失踪
あたりは闇に包まれ、星すらも見えない。
アリシアは走っていた。
泥が跳ね返り、スカートに黒いシミを点々と作るのも気にせずひたすら走った。向かうはエルスの小屋、手に入れた事実をいち早く伝えたかった。
小屋が見える頃に息も切れ、スカートも汚れ湿っていた。しかしアリシアは勢いを緩めることなく、小屋のドアを叩き半ば強引に部屋へと入った。
「アリス?どうしたのこんな時間に…」
ちょうどシャワーから上がったのだろう。エルスの髪はしっとりと肌にはりつき、そして手にはミルクの入ったグラスを持っていた。
「エルス…落ち着いて、よく聞いてね…」
「え、えぇ…」
乱れた呼吸を整えながらも強い眼差しを向けるアリシアに、エルスはどうしていいのか分からずオロオロとしていた。
「グレッグが…いなくなった」
アリシアの言葉が放たれた瞬間、部屋にガラスの割れる音が響いた。エルスの持っていたグラスが、持ち主であるエルスの手の力が抜けたため床に落下し割れたのだ。
「エルス…」
アリシアがエルスの顔を覗き込む。エルスは表情を強張らせ瞳は少々揺らいでいた。
「ごめんなさい、名前を聞いて少し驚いたわ…」
エルスの声は震えていた。
グレッグ。
彼は共学の生徒であり、エルスの恋人だった。学内恋愛禁止という校則のなか二人は密かに付き合い続けていた。
そんな彼が失踪したと聞かされればこのような反応を示すのも無理はない。アリシアはかける言葉を見つけることが出来ず、沈黙が二人を包み込んだ。
「それで…」
先に沈黙を破ったのは、エルスの方だった。
「見つかりそうなの?」
エルスはゆっくりとしゃがみ込み、砕けたグラスの破片を拾い集めながら言葉を続けた。その様子は気を紛らわそうとしているように見えて、アリシアはまたしても言葉を失ってしまう。
「……アリス?大丈夫?」
破片を拾いながら問うエルスの声に、少々遅れながらもアリシアはようやく口を開いた。
「ごめん。なんの手がかりもなくて…」
「そっか」
破片を紙袋へと片付けたエルスは顔をあげ、微笑んだ。うっすらと、儚げに。
「わざわざ教えに来てくれてありがとう、しかもこんな時間に」
「エルス…」
「やだ、アリスったら!スカートに泥が…すぐ洗わないと…」
「エルス」
「どうしよう、とりあえずタオルを…」
「エルス‼︎」
アリシアは叫んだ。潤んだ瞳で必死に話を逸らそうとするエルスがあまりにも痛々しくて、見ていても辛かったのだ。
「あんたは…自分が思っている程強くはない。だから…」
そっと、アリシアはエルスを包み込んだ。夜道を走り火照った身体と、湯上りで少々冷たくなった身体とが密着する。
「強がらなくていいの。ここには私しかいないからさ…」
優しく包み込んでいた腕に力が篭る。エルスもそれに応えるようにアリシアの背に手をまわす。
「…うん、ありがとう」
軽く背を撫でながらエルスは呟くように言った。アリシアは頷くだけでなにも言わなかった。この時エルスは、アリシアの瞳からが零れていることに気づいていたがただ微笑を浮かべるだけで気づかぬふりをした。
「私ね、グレッグと少し前に別れたの」
心地の良い沈黙を、衝撃の事実が突き破った。
公開可能な情報
アリシア(アリス
女子寮の監督生
グレッグ
エルスの恋人。
共学の生徒。
エルス(本名不明
厄災、災いをその身に受け取り除き学園内の人々を守った天使の言い伝えから生まれた役割り。
学園内の象徴とも呼べる存在。
エルスは呼称であり本名ではない。
ミサの執り行い、聖堂の管理等の仕事がある。
エルスに選ばれた者は原則として小屋へと隔離される。
学寮
男子寮、女子寮のみ存在。
共学、男子校、女子校問わず性別のみで振り分けられる。
監督生は各一名のみ。
以上です。
これからどんどん公開していきます!