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「最強の女剣士は、魔法を知らなかった」死にかけた私を救ったのは、世界の理を書き換える男でした  作者: 慈架太子


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第3章:魔法と価値観の崩壊

村の復興は着々と進んでいたが、村人たちの家々は未だ疫病の穢れが残り、消毒と浄化の最中であった。アルスは広場の一角を指差し、マリアに不敵な笑みを向けた。


「マリア。今夜、俺たちが寝る場所も、食事も、全部アンタが作れ。これも修行だ。そして、村人全員が一度に浸かれるほどの巨大な『風呂』もだ。魔力で湯を沸かし、一晩中温度を保て。自分の休息と他者の安らぎを魔力で担保する。それができて初めて一人前だ」


「……私に宿の主から湯殿の番人まで兼ねろというのね。いいわ、望むところよ。旅の伴侶に不自由はさせないと言ったはずだわ」


マリアは深く息を吸い、拡張されたばかりの魔力回路を全開にした。全身を巡る蒼き魔力が、彼女の意志に従って周囲の湿気を凝縮させていく。


蒼氷の宮殿と、万人のための湯殿

「『アイス・コンストラクション・グランドパレス』!」


彼女の叫びと共に、地面から巨大な氷の柱が突き出した。

一、二、三……。正確な魔力制御により、氷はただの塊ではなく、緻密な建築物へと形を変えていく。

現れたのは、半透明で幻想的な輝きを放つ「自分たちのための避難用建屋」だ。公爵家の令嬢としての美意識が反映されたのか、その外観はどこか小宮殿のような気品を湛えている。


「……外気を遮断し、内部の温度を一定に保つ『熱遮断アイソレーション』の理を組み込んだわ。アルス、これで文句はないでしょう?」


マリアは建屋の内部に踏み込み、次々と調度品を錬成していった。

広々としたリビングには、氷でありながら滑らかな質感を持つ「氷のテーブル」と「椅子」。そして奥の寝室には、彼女自身とアルスのための「氷の寝台ベッド」が二つ。彼女はさらに集中を高め、氷の分子結合を極限まで操作した。

「『アイス・ソフトニング』……!」

カチカチだった氷の表面が、魔力の影響でまるで最高級の「マットレス」のような弾力を帯びる。氷の冷たさを感じさせない、不思議な温もりさえ宿る寝床だ。


だが、本番はここからだった。建屋に隣接するように、マリアは広大な敷地に「大浴場」を錬成し始めた。


「……集まりなさい、大気中の水よ。形を成し、安らぎの器となりなさい!」


広場の半分を占めるほどの巨大な「氷の浴槽」が、透き通った蒼い輝きを放ちながら完成していく。底には滑り止めの細工を施し、縁には年寄りや子供が掴まりやすいよう、滑らかな氷の取っ手を彫り込んだ。


「『ボイル』……! 沸きなさい、命の源!」


彼女が浴槽の底に掌をかざすと、膨大な魔力が「熱」へと変換され、満たされた水が音を立てて沸き立った。ただ沸かすのではない。魔力を一定の間隔で放出し続けることで、外気に晒されても温度が下がらない「恒温」の理を組み込んだのだ。


聖夜の晩餐、器に宿る技

「次は食事ね……。アルス、貴殿の口に合うか分からないけれど、覚悟しなさい」


マリアは、アルスのアイテムボックスから預かった食材を、自ら錬成した「氷の寸胴鍋」に放り込んだ。

底部に「ボイル」の魔力を固定し、対流を起こして具材を躍らせる。魔力の微調整により、肉はホロリと解けるまで柔らかく、野菜は甘みを最大限に引き出す。


だが、彼女の「高貴なこだわり」が最も発揮されたのは、仕上げの「器」だった。


「子供たち、こちらへ来なさい。貴方たちの分も、今作ってあげるわ」


集まってきた村の子供たちの前で、マリアは両手を広げた。

キラキラと輝く氷の粒子が舞い、形を成していく。

出来上がったのは、雪の結晶が精密に刻まれた「氷のスープ皿」と、持ち手に小さな花のレリーフが施された「氷のカトラリー」だ。


「わあ……! 宝石みたい!」

「お姉ちゃん、これ、氷なの? 触っても溶けないよ!」


子供たちが目を輝かせ、マリアの作った器を大切そうに両手で包み込む。

その光景を見て、マリアの胸に温かな感情が込み上げた。剣を振るい、敵を倒すことでしか得られなかった「強さ」の証明。それが今、この小さな器一つで、子供たちの笑顔という形で目の前に現れている。


「……食べなさい。これは、明日を生きるための光よ」


マリアは優雅な所作でスープを注ぎ分けた。

自分たちのための建屋、村人たちのための大浴場、そして命を繋ぐ食事。

マリアの最大魔力量は、この一夜の「献身」を通じて、さらなる高みへと到達していた。彼女は知ったのだ。剣で敵を討つことと同じくらい、あるいはそれ以上に、魔力で安らぎを創り出すことが、どれほどの「強さ」を必要とするかを。


アルスは、自分が作った氷の椅子に深く腰掛け、マリアが供したスープを一口啜った。

「……悪くない。魔力の味も、塩加減もな。合格だ、マリア。その魔力、今なら剣にも馴染むはずだぜ」


「当然よ、アルス。私はマリア……。貴殿の弟子であり、いずれ貴殿を超える者なのだから」


蒼白い氷の宮殿が、夜の闇に浮かび上がる。

それは、かつて廃都で絶望した一人の女剣士が、真の意味で「守護者」へと覚醒した証であった。





村を包んでいた夜霧が、朝日の光に透き通る頃。昨夜の膨大な魔力行使を経て、マリアの体にはかつてない変化が起きていた。彼女の肌は陶器のように滑らかでありながら、内側から溢れ出す魔力の脈動により、鋼のような強靭さを秘めている。


アルスは、氷の宮殿のテラスで目覚めたばかりのマリアを呼び止め、その眼前に立った。


「マリア。昨夜の『創造』で、アンタの魔力制御は一気に極まった。次はそれを自分自身の肉体に流し込む。アンタがずっと悩んでいた『速度』『質量』『パワー』……そのすべてを解決する鍵だ」


アルスは彼女の肩と背中に軽く手を触れ、直接魔力を流し込んでその「経路」を指し示した。


「いいか、まずはこれだ。魔力による神経系の超加速――『アクセル(身体強化)』」


マリアがその回路を意識した瞬間、世界がスローモーションに変わった。

風に舞う木の葉が空中で止まっているかのように見え、アルスの瞬きさえもが悠久の時間をかけて行われているように感じる。


「これが……アクセル。思考が、体が、世界を追い越していく……!」


「そうだ。そして次に、水属性の柔軟性と密度を筋肉に直接作用させる――『マッスル(筋肉強化)』だ。アンタのしなやかな筋肉を、一瞬で重戦車並みの硬度と出力に引き上げる」


マリアの細い腕が、魔力を帯びて微かに発光した。彼女が軽く地面を蹴るだけで、氷の床に亀裂が走り、彼女の体は弾丸のように前方へと突き進む。速度とパワー。これまで二律背反だと思っていた二つの要素が、魔力という触媒によって一つの「爆発」へと統合されたのだ。


「そして最後だ。これが一番重要かもしれない。戦場での自己完結能力を高める――『ウォーターヒール』」


アルスが教えたのは、単なる治癒魔法ではなかった。体内の水分を媒介にし、魔力で細胞の活性化を強制的に促す。傷口は瞬時に塞がり、激しい運動で蓄積された疲労物質を洗い流す。


「これがあれば、アンタは止まらない。斬られても治り、疲れを知らず、誰よりも速く、誰よりも重い一撃を放ち続ける。それが、俺が整理した水属性による『身体介入』の真髄だ」


マリアは、自分の体の中で渦巻く、暴力的なまでの全能感に酔いしれそうになった。

だが、彼女はすぐにその感覚を制した。高貴なる剣士としての理性。アルスの弟子としての誇り。


「……アクセルで捉え、マッスルで粉砕し、ヒールで永劫に戦う。ふふ、貴殿は私を、ただの騎士から戦場の魔神へと作り変えるつもりかしら」


マリアは不敵に微笑み、腰の剣をゆっくりと引き抜いた。

その刀身には、既に無意識のうちに薄い水の膜――高圧の水刃が纏わりついている。


「アルス。これなら、あの廃都の三千の死霊も、今度は一人で塵にできるわ。私に、その『出力』の調整を教えなさい。この力が暴走して、世界を壊してしまわないようにね」


マリアンヌ、二十三歳。

彼女は今、物理法則という枷を脱ぎ捨て、神話の英雄にすら肩を並べる力を手にした。アルスという「理の外側」に立つ男を、唯一の道標として。




朝の光が氷の宮殿を透過し、プリズムのような輝きが床に散っている。村人たちが昨夜の温かな余韻に浸りながら目覚め始める中、テラスに立つアルスは、マリアにさらなる「感覚の拡張」を説いていた。


「アクセルで速さを得て、マッスルで力を得た。だが、マリア。それだけじゃ、まだ『盲目の怪物』と同じだ。本当の強さってのは、戦場にあるすべての情報を、呼吸するように掌握することから始まる」


アルスは目を閉じ、右手を水平に掲げた。

「『水属性索敵魔法――サーチ』」


彼の掌から、目に見えぬほど微細な魔力の波紋が放たれた。それは空気中の湿気を媒介にし、同心円状に広がり、村の全域、そしてその先の深い森へと染み渡っていく。


「……北西の森、三キロ地点。小鹿が二頭、草を食んでいる。村の入り口には、昨夜のスープの残りに群がる野良犬が三匹。そして――」


アルスはニヤリと笑い、背後を振り返らずにマリアの心臓の位置を指差した。


「アンタの心拍数は一分間に六十八。右肩の古傷が、朝の冷気でわずかに疼いているな。……全部、水が教えてくれる」


マリアは息を呑んだ。

彼女がこれまで培ってきた「戦士の勘」は、目で見、耳で聞き、殺気を感じるものだった。だが、アルスの提示した「サーチ」は、それらすべての感覚を凌駕し、世界をデジタルな図面のように透視する神の視点に近い。


「水はどこにでもある。空気中、土の中、そして生き物の体内。そのすべてと自分の魔力を共鳴させろ。アンタの意識を、この大気全体に溶け込ませるイメージだ」


アルスはマリアの額に軽く指を触れ、その情報の「受け取り方」を転送した。


「……っ!!」


マリアの脳内に、爆発的な情報の濁流が流れ込んだ。

最初はただの雑音だった。風の鳴る音、虫の羽ばたき、村人たちの寝息。だが、アルスの導きに従って魔力を整えると、それらは秩序ある「座標」へと変わっていった。


(見える……。いや、感じるわ。村の境界線を越えて、森の奥深く、地中を這うミミズの動きさえも!)


彼女の意識は、肉体という檻を突き抜け、数キロ先まで拡張されていた。

これまでは「速度の速い敵」に翻弄されていたマリア。だが、このサーチがあれば、敵が動く予兆――筋肉の収縮や体液の移動――を、動く数秒前に察知できる。


「これが……水の理。すべてを繋ぎ、すべてを暴く力……」


「そうだ。アクセル(加速)とサーチ(索敵)を組み合わせれば、アンタに不意打ちは通用しなくなる。敵がどれほど速かろうが、アンタの認識の中では止まっているも同然だ」


マリアは愛剣の柄に手をかけた。

身体強化による圧倒的なスペック。そして、この万物を見透かす索敵能力。

廃都で感じた「届かない」という絶望が、今は遠い昔の出来事のように感じられた。


「アルス。貴殿は、私をどこまで高めるつもり? 私は……もう、以前の私には戻れないわ」


高圧的な口調は変わらない。だが、その裏側には、未知の領域へと連れ出してくれる師への、深い信頼と敬意が溢れていた。


「戻る必要なんてないさ。マリア、アンタはこれから、公爵家の女騎士としてではなく、この世界の『守護者』の一人として歩むんだ。……さあ、サーチを維持したまま、俺の動きを追ってみろ」


アルスの姿が、かき消えるようにその場から消えた。

だが、マリアは動じない。彼女の意識の網には、アルスの移動によって乱された空気の水分、そして彼の体内の水が放つ強烈な魔力の波動が、鮮明な軌跡として描かれていた。


「……そこね、アルス!」


マリアは目を開けることなく、背後の空間へと鋭い一突きを放った。

空気を切り裂く水の刃。それは、かつての彼女が夢見た「完全なる一撃」へと、確実に近づいていた。





村の広場に、凍てつくような冷気と、肌を焼くような熱気が交互に渦巻いていた。マリアは愛剣を抜き放ち、その白銀の刀身を凝視している。魔力操作、身体強化、そして索敵。これまでの過酷な反復訓練により、彼女の体内には大海の如き膨大な魔力が澱みなく巡っていた。


アルスは彼女の正面に立ち、その鋭い視線でマリアの剣を射抜いた。


「仕上げだ、マリア。身体を強化し、敵を察知しても、肝心の『剣』がただの鉄の塊じゃ、神話級の怪物や概念存在には届かない。今こそ、その剣に水の理を刻み込め。……『水属性エンチャント』だ」


アルスが指先でマリアの剣の鍔に触れる。その瞬間、刀身に四つの異なる魔力の波動が奔った。


四常の理:水・氷・熱・気

「いいか、水属性のエンチャントは一つじゃない。状況に応じて、刃の『性質』そのものを書き換えろ」


アルスの声に合わせて、マリアは魔力を練り上げる。


まず、刀身が清冽な水の膜に覆われた。

「それが基本の『水』だ。刃に超高圧の流水を纏わせろ。摩擦をゼロにし、あらゆる装甲を水圧で削り取る。受け流すことすら許さない『断絶』の刃だ」


次に、マリアが魔力から「熱」を奪う。

「『氷』。刃を絶対零度の結晶で包め。斬った箇所から敵の細胞を凍結させ、壊死させる。さらに、氷の硬度を刃に上乗せすれば、アンタの剣はどんな名剣をも粉砕する重質量兵器に変わる」


間髪入れず、マリアは今度は逆に「熱」を爆発的に注ぎ込んだ。

「『熱湯』。刀身を沸騰する水霊で包み込め。斬撃と同時に高熱の飛沫を撒き散らし、敵の内部を焼き上げる。そして、その究極が……」


アルスが合図を送る。マリアは全魔力を一点に集中させ、剣の周囲の水分を一気に気化させた。

「『蒸気』だ。刃の周囲に超高圧の蒸気を纏わせ、着弾の瞬間にそれを解放しろ。斬撃に『爆発』の推進力を加えるんだ。アンタの腕力では届かなかった『質量』の壁を、この圧力でブチ抜く」


覚醒する魔剣士

マリアは、自分の剣が四つの顔を持つ神の道具へと変貌していく感覚に、鳥肌が立つのを感じた。かつて廃都で、切っても切っても再生する死霊に絶望したあの夜。もし、この「氷」の刃で凍てつかせていれば。もし、この「蒸気」の爆圧で核を吹き飛ばしていれば。


「……信じられない。私の剣が、これほどまでに『歌って』いるなんて」


マリアは高圧的な口調を忘れ、子供のように瞳を輝かせた。

彼女は「アクセル」で加速し、「サーチ」で敵の喉元を捉え、そして今、「エンチャント」を施した刃を振り下ろした。


ガァァァァン!!


広場に置かれた、魔力耐性を持つ巨大な試練岩が、音を立てて両断された。切り口は「水」で磨かれ、「氷」で凍てつき、「熱湯」で焼け爛れ、「蒸気」で爆ぜていた。


「……やったわ。アルス、私、届いたわ!」


「ああ、届いたな。だが、浮かれるなよマリア。これはまだ、アンタが自分自身の力で掴み取った『入り口』に過ぎない。これからは、戦いの中でこの四つの属性を瞬時に切り替え、最適解を叩き出すんだ」


アルスは満足げに腕を組み、かつての絶望から這い上がり、今や「水の聖女」にして「戦場の魔神」へと変貌を遂げたマリアを見つめた。


マリアは剣を美しく一閃させ、鞘に収めた。その動作には、公爵家の令嬢としての品性と、理の外側を知る者としての底知れぬ強さが同居していた。


「アルス、貴殿には感謝してもしきれないわ。……でも、勘違いしないで。私は貴殿の影に隠れるつもりはない。いつか、貴殿が私を頼らざるを得ないような、そんな『最強』になってみせるから」


「ははっ、期待してるぜ。……さて、それじゃあ出発だ。この村を襲った疫病の『元凶』が、森の奥でアンタの新しい剣を待ってるぜ」


二人は、朝日を背に受けて歩き出した。

マリアの腰にある剣は、もはやただの武器ではない。それは、絶望を希望に変え、死を生命へと繋ぎ直す、蒼き真理の象徴であった。





村の境界線、朝霧が立ち込める湿地帯。マリアは、アルスから授けられた「水属性」の真髄を、さらに一段階上の領域へと引き上げるための最終試練に臨んでいた。


「マリア、アンタの剣技は確かに凄まじい。だが、一本の剣に拘泥するなと言ったはずだ。硬い外殻を持つ敵には打撃を、距離を詰める敵には長柄を、一撃で沈めるには重質量を。……いいか、今持っているその『剣』を、瞬時に別の『器』へと書き換えろ」


アルスは無造作に手をかざすと、空気中の水分を凝縮させ、一瞬で巨大な「氷のウォーハンマー」を形成し、横たわっていた大岩を粉砕してみせた。


「『アイス・ウェポン・スイッチ』。これが俺の教える、水属性魔剣士の最終戦術だ」


千変万化:氷の武装形態

マリアは深呼吸をし、拡張された魔力回路を全開にした。「アクセル」で思考を加速させ、周囲の水分を自らの意志という名の鋳型に流し込む。


「……やってみせるわ。私の剣は、もはや一つの形に縛られない!」


彼女が右手に込めた魔力が、青白く爆発した。


大剣グレートソード

「断ちなさい!」

手中の剣が、瞬時に身の丈を超える巨大な氷の刃へと膨れ上がる。蒸気のエンチャントを爆発させ、その重質量を音速で振り下ろす。岩をも一刀両断する破壊の化身。


メイス(打撃槌):

「砕けろ!」

大剣が霧散したかと思うと、次の瞬間には棘の付いた硬質な氷のメイスが握られている。マッスルで強化された腕力に加え、氷の質量を一点に集中させ、敵の装甲を内側から粉砕する。


ランス(長槍):

「貫け!」

近接戦から一転、マリアは数メートル先の標的を見据える。腕から伸びた氷が鋭利な円錐形のランスを形成。アクセルの突進力と合わせ、あらゆる防壁を穿つ一点突破の矛となる。


ハルバード(戦斧長槍):

「薙ぎ払いなさい!」

敵に囲まれたと想定し、武器を長柄のハルバードへとスイッチ。斧の破壊力、槍の刺突、そして鉤爪による引き倒し。水の流動性を活かした変幻自在の円舞が、周囲の空間を支配する。


グレイブ(薙刀):

「寄せ付けないわ!」

より速く、より広く。氷の刃をさらに薄く、鋭く研ぎ澄ませたグレイブ。ウォーターカッターの理を乗せたその刃は、触れるものすべてを音もなく切り裂く死の旋風。


ウォーハンマー(戦槌):

「これで……終わりよ!」

トドメの一撃。マリアは全魔力を上空に突き出し、数トンの重さを誇る氷のウォーハンマーを即座に生成。重力と魔力の圧力を乗せ、大地ごと敵を押し潰す。


概念の昇華:流れるような武装転換

「……はぁ、はぁ……っ! できたわ、アルス!」


マリアは、数秒の間に六つの武器を入れ替え、周囲の擬似標的をすべて破壊し尽くしていた。

大剣で受け流し、即座にメイスでカウンターを入れ、逃げる敵をランスで射抜く。それは、これまでの彼女の「剣士」としての常識を根底から覆す、あまりにも合理的で暴力的な「戦術」だった。


「いいぜ、マリア。そのスイッチの速度、もはや魔法というよりは、アンタの肉体の一部だな」


アルスは満足げに頷いた。


マリアは、最後に生成したウォーハンマーを霧へと戻し、再びいつもの白銀の剣を手に取った。だが、その佇まいは以前とは全く違う。

かつては「剣が届かない」ことに絶望していた。だが今は、届かないならランスを伸ばし、硬いならハンマーで砕き、速いならグレイブで絡め取ればいいと知っている。


「……アルス、貴殿という人は。私をどこまで『不遜』にすれば気が済むのかしら」


マリアは気品溢れる仕草で乱れた髪を払い、不敵に微笑んだ。

その瞳には、もはや迷いはない。二十三歳の若き公爵は、アルスという唯一無二の師を得て、古今無双の「万能の魔剣士」へと新生したのだ。


「さあ、行きましょう。私の新しい『玩具』たちが、本物の敵を求めて疼いているわ」


彼女が歩き出すたび、足元に薄い氷の紋章が刻まれる。

それは、絶望を力に変え、理を書き換えた、最強の女騎士の凱旋の足音だった。





村の夜気は、マリアが練り上げる魔力によって、しっとりと、そして重く変質していた。アルスは彼女の正面に立ち、これまでの破壊的な魔法とは一線を画す、静かで残酷な「制圧」の理を説き始めた。


「マリア。強さの究極は、力で叩き潰すことじゃない。相手の『生』の根源を、音もなく奪い去ることだ。……人間も魔物も、呼吸ができなきゃただの肉塊だ」


アルスは指先を微かに動かし、虚空に浮かぶ水球を操る。


「いいか、水属性の真髄は、敵の顔面を覆う『膜』にある。これを俺は『マスク・シリーズ』と呼んでいる。回避不能の窒息と、属性による追加ダメージを同時に与える、逃げ場のない監獄だ」


四常の仮面:生を拒絶する封印

マリアはアルスの導きに従い、索敵サーチで捉えた擬似的な標的の頭部へ、正確に魔力を指向させた。


ウォーターマスク(水の仮面):

「纏わりつきなさい!」

マリアが手をかざすと、標的の顔面を球状の厚い水の膜が完全に密閉した。バタバタと暴れる標的。水は粘り気を持ち、どれほど手で剥がそうとしても、液体の特性を活かして指の間から逃げ、再び鼻と口を塞ぐ。

「基本の窒息だ。物理的な手段では決して剥がせない。相手がもがけばもがくほど、肺の中の酸素は失われていく」


アイスマスク(氷の仮面):

「凍てつき、砕けなさい!」

ウォーターマスクを瞬時に凍結させる。もはや液体ではない、硬質の氷の檻。

「窒息に加え、顔面の組織を凍傷で破壊し、眼球や鼓膜を圧力で押し潰す。さらに、氷の重さで首の自由を奪う。沈黙を強いるための凍った処刑台だ」


ボイルマスク(熱湯の仮面):

「絶叫さえ許さないわ」

マリアの魔力が熱を帯び、標的の顔を覆う水が激しく沸騰する。

「沸騰する水が鼻や口から肺胞へと流れ込む。内部からの熱傷と窒息。外に逃げることもできず、ただ熱い水の中で溺れるという、筆舌に尽くしがたい苦痛を与える」


スチームマスク(蒸気の仮面):

「霧の中に消えなさい」

顔面を覆う水を、一気に高温・高圧の蒸気へと変貌させる。

「視界を奪い、粘膜を焼き、高圧の気体で肺を破裂させる。蒸気の膨張圧により、内側から頭蓋を揺さぶる一撃だ。一瞬で勝負を決める暗殺の理だ」


慈悲なき美貌、覚醒の果て

マリアは、自分の指先から放たれるこの「静かな死」の感覚に、微かな戦慄を覚えた。

かつての彼女は、正面から堂々と剣を交え、力で圧倒することこそが騎士の誉れだと信じていた。だが、廃都での絶望は、彼女からその甘い幻想を剥ぎ取った。


「……残酷ね、アルス。でも、合理的だわ。私の剣が届かぬ巨躯を持つ敵も、呼吸を止められれば、ただの大きな骸に過ぎない」


マリアは氷の建屋のテラスから、深い森を見つめた。

索敵サーチは、既に森の奥に潜む「何か」を捉えている。それは、単なる魔獣ではない。村を汚染し、人々の命を啜っていた、意志ある「悪意」だ。


「アルス。貴殿が教えてくれたこの『マスク』……。使う相手は、既に決まっているわ。村人たちを苦しめたあの元凶に、この絶望を味わわせてあげる」


彼女の横顔には、公爵としての品性と、魔神としての冷徹さが同居していた。二十三歳の若きマリアは、今や「破壊」と「制圧」の双方を完璧に使いこなす、理の外側の存在へと変貌を遂げた。


「いい面構えだ、マリア。その冷徹さが、戦場では何よりも強い武器になる」


アルスは満足げに頷き、彼女の隣に並んだ。


「さあ、出発だ。アンタの『新しい武器』と『死の仮面』。どっちが先にあの怪物を仕留めるか、見せてもらうぜ」


二人は、夜明け前の静寂を切り裂き、森の深淵へと足を踏み入れた。

マリアの足取りは軽く、しかしその背中には、数千のアンデッドを塵に帰すよりも恐ろしい、蒼き「窒息」の魔力が渦巻いていた。





朝の光が村を黄金色に染め、救われたばかりの村人たちが安堵の息をついている。その平和な景色の裏側で、マリアの意識は数キロ先の森の境界線へと張り巡らされていた。授けられたばかりの索敵魔法「サーチ」が、大気中の湿気を介して、異質な「敵意」を鮮明に捉えていた。


「……アルス、聞こえる? 北西の森、街道の裏道。武装した集団が接近中。数は……約三百。それも、ただの通行人ではないわ。殺気と、略奪の汚れた魔力が渦巻いている」


マリアはテラスの縁を握り、銀髪を微かに震わせた。公爵家を率いる者として、略奪を目的とした盗賊の集団がどのような惨劇をもたらすか、彼女は嫌というほど知っていた。


「盗賊の連合組織ね。村が疫病で弱ったところを狙って、残った財産と……生き残った女子供をさらいに来たんだわ。卑劣な」


マリアの報告を受けたアルスは、氷の椅子に深く腰掛けたまま、感情の欠片も見せない無機質な瞳を彼女に向けた。その口から漏れたのは、マリアの騎士道精神を根底から揺さぶる、あまりにも冷酷な「命令」だった。


「殲滅しろ、マリア。一人残らず、その命を絶て」


「……っ! 全員を、殺せと言うの? 三百人もの人間を?」


マリアの身体が、本能的な動揺で強張った。彼女は戦士だ。戦場で敵を討つことに躊躇いはない。だが、騎士として、そして高貴なる者としての誇りは、降伏を許さぬ一方的な虐殺を否定していた。


「捕らえて、法廷に引き渡すこともできるはずよ。私の権限を使えば、彼らを処罰することは可能だわ。なのに、なぜ……」


「甘いな、マリア」


アルスは立ち上がり、彼女の至近距離まで歩み寄った。その瞳には、救い主としての慈悲など微塵も残っていない。そこにあるのは、世界のことわりを冷徹に計算する、魔神の如き合理性だけだった。


「生かしておけば、奴らはまた別の場所で、別の村を襲う。牢から出れば、あるいは隙を見せれば、また新たな被害者が生まれる。その『次の犠牲者』を生み出すのは、今ここで奴らの息根を止めなかった者の責任だ。……とどめを刺さなかった手落ちは、その被害者を自分の手で殺したのも同然なんだよ」


「それは……あまりに、飛躍した論理だわ……!」


「いいか、俺は『正義の味方』じゃないと言ったはずだ。正義なんてのは、安全な場所で法を語る連中のための娯楽だ。俺が求めているのは『結果』だ。この村を、そして明日襲われるかもしれない誰かを守るという結果。そのためには、悪意の種を根絶やしにする。それが俺のやり方だ。……嫌なら、今すぐその剣を捨てて、お上品な公爵様に戻るがいい」


マリアは言葉を失い、アルスを見つめ返した。

目の前の男は、彼女を絶望から救い、神の如き力を授けてくれた恩人だ。だが今、その男は、彼女がこれまで信じてきた「正義」という名の美しい外套を、容赦なく踏みつけている。


(この人は、正義ではない。……秩序を守る者ですらないのだわ)


だが、マリアの脳裏に、先ほど笑顔でスープを飲んでいた村の子供たちの顔が浮かんだ。もし、自分がここで「騎士の誇り」を優先し、盗賊を撃退するに留めたら? 奴らが逃げ延び、夜陰に乗じて再びこの村を襲ったら? その時、子供たちの喉元に刃が突き立てられたなら、その責任は誰にあるのか。


アルスの言葉が、毒のように、しかし確かな真実として彼女の魂に浸透していく。

「……とどめを刺さなかった者が、被害者を殺したも同然……」


マリアは震える手で、愛剣の柄を強く握りしめた。

騎士道とは、法とは。それは「起きた後」に対処するためのものに過ぎない。アルスが説いているのは、惨劇そのものを、その可能性ごとこの世から消し去るための、地獄の如き献身だ。


「……承知したわ、アルス。貴殿の言う『責任』。私が、この手で引き受けましょう」


マリアの瞳から、迷いの色が消えた。代わりに宿ったのは、すべてを凍てつかせる極北の冷徹。彼女は身体強化「アクセル」を起動し、その姿を銀色の閃光へと変えた。


「マリアンヌ・ベル・公爵の名は、今日この森に捨てていくわ。……私は、貴殿の影。貴殿の望む『結果』を、この蒼き刃で刻んでみせる」


彼女は跳んだ。

森の奥、略奪の夢に酔う三百人の略奪者たちの元へ。

その手には「ウォーターカッター」が、そしてその意識には、一人残らず「窒息マスク」で沈めるための冷酷な計算が刻まれている。


森の入り口で、最初の盗賊が声を上げる暇もなく、その首筋を水の刃が撫でた。

叫びは「ウォーターマスク」によって水の底へと沈められ、銀の騎士は、音もなく、慈悲もなく、死の舞踏を開始した。


背後のテラスで、アルスは静かにその光景を見つめていた。

「……いい覚悟だ、マリア。それでこそ、俺の弟子だ」


森の中から、光の塵に変わることも許されぬ絶望の沈黙が、村へとゆっくりと広がっていった。

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