話してくれないから」

 まだ間に合うという安堵感が、あかりに甘えた声を出させた。

「ユウさんを怒らせた理由が、それしか、思い当たらなくて。ユウさんが優しいのをいいことに、甘え過ぎました」

 ユウと目が合ったことで安心できたのは、一瞬だけで終わってしまった。

「あかりちゃんはわがままなんか言っていないし、別に怒ってもいないし。それに俺は、優しくなんか、ない」

 くぐもったユウの声が路面に落ちる。俯いたきりもう顔を上げる素振りもない。それでも、一度は開いた運転席のドアを閉めた。あかりは彼が逃げないでくれる厚意に縋り、今出せる精いっぱいの勇気を絞って率直に尋ねてみた。

「ユウさんは、優しいです。だって今、本当は怒っているでしょう? なのにそれを隠そうとしているから、私が何か不愉快な思いをさせたんだろうと思っています。何か気に障ることをしてしまったのなら、直します。だから、ちゃんと、教えて、ください」

 甘え過ぎたと謝ったばかりなのに、次第に語尾が震えて来る。

「私、虐めなんかに、負けませんから。そのことと、私がユウさんに不快な想いをさせたこととは、別のことです。だから、ユウさんが我慢しなくちゃ、とか、そういう気遣いは、必要、ないです」

 あかりは下を向いたきり自分を見ないユウが急に怖くなった。訳も解らないまま突然絶縁の意思を突き付けられて傷つくのは、京子のときだけでたくさんだ。

「だから、ユウさん」

 彼の反応を見るのが怖くて目を瞑る。尻込みする自分を抑えようと、両手をきつく握り締めて自分を奮い立たせた。

「黙って、嫌いに、ならないで、ください。ユウさんにまで、嫌われたら、私」

 あと一息だったのに、あかりはそこでとうとうしゃくり上げてしまった。

 聞こえるか聞こえないかというほど小さな、「え?」というかすれた声。真正面でユウの顔が上がる気配を感じた。それに動じたあかりは、ユウと入れ替わるように俯いた。怖くて目を開けられない。

「ごめ、ん、なさい。泣く、つもりじゃ、なかったんだ、けどなあ……」

 結んだ手を開き、慌てて手の甲で目許を拭う。俯いた先に、あかりに向かって伸びて来るユウの手が見えた。だが、その手が途中でぴたりと止まり、あかりの視界から再び消えた。その手の行方を追って顔を上げようとしたら、ぽすんと頭を軽く押さえられた。

「ごめん。そのまま、俺を見ないで。俺、あかりちゃんが思っているほど出来のいい“姉貴分”じゃないから。ちょっと今、余裕、ない」

 苦しげに呟かれた言葉。最後に吐き出された深い溜息があかりの髪を小さく揺らした。

「あ、の」

 頭の上に乗ったユウの手が、急にあかりをドキドキとさせた。やんわりとした手の温かさが、ユウの部屋で泣き言を吐き出したときに感じた抱擁の温もりを思い出させる。

「あかりちゃん、基本的には感受性が強いのに、変なところが鈍感だから」

「ど、鈍感、ですか……すみま、せん」

「謝ることないよ。それが悪いわけじゃないんだし」

「でも」

「確かに今すげえムカついているけれど、それは俺自身に対してだから、気にしないで」

「き、気にします」

 話を終わらせようとするユウに、このまま立ち去られる気配を感じた。

(それは、嫌だ)

 あかりは食い下がろうと頭を動かしたが、やはりグッと押さえつけられた。その手首を両手で掴む。必死の想いで握り締め、強く出られると拒めないユウの優しい気性に縋った。

「今の私は、ちゃんと知ってます。ユウさんはすぐ全部自分で抱え込んじゃう人だもの。私が何かヘマをしたんです。だけど今の私は弱っているから、自分が悪いということにして誤魔化そうとしているんです。ユウさん、優しいから、いつもそうやって私を甘やかす……それくらい、鈍い私だって、解るように、なりました」

 ちゃんと話してと繰り返す。親友だと思っていた京子を失ってから本来の自分まで見失い、ユウのおかげでやっと立ち直れて来たのに、また失くすのは耐えられない。

「……あんなに泣くほどの想いをしたのに、田所に会えちゃうんだ、とか」

 ぽつりと返された小さな言葉が、するどい刃のようにあかりの心に突き刺さった。

「俺があかりちゃんの立場なら、ツラ変えてやるくらいボコってやる、って勢いで赦せないんだけどなあ、とか」

 そんな独り言のような呟きを零しながら、ユウの空いた手が彼の手首を掴んでいるあかりの手を剥がす。

(今どきの、軽い子だ、って、失望されちゃった、ということ?)

 そう思い至った瞬間、バクンと心臓が撥ね上がった。痛みを感じ、手が勝手に心臓の辺りを押さえつける。

「自分のエゴで、あかりちゃんがトラウマをどうにかしようとしているのに邪魔をした。本当は、第三者じゃなく本人が心情に訴えて協力を仰ぐ方がいいに決まっているのに。俺がムカついているのは、自分のそういうところ。それだけ、だから」

 ごめんな、という声がとても悲しい音であかりの鼓膜を揺らした。あかりの頭を撫でた手が静かに引いてゆく。

「ホント、マジで、ごめん。ちょっと、キャパ・オーバー。あとのことは耕ちゃんに頼むから、少しだけ、自分を立て直す時間をちょうだい。必ず出来のいい“姉貴分”に戻るから」

 車のドアを開ける音がかすかに響く。シートに重みの掛かったときによく耳にする、革のこすれる鈍い音がした。

「待って!」

 焦りがあかりの顔を上げさせた。ユウがドアを閉めるよりも先に、そのドアと運転席の間に数歩駆け寄ってドアが閉まっていくのを強引に阻んだ。

「あぶな」

「私も、出来のいい妹じゃ、ありませんから! だからユウさんも、出来のいい姉貴分じゃなくても、いいんです。出来のいい姉貴分だからユウさんに拘っているわけじゃないんです。だから」

「勘弁してよ」

「!」

 あかりを見上げたユウの潤んだ瞳に言葉を呑み込まされた。彼が本心からそう言っているとよく解る瞳が、乞うように余裕のなさを訴える。

「あかりちゃん、今は自分のキツい状況で精いっぱいだろ? 俺の分まで抱え込ませたく、ないんだ」

 言われている意味が解らなかった。ただ一つだけ解るのは、無用な気遣いが嵩じてあかりの不本意な方へ彼の意識が向かっていること。

 あかりは開きっ放しのドアと運転席の間に留まり、その場へ膝をついてユウに目線を合わせた。

「ユウさん、私の分を背負ってくれたじゃ、ないですか。そんなの、アンフェアです。何かあるなら、私にも半分わけてください」

「だから……」

 それきりユウはまた顔を伏せてしまい、あかりを見なくなってしまった。

「ちゃんと、話してくれないと、ユウさんが私にしてくれたみたいに、私だってユウさんに寄り添えないじゃ、ないですか……そんなの、ズルいです」

 泣き言のような文句が漏れる。ユウはそれになんの反応も示さず、運転席に座ったままステアリングに頭を預け、時だけが無為に過ぎていった。


 あかりが痺れを切らして助手席に乗り込んでやろうと立ち上がったとき、ようやくユウが口を開いた。

「嫉妬」

「え……?」

「ストレートに好意を伝えられる田所に嫉妬。あかりちゃんから事情を聞いたときには、今思えば、田所への嫉妬は軽いものだったんだ。あかりちゃんが泣くほどヤツを拒絶していると思ったから」

 うな垂れた彼の頭を茫然と見下ろす。駐車場の外灯に照らされた黄金の髪が鈍く輝き、その輝きが小刻みに揺れる。彼が必死に何かを堪えるあまり震えているのだと気が付いた。

「でも、あのお母さんが田所を、かわいい、いい子だ、と言っていた。悪いヤツではないんだな、と思った。ホントに、素直に、単純に受け取る側の気持ちを考えられないガキだったっていうだけで、自分の気持ちをストレートにぶつけただけなんだよな。それは俺が絶対にできない芸当なわけで……だって俺、女だもん。いくら中身が野郎の思考や感情でも、傍から見れば中途半端に女で、戸籍や生物的には、女なんだもん……」

 嫉妬の内訳を理解できた気がした。ユウのそれは、自己嫌悪から来るもの、ということだ――多分。

(でも)

 ふと、思う。自分はユウからGIDのカミングアウトをされるまで、彼をどう受け止めていただろうか。

「私は、ユウさんのことを、男だとか女だとか、そういう区別ではなくて、人として、ユウさんがユウさんだから、好きですよ。だから、GIDであることがユウさんの人間性を損ねるものではない、と思ってます。偏見で見る人のそんなくだらない価値観のために、自分の気持ちを抑えてしまうとか、女性としてしか見てもらえないからと諦めてノーマルの人に嫉妬してしまうとか、そんな必要はない、と思います。だって、ユウさんの人柄を理解して好きだと感じている人にとって、そういう気持ちは、ユウさんを好きな人たちの想いを否定することになっちゃうじゃないですか」

 ユウにそう諭しながら、あかりは自分がとても傷ついているのを感じていた。経験から臆病になってしまう心情は理屈でなら解るつもりだ。だが、自分がユウに寄せる信頼まで疑われている気がして、それがとても悲しかった。

「私は、そのままのユウさんが、好きです。それじゃあダメなんですか?」

 彼が少しでも自分を肯定的に受け止めてくれることを願いながら、浅ましいと心の中で自嘲しつつ、「ありがとう」と笑って顔を上げてくれることを期待しながら、そして――。

(私が思う“好き”なんかでも、少しは自信になってくれると、いいんだけどな)

 だが、あかりのそんな淡い期待は、彼の「ふっ」という冷笑に砕かれた。

「解ってないな」

 ユウから小声ながらも鮮明に呟かれた言葉が、蒸し暑い残暑の夜にも関わらずあかりをぶるりと震わせた。腹の中に氷を詰められたような重い冷気が突然湧いたかと思うと、その冷たさが背筋へ、そして全身へと広がっていった。

「解って、ない、って」

 問い返したあかりに、彼はようやく顔を上げてまともに目を合わせ、そしてあかりを絶句させた。

「簡単に“好き”とか言うなよ。あかりちゃんの“好き”はライクでしかないだろ? 俺は普通じゃないんだろうけど、普通は“好き”にもいろんな種類があるんじゃないの?」

 冷ややかな笑みに知らず息を呑む。疲れた顔をしてモノを見るような目で見られたのは、初めてだ。

「……」

 ユウが何を言わんとしているのか、解ったようで解らない。ただ、彼にとっての地雷を踏んだのは確かだ。

「俺の“好き”は、多分、きっと、依存。あんまりよくないよね。共依存って人間をダメにする。俺、ダメな奴にはなりたくないし、あかりちゃんをダメな人間にさせたくないから。だから、今のは聞かなかったことにする」

 あかりは返す言葉が見つからず、彼の真意も解らないまま、ただ茫然と立ち尽くすばかりだった。抗う力を失った身体はやんわりとユウに押し退けられ、反駁するための舌も凍ったまま何の言葉も紡げない。

「似た境遇だから、きっと俺はあかりちゃんに依存しているだけだと思う。ほら、もしあかりちゃんに彼氏ができたら、やっぱその辺の配慮はしないとなあ、とか、普通に思うじゃん?」

「へ? 彼氏、なんて、いませんよ」

「今はね。でも、いつかは出来るでしょ。それがもしかしたら田所かもしれないし。ちゃんと話せば、憧れていたんだろ? 誤解が解ければまた好意に変わるかもしれないじゃん? 今の俺は、そういうまともな配慮ができる自信なんてないから、田所のやらかしたことを、それで赦せないだけだと思うんだ。でも、そんなの俺の都合でしかないから。少しだけ時間をもらえれば、また今まで通りのいい“姉貴分”に戻れているはずだから」

 あかりはユウの言葉を頭の中で何度も繰り返し、咀嚼しようと足掻いた。だが無情にもユウの車がエンジン音を響かせる。

「じゃあ、当面は連絡できないけれど、その内こっちから連絡する。今日はいろいろあり過ぎて疲れただろうし、ゆっくり休んでね。おやすみ」

 ユウはウィンドウを開けてかなり無理のある笑みを見せたかと思うと、逃げるように話を無理やり切り上げた。

「あ……待っ」

 あかりが何も言葉を返せないでいるうちに、ゆるりと車が前進した。あかりは公団住宅の敷地を出て塀の向こうへ消えていったユウの車を心細い想いで見送った。ユウの車のエキゾースト音が消えても、しばらくの間は彼の消えた方を見送っていた。

(依存……いい“姉貴分”……当面は、連絡できない……逢えない、の?)

 突然の嵐があかりを襲う。

 今日、いつから彼は自分を“ハニー”と呼ばなくなった?

 いつから無理やりな笑顔ばかりに変わった?

 いつから、そんな笑みすら彼から消えてしまった――?


 ――簡単に“好き”とか言うなよ。あかりちゃんの“好き”はライクでしかないだろ?


「あ……」

 やっと、彼の苦悩を理解した。聞いているこちらまで身を切るような、あの苦しげな声音がどんな想いから絞り出されたものなのか、それに対して自分の軽い“好き”という言葉が、どれだけ彼に刺さったか。

「ど、う、しよう……」

 気付いた途端、視界がぐにゃりと歪んだ。これ以上はもうないだろうと思えるほどに泣いた一日だったのに、あかりの目からは涸れることなくあとからあとから涙が溢れて来る。

 瞬時に湧いた感情の卑怯さ、醜さに吐き気すら覚え、あかりは額に掛かった前髪を思い切り掴んで吐き気を押し殺した――否、それは吐き気ではなく。

「う……っ……ひ……っく……」

 結局堪え切れず、無人の駐車場にあかりの嗚咽がかすかに響く。

「ど……し、よ……う……っく……ぇ……」

 もっと、ずっと、大切な想いをこめて告げるべき言葉だった。


 ――“好き”にもいろんな種類があるんじゃないの?


「私……」

 ユウのあれは、告白だったのだ。自分が強引に聞き出したに等しい形で、秘めていたかった彼に無理矢理告げさせた。

 気付いた瞬間湧いた感情に、自分の中にある醜さを見た。なぜならば湧いたその感情が――泣けるほどの嬉しさだったからだ。

 ユウはそれを恋ではなく、依存だと言った。告げられたと同時に、切り捨てられてしまった。

 理性が“そんなことを考えている場合ではない”と強くあかりを叱咤するが、止まらない感情が勝手に膨らんで溢れてしまう。

「……ヤだ……よ……ちゃんと、話を、聞いてよ……」

 あかりは立っていられなくなり、その場にうずくまった。膝を抱えて小さな子のように泣きじゃくる。

 ちゃんと自分も自覚をし、心をこめて紡ぐべき大切な言葉だった。

 すぐに「ライクなんかじゃない」と否定すべきだった。

 それができなかったのは、無自覚だったからというよりも、ユウの「依存」という言葉に引っ掛かり、自信を失くしたせいだ。

 自分のユウに対する想いは、信頼ではなかった。ユウが去ってしまった今ごろになって気付いても、もう遅い。

「え……、ふぇ……やだ、よ……逢え、ない、の……や……だ……ッ」

 真夜中の駐車場に、いつまでも泣きじゃくるあかり嗚咽が響く。外灯が冷たい光を放ち続けながらそんなあかりを見下ろしていた。

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