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靴下妖精は腹黒い

作者: 筐咲 月彦
掲載日:2011/12/28

 クリスマスとは。

 分かって頂きたい。父にとっては、一大イベントなのだ。

 勿論、それ以上にこ子供にとって大きいものなのだろうと思うし、恋人たちにとってのそれは、やはり一大イベントなのだろうけれど。

 それはそれとしてまず言いたいのは、父というものは、父らしく在りたいのだ。家族を護り、家族を支え、家族に恩恵をもたらす存在でありたい。しかしながら昨今の父親と言うものは、家族に尊敬されないことが往々にしてある。

 働く姿が見えないことが一因としてあるものの、それ以上に妻がまず感謝をしないことにある。それは共働き家庭が増えたこと、男性の軟弱化、年を追っての男女平等の浸透、などを総じて社会全体で女性の地位が向上したことにより、翻って働く父親が偉いというイメージが崩壊したということだ。亭主関白は、既に幻想だ。

 父親は、ただ働くだけでは父親たり得ない。家庭の中で“父親”をアピールしなければならないのだ。

 今がその時、クリスマスである。サンタクロースは、男なのだ。お父さんなのだ。

 いつかの時代にはそれすらも崩れ去る日が来るのかも知れないが、少なくとも今は、父親として我が子に……むしろ妻に、その姿を見せてやる日なのだ。

 なのだが。


「おめでとうございます」

「……」

「ねぇ。おめでとうございますってば」

「……」

「何回言わせる気ですか。おめでとうございます、ねぇ」

「……」

「帰っちゃいますよ、良いんですか?」

「……」

「もー、固まらないで下さいよ。妖精が出てきたくらいで」

 たった今。

 靴下から、顔を出している何か。

 ……顔を、出している。顔がある。人の顔が。

 が、人の顔にしては小さい。マッチ箱くらいか。人では無いが、人以外とも思いたくない。

 人以外だとしたら、選択肢は絞られる。それは全てが全て、口に出すこともはばかられる妄想の類だ。小人、幽霊、ホムンクルス、妖怪、妖精。

「ねぇ」

「……妖精?」

「お、良かったー。そうそう、妖精。虫とかじゃないですよ、さすがに」

「妖精……?」

「なんですか、文句あるんですか」

「……」

「また固まる~。もう、とりあえずガーッと説明しちゃいますよ?」

「……説明?」

「そうそう、説明。ここに出てきたのには意味がありましてね。というか、最初から言ってますけどね。おめでとうございます! あなたは選ばれました!!」

 選ばれた?

「えっとですね、選ばれたというと言うと違うんですが……今、靴下を出したじゃないですか。その靴下で、百足目なんです。凄いです、おめでとうございます!」

「ひゃくそく、め?」

「そう、百足。靴下が」

「はぁ?」

「なんですかそのリアクション、文句あるんですか」

 時々突っかかってくる。なにやら態度の悪い妖精だ。

 ……いや、だから妖精って!

「妖精!?」

「うぉ! なんですか急に!!」

「妖精って! こっちが聞きたいわ!」

 どこか切れていた部分が繋がったらしい。驚きが急に訪れた。

 でも、妖精が見えているんだから、その部分も実は切れたままなのかもしれない。

「なんですかって、こっちがなんですかだ! 妖精って、そんな馬鹿な!!」

「っさいボケェ」

 態度の悪い妖精である。

「いいからとりあえず聞いてください、ね?」

「いや、いやいや! だってありえないって、妖精ってそんな、えぇ!?」

 妖精って。

 心底、取り乱す。こんな姿、親にも親友にも妻にも見せたことは無い。

「聞いてくださいって」

「無理だって! 妖精なんて居ないだろ! なんだお前!!」

「妖精だってば」

「いや、妖精じゃない!」

「じゃあ何ですか?」

「例えばロボットとか新種の虫とか……あ、幻覚とか!」

「虫じゃないって言ったし、違いますよ。幻覚見るような心当たりあるんですか、薬とか寝不足とか病気とか?」

「してないけど……でもそうじゃなきゃ、よりにもよって妖精って! 32にもなって妖精なんて!!」

 そう、32だ。家庭もある大の男が。これが12歳ならまだしも。

 ――いや、いまどき12歳でも信じて居ないだろう。せいぜいが8歳まで。現在の我が子の年齢まで。

 サンタを信じるのも、これくらいの年齢までだ。きっと。

「でも、妖精は妖精ですから」

「妖精が居たら、幽霊も居るってか! 死んだ人に申し訳ないと思わないのか!?」

 自分でも訳の分からないことを言っていると思う。

「……幽霊は知らないですけど、妖精ですから」

「あ~もう、クリスマスだからなのか? こんな奇跡いらないっての!!」

「関係無いです。良いから聞いてください」

「消えろ幻覚!」

「幻覚じゃないです」

「消えろ幻覚!!」

「……幻覚じゃないです」

 うんざりしてきた口調で言う“自称、妖精”。うんざりは、こっちの方だ。

「幻覚じゃなくても良いから消えろよ!」

「無理です」

「あ~もう、なんだ、寝たら良いのか? あ、夢かこれ、目が覚めろ目が覚めろ!」

「……聞いてくださいって。ねぇ、もしもし?」

「目が覚めろ目が覚めろ目が覚めろ目が覚めろ目が覚めろ目が覚めろ!!」

「聞けってば、このアホンダラ!!」

「ひぃ!?」

 急に“自称、妖精”が語気を強めてきた。夢のくせに。

「なんだてめぇコノ、優しくしてりゃ良い気になりやがって。あ? 32? ガキじゃねぇか!!」

 語気を強めて、というか明らかにガラが悪くなっていた。これが本性なら、ますます妖精では無いと思うが。

「聞けって何べん言わせんだ、おぉ!? クリスマスがどうとか、どうでも良いっつうんだよ! 人間ごときが妖精さまに手間わずらわせんじゃねぇ!!」

「に、人間ごとき……?」

「そうだっ、人間に話しかけるなんざ、仕事じゃなきゃしねぇんだよ! こうやって疑ってかかりやがって妖精から離れていった人間を、なんでわざわざ一方的に助けるのか……そんなもん、同情だ! 下等な存在に対する施しに決まってんだろが!!」

「えぇ! 妖精ってそんななの!?」

 新事実。妖精について詳しくは無いが、妖精って、それでいいのだろうか?

 いや、いい。もういい。『こいつが妖精』というよりは『妖精がこいつ』と思おう。妖精ってのは、目の前のこいつみたいな存在なんだと、とりあえず納得しよう。

「黙れガキ!!」

「はいっ!」

「32なんざ妖精にとっちゃガキもガキだ! いいか、俺なんか276歳だからな!?」

「え、えぇ!?」

「黙れガキ! 声出すな!!」

「っ……!」

 命令を聞く筋合いだって無いが、とりあえずは黙っておく。

「はぁ、はぁ、はぁ……ったくよぉ、実際、給料が良いからってこんなもんなるんじゃ無かったぜ。制約が多くてよ~」

「……」

「てめぇ、子供は居るのか?」

「……」

 コクコク。頷いてみせる。

「分かるか? 寿命が長いってことは、子供が産まれる可能性が低い。自然の摂理だ」

「……」

「そんでもって、“子供”としての期間も長いんだ。百年以上養わなきゃいけねぇんだよ」

「……」

「二人目が、あと五十年だ。それでも、法律で決まってるってだけで、本来は産まれた瞬間から自我はあるんだ。反抗期は九十年……どう思うよコレ、キツイだろ、なぁ!?」

「……」

「いつまで黙ってんだ! なんか言え!!」

「い、いや、さっき黙れって……」

 理不尽な言い草だ。

 わがまま。自己中。

「あ~、それはまぁ、良いや。俺も言い過ぎた。ビジネスライクに行こうや」

「はぁ、そう言うなら」

「でも、タメ語は使うなよ。コロスぞ」

「……は、はい」

 いつのまにやら立場が完全に逆転しているらしく、口調からして僕が丁寧語を使う側になってしまった。

 こいつの言い分を信じた訳でも無いのだが、とりあえず納得、とりあえず黙っておく――の結果、この場に置いての上下関係が決定してしまったらしい。もともと反抗出来る性格でも無いので、今更何も言えないけれど。

「ふん、まぁ子供の話は良いや。んで、説明するぞ、聞け」

「はい……」

「異論は許さん。言葉を発するな。俺が良いと言うまでもう一度黙れ」

「……」

 またも理不尽な言い草。

 わがまま。自己中。更に言うなら、暴君か。

「よし。それでだな、お前が百足目の靴下を使うってことで、俺は来たわけだ」

「……」

「最近はなかなか物が増えたせいか、ちゃんと靴下を履き潰すやつも減ってな。ここ一年では六人目か。二十年前は百人単位で居たもんだが……まぁでも公務員だからな、楽でも給料同じだから良いんだけどよ」

 公務員なのか。

「ちなみにちゃんとルールもあってな。全部穴が開くまで履くこと、靴下のみで外を歩かない、一足につき50回以上履く……とかな。いまどき、そうそう達成できねぇよ。お前、かなり貧乏だったんだろ。なんにせよ百足目を履くにあたって、お祝いっつうか賞品っつうか、むしろ応募者全員サービス的なものか? 行為に対して賞品が勝ちすぎてるんじゃないかとも思うが、まぁ、情報として知らない状態で実行するのはかなり難しいことだからな。むしろ言うならば“ご褒美”ってことだ。なんでも願いを叶えてやろうってことになっててな」

「っ!! 何でも!?」

「あんっ!?」

「ひっ、ごめんなさい!!」

「ちっ、まぁ良いや。良いぜ、喋れよ。そのまま願いを言え」

「ね、願いって……?」

「なんでも、だよ。大金持ちにしてくれとか、家くれとか、5歳若返らせろとかな。あ~、あんた子供も居れば奥さんも居る訳だ? じゃあ、アイドルを不倫相手に見繕ってくれ、とかもアリだな」

 息を呑む。本当に、何でもじゃないか。

 もしかすると、妖精というのは人間界での法則に縛られない存在なのかもしれない。一円出すのも一億出すのも同じ、みたいな。

「あ、でもお前は俺を切れさせたからグレードダウンな。小金持ちとか、近所の巨乳のお姉さんがせいぜいだな」

 えぇ~。

「それを踏まえた上で願いを……あ~、そうだな、めんどくさいことから済ましちまうか。とりあえずこの靴下、履けよ」

「え?」

「履けって。それで権利が付くから」

「は?」

「履くんだろ?」

「いや、子供のクリスマス用の飾りっていうか……」

「ん?」

「プレゼント入れるために、クリスマスツリーに吊るすんですが」

 だって、クリスマスだもの。サンタさんだもの。父親ぶりたいもの。

「……」

「……」

「え~っと……」

「はぁ」

「……履けよっ!!」

「ひぃ!」

 妖精が切れた。

「履くだろ! 履くもんだろ、靴下ってもんはよぉ!?」

「ご、ごめんなさいっ」

「なんでだよ! 99回ちゃんと履き潰しておいて、なんで百足目でそれだよ!? 空気読めこのドアホウ!!」

「い、いや、知らなかったし……」

「っさいボケー!!」

「ぎゃーー!!」

 妖精が切れた。完全に。

「もういい! も~いい!! とにかく履けコノヤローー!!」

「え、うわ、うわわわわっ」

「履けぇーっ!!」

「ぎゃーーー!!」

 その光景は、喩えようもなかった。

 舞い飛ぶ、平和の象徴たる鳩か。降臨した幸福の天使か。青空と海に映える、白と黄色のグライダーか。

 ――などではなく、喩えようもなく、靴下が飛行しているだけだった。妖精の乗り込んだ靴下が僕の足を狙って低空を。無理やり履かされるなんて、子供の頃にはあったのかもしれないが、この歳になってそれは不思議と恐怖だ。得体の知れない生物に、足を喰らわれるかのような、そんな恐怖。

 まぁ、靴下なんだが。

「む、むりやり、履かされた……」

「ふぅ」

「私、汚されちゃった……」

「人聞きの悪いことを言うな。来ちゃった以上は無駄手間で帰るわけにはいかないから、ちゃっちゃと契約しただけだろが」

「け、契約?」

「おぅ、お役所仕事っつうか、一人ひとりに色んなカウンターがあってな。ランダムで一人百種類くらいなもんだけど……例えば牛乳パックを開いた回数とか、桜の花びらを食べた回数とかな。靴下の妖精だけじゃねぇんだよ」

「はぁ」

 随分と、妖精の世界も複雑なようだ。

「で、そのカウンターが回ってから願いの申請をする、と。逆にカウンターが回っても願いの申請が無いと、派遣された妖精の怠慢ってことになる。人間側の都合なら辞退も出来るが、書類申請が必要になるから勝手には出来ねぇし」

 ふん、と面倒そうに語る。

「さて、じゃあ靴下も履いたことだし、願い事を言ってもらおうか」

「はぁ。えっと、なんでもですよね?」

「あん!?」

「ひっ」

「てめぇ、結局のところ履かないはずだったんだぞ? てことは本来は貰えてなかったチャンスなんだぞ?」

「は、はい……」

 まぁ、確かにその通りなのだが。とはいえ、最初に“なんでも”とまで言われたのに。

「それが分かるなら、遠慮くらいするよなぁ?」

「で、でも」

「なぁ!?」

「ひっ! は、はい!!」

「ふん、分かれば良いんだよ。最初に切れさせた分も合わせたら、もうあれだ、極小の願いしか言えねぇよな。そりゃそうだ」

 くくく、と嬉しそうに笑う。

 話を聞けば、かなりお役所的なようだから、出る金は目の前に居る妖精には関わり無いはずだし、制限も無いだろうに。それなのに、人の幸せを邪魔して喜ぶ。きっとそういう性格なのだろう。

「え、えっと、じゃあ……妻への指輪とか」

「はぁ?」

「う~んと、え~、マッサージチェアが欲しいなって話してまして」

「ちっ」

「あ、そのぅ、テレビをそろそろ買い換えたいなって」

「あ?」

「いや……あ! 家族分の旅行券とか!!」

「で?」

「うぅ、そしたら食事券とかでも」

「……」

「リビングの机を新しいのに」

「……」

「包丁全部研いで欲しい、だったら?」

「……」

「え~っと、じゃあもう俺のおこづかい増やしてください!」

「……」

「二千円で良いですから」

「……」

「千五百円」

「……」

「千円?」

「……」

「は、八百円……」

「……はんっ」

「じゃあもう、何だったら良いんですか!? 物はもうダメですか!!」

 お金も物の内として、それ以外?

 肩を揉んでくれとでも言えば良いのか?

「そ、そうだ! クリスマスプレゼント!!」

 そうだ、息子に何か、金額的な価値は無くても記念になるようなことをしてあげられれば。

 とはいえ、この妖精が何をしてくれるのか。人のためになるようなことは、それこそ肩を揉めなんてことですら叶えてはくれなさそうだが。

 だがしかし、性格が悪かろうとも妖精だ。こいつになら簡単に出来て、特別な価値のあることだって……

「そうだ!!」

「?」

「もし良ければ、息子と会ってやってくれませんか?」

 そうだ、コレだ。コレしかない。この妖精も、人前に出るのは嫌がっていないようだし。

「無理」

「えぇ!?」

「無理っつうか、嫌」

「そんな!!」

「ぜっっったいに、嫌。俺、子供嫌いだもん」

「えぇ~……」

 “絶対”を強調するほどに、子供が嫌いな妖精。どれだけ妖精のイメージを壊せば気が済むんだか。

「だって、子供が嫌いだから靴下妖精なんてやってるようなところあるからよ。百足履き潰すなんて、子供は出来ないもんな」

「そうですか……いや、でも!」

 でも、ちょっとコレは引けない。

 きっと息子も喜ぶし、良い父親にもなれる。教育に良いかどうかは疑問符が付くが。

「ちょっと、ちょっとで良いんです! 姿見せるだけなら妖精さんの労力にもならないし、ウチの子供はまだ八歳だ、妖精を信じるはずです!!」

「関係ないね。子供は騒がしいから嫌いなんだよ」

「ちょっとだけ! っていうか、もう起こしてきますから! 向こうの部屋で妻と一緒に寝てるんです!!」

「待てよ! おい、コロスぞコノヤロウ!?」

「待ちません。実は殺せないんでしょう? あなたの性格からして、とうに殴りかかってきてもおかしくないのに、まだそうしていない。きっとこちらからも触れないけれど、あなたからも……」

 がしゅっ

「俺からも、なんだって?」

 腕を突き出した妖精のすぐそばで、ツリーの箱飾りが粉々に砕けている。箱飾りは発泡スチロールだったはずだから壊すのは簡単だが、そのことが余計に不安を抱かせる。力の上限が見えない。

 場合によっては、本当に。コロ。

「……スイマセンデシタ」

「分かればよろしい」

 ふっ、と腕全体に付いたスチロールの粉末を吹き飛ばす。

「ったくよぉ、分かれよな。人間より妖精のほうが高等な生物なんだよ。触るのも触らせねぇのも自由自在で、壁を抜けることも飛ぶことも出来るし、魔法も使えるんだから」

「はぁ、そうですか。そうですね」

 魔法、などと不穏当な単語も聞こえたが、そういうものとして聞き流すことにする。

「なんだ、もしかして小さいから見くびってんのか? サイズも変えられるんだぜ。今は靴下妖精として顕現しているから20センチも無いが、例えば樹の精霊とかになると人間と同じくらいのサイズになるとか、空の妖精とかも居るけどデカさだけで神様扱いされるみたいだしな」

「……神様も妖精ですか」

「おぅ、完全にイコールだ。まぁ流石にエリートっつうか、大御所の妖精じゃないと出来ないけどな」

「はぁ、さいですか」

 妖精だけで充分に許容量を超えるのに、神様ときた。

 聞き流したいところだが、つまりはこいつにしても神様と同じレベルの奇跡を行使出来るということか。

「それはともかく、改めて願いを聞こうか。さっさと済まそうぜ」

「えっと、はい。じゃあ大金持ちに……」

「なんでだよ!! なんで戻るんだよ!?」

「い、いやだって、神様と同じって聞いたら惜しくなってきちゃって」

「コロスぞ」

「はい……」

 色々と、失敗したなぁ。

「じゃあもう魔法を見せてください、俺の記念になるように。それで息子のプレゼントになるようなものを出してください!」

「ん~、それ、なんだかんだで欲張ってねぇか?」

「い、いえいえ! プレゼントはホントに何でも良いんです、私自身も用意していますから。魔法でしか出せないようなものを、何でも良いから出してもらえたらそれだけで充分ですから!!」

「……ふん、まぁ良いか」

 やっと納得してもらえた。考えてみれば願いを叶えて貰う立場でこんなに譲歩しなくちゃいけないものだろうか? まぁ、面倒なのでこれ以上は言わないが。

「さてと、じゃ、どうしようかね」

「あ、あの~、何でも良いとは言いつつも、出来れば何か子供の喜ぶものを……」

「黙れ」

「はい」

「いやさぁ、お前が息子に『妖精に貰ったんだ』なんて言ったら確実に父親としての信頼を失墜させられるものを考えているんだが、なかなか思いつかなくてな~」

「そ、そんな!」

「黙れ」

「はい……」

 ニヤニヤしながら考えている妖精。何に決められてしまうのか。

 まあ妖精に言ったとおりプレゼントは既に用意してあるから、下手なものだったら入れ替えれば良いだけの話だ。

 ちら、と息子と妻の眠る方向を眺めやる。だいじょうぶ、父はしっかりとこのツリーにプレゼントを用意しておくからな!

「よし、決めた!」

「え、ちなみに何に」

「いやはや、これなら喜ぶこと間違い無し!」

「だ、だから何を」

「必要なものだし使えるし便利だし、いやー素晴らしいものを思いついたなぁ!」

「あ、あの」

 いや、絶対に素晴らしいものなどでは無い。

 妖精の顔が、それはもうニヤニヤと……

「ちょ、ちょっと、ダメですよ、何ですか何をプレゼントにするつもりですか止めてくださいよちょっと!!」

「うるさい眠れ~~~!!」

「!?」

 言葉と共に急激に襲ってきた眠気。

 ぐらり。

 クリスマスツリーが目の前に迫る。

 そこに吊るされた靴下。その中で大笑いする妖精が、最後に見たものだった。


 ……

 ……

 ……


「ん、う」

 浮上。

「あ、あれ?」

 一時停止していた動画を再生したような。

「えと……うん、ベッドだ」

 確実に記憶は妖精の大笑いで途切れているのに、その時の服装とは違いちゃんとパジャマを着てベッドにも入っている。場所も違えば服装も違う、ならば疑うべきは記憶の方か。

「ゆ、め?」

 夢、だったのだろうか?それにしては言葉も感情も、記憶がはっきりしすぎている。

 と、髪に違和感を覚え、手を当てる。

 そこにあったのは。

「……枝? ……クリスマスツリーの?」

 モミの樹の枝が一房。櫛か何かのように髪に絡み付いていた。

 と、いうことは。

「うわーーーん!!」

 悲鳴が、耳に届いた。

「ヤスヒロ!!」

 息子の名である。

 寝室の扉を開けたらすぐにリビングだ。そこに飛び出すと。

 ――我が子が、泣いていた。

「うあーーーん!!」

 泣きじゃくっていた。

「ど、どうしたヤスヒロ!?」

「パパぁ……サンタさんが、プレゼントがぁ」

「プレゼ……!?」

 ――それは、部屋に入ったときから、目には入っていたのだ。息子がそれを前にして泣いていることも、おそらくは認識していた。

 が、しかし。

 それがなんなのかという理解がされていなかった為に、無いものとして知覚されていたらしい。改めて確認して初めて、振り向いてやっと、驚いた。

 それは……靴下。

 我が子と同じくらいのサイズの。

「なんだコレ!?」

 そこに妻もやってきた。息子は、プレゼントが楽しみで、一人だけ先に起き出して来たらしい。

「……なぁに、どうしたの?」

「ママぁ」

「!! 何よソレ!?」

「パパが昨日、この中にプレゼントが入ってるよって言ってた靴下が大きくなって……それで中には」

 息子が横にどいて、僕ら夫婦から、その巨大靴下の中身が見える。

「これが入ってて」

「「……く、靴下?」」

「うん」

 靴下。

 靴下の中に、靴下。

 靴下の中の靴下の下にも、靴下。

 靴下。靴下。くつした。クツシタ。靴下。

 掘っても靴下。まだまだ靴下。もういっちょ靴下。

「なんだコレ、靴下がパンパンに詰まってるじゃないか……」

 1メートルくらいに巨大化した靴下の中に、これでもかというくらいに靴下が詰め込まれていた。

 ちなみに、入っていた靴下には、『靴下妖精御用達』などと書いてあり、羽根の生えたキャラクターがデフォルメされて刺繍されていた。多分、妖精なんだろう。

 ……あの野郎!!

(ちょ、ちょっとアナタ、これどういうことよ!?)

 小声で妻が俺を責め立てる。

(プレゼント、夜のうちに入れておくって言ったじゃない! ゲームソフト買ったんじゃなかったの!?)

(い、いや、その……)

(それともなに、これがプレゼント? あなたを信じた私が馬鹿だったわ! ヤスヒロ泣いてるじゃないの!!)

(いや、俺のせいじゃ……)

 くそう、あの妖精の最後の笑みはコレか! 俺が責められるところまで想像して靴下を詰め込みやがったか!

「!!」

 そうだ。確か、昨日はプレゼントを靴下に入れようとしたところで妖精を見つけたから、プレゼントは確かその辺に……あった!

「や、ヤスヒロ! プレゼント、こっちにあったぞ!!」

「え、ホント?」

 こっそりとツリーの裏にプレゼントを置いてから、息子を呼ぶ。

「ホントだ! 欲しかったやつだ!!」

「だ、だろ~? サンタさんがそんなのプレゼントにするわけ無いよ」

「え~、でもじゃあ、なんで靴下はココに入ってたの?」

「そ、それは、その~……じ、実は靴下はお父さんからのプレゼントだったんだ! ヤスヒロがこれからも元気良く走り回れるようにってね!」

 僕は、精一杯の笑顔を息子に向ける。

 こう誤魔化さざるを得ない。妖精が、などと言っても自分の失態を取り繕っているようにしか見えないだろう。

「そうだったんだ。良かった、サンタさんプレゼント忘れて無くて! お父さんも、ありが、と……う?」

 息子の表情が、要らない土産物を貰った時のソレになる。

「い、いやいや、はっはっは。これだけあればいくらでも外で遊べるぞ~?」

「……」

 僕のごまかし笑いに、妻の冷たい視線が浴びせられる。クリスマス、朝の外の気温はマイナスに近いだろうが、おそらくはコチラの方がキツい。

 ――父としての威厳は、ここに地に落ちたのだ。再び天に還ることは、おそらく、二度と無い。

 こんなクリスマスの奇跡は、要らなかった。

 きっと我が子は、今日を境にサンタクロースを信じなくなるだろう。是非とも、信じないで欲しい。

 妖精なんか居ない。

 僕は、昨日のことを生涯心に仕舞いこむことを決めたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 ちなみに、だが。

『靴下妖精御用達』の靴下は、丈夫で靴擦れも無く、保温性も通気性も抜群で、なおかつ伸縮性も凄くて子供でも大人でも履ける上に、脱臭効果まであるらしかった。間違うこと無き、魔法の品であるらしかった。

 ほんの少しだけ見直した。

 毎日その靴下を履いて馬車馬のように働きながら、そんな風に思うのだった。

クリスマスっぽくは、無い。全くもって。

あえて言うなら、父親の悲哀こそがテーマだから。

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