表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選ばれなかった未来は扉の向こうに<夢の終わりに桜は散るスピンオフ>  作者: りん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

2.




颯太と、夢を見送ってから、少し時間が経った。


「次会うときは来世で会いましょう」


その言葉が、あの日からずっと心に残っている。

ふとした瞬間に思い出して、胸の奥が、ほんの少しだけ痛む。



夢遷記録局の朝は、相変わらず同じ音で始まる。


窓の外では、薄い朝日がビルの隙間から差し込んでいた。

光は白く、冷たくて、まるでこの世界の空気そのものみたいだった。


「そうだ。三浦、俺実は記憶戻ったんだ」


ふいに隣の席から声がした。

篠原はいつもの調子で、ペンを回しながら言う。


「…え!そうだったのか」


驚きはした。

でも、心のどこかで「いつかは」と思っていた。


「ああ。…それで、近々転生するつもりだ」


「そっか。寂しくなるな」


「三浦、1年前くらいか。あの件があってから、あんまり転生のこととか、記憶のこととか話さなくなっただろ?」


「はは、ばれてたか」


「…俺は、お前が心から元気に生きていてくれればそれでいいと思ってる。無理すんなよ」


「ありがとう。篠原も、良い人生送れな」


「おう」




その日の午後、新しい客が現れた。


「三浦さん、お客様への案内お願いします」


「はーい」



ソファに姿勢よく座る女性は、若々しい見た目で、綺麗な人だった。

髪は整っているのに、指先だけが落ち着かなくて、膝の上で小さく動いている。


きょろきょろと周りを見渡し、不安そうに唇を噛んだ。


三浦はいつものように資料を棚から取り出し、にっこりと笑って話しかけた。


「初めまして。ここの職員の三浦です」


「…え」


女性は三浦の顔を見るなり、目を限界まで見開いた。

息が止まったような顔だった。


「…どうしましたか、な、何か顔についてますか」


「あ、あの、お名前」


「俺の名前は、三浦透です」


「…ああ、そうですか、いや、すみません。人違いでした」


「…とりあえず、失礼しますね」



加納沙耶と名乗るその女性は、静かな表情で説明を聞いていた。


「妙に静かなので。現実じゃない感じはしてました」


沈黙が落ちる。

だが、彼女は焦って言葉を探さなかった。


「じゃあ、私はもう、死んでるんですね」


淡々とした口調。

三浦は、誤魔化さずに答える。


「そうなります」


「そっか」


それ以上の動揺は見せなかった。


「怖くないんですか」


思わず、三浦が聞いた。

自分でも、なぜ聞いたのか分からなかった。


加納は少し考えてから言う。


「怖いですけど、受け入れるしかないですから」


「強いですね。うらやましいです」


「…そうですか」


彼女は笑わなかった。



「これから、どうなるんですか」


加納が聞いた。


「選択肢は2つあります。記憶を取り戻して、転生するか。この世界で生き続けるか」


「取り戻す…」


「ええ。転生には必要です」


「…三浦さんは、もう記憶を取り戻してるんですか?」


その質問に、三浦は一瞬だけ言葉を失う。


「…いえ、まだです」


「ごめんなさい、あんまりこういう話はしない方が良いんですか…?」


「全然大丈夫ですよ。隠してないので」



加納は立ち上がり、三浦を見る。


「ちゃんと知りたいです。この世界のことも、自分のことも」


「分かりました」


「また来てもいいですか?三浦さん、私の知り合いにとっても似ている人がいる気がして、心地いいです」


「もちろん、いつでも来てください」




それから、加納は夢遷記録局に通うようになった。


転生の手続きを急ぐでもなく、かといって目的を失っているわけでもない。

ただ、ゆっくりと毎日を過ごしていた。


記録局での仕事の合間、三浦は彼女に簡単な作業を頼むことがあった。

書類を運ぶ、保管箱の整理を手伝う、来訪者にお茶を出す。


「三浦さんは冷たいお茶の方が好きですか?」


「はい、俺は冷たいのでお願いします。加納さんはどっちが好きですか」


「体が冷えちゃうので温かい方が好きです」


「じゃ、これどうぞ」


「え、良いんですか」


「さっき何回も背伸びしたりあくびしたり、少しくらい体休めてください」


「ああ、ありがとうございます。えへへ」


そんな、どうでもいいやり取りを繰り返していた。



昼休みには、局の外の小さな公園に寄ることもあった。

ベンチに並んで座り、缶飲料を飲みながら、空を見る。


「私、この前あそこの遊園地に行ったんですよ。観覧車に乗って、とっても街がきれいで楽しかったんですよ」


「良いですね」


「三浦さんは、高いところとか好きですか?」


「実は、この世界に来たころから高いところはめっぽう苦手で」


「そうなんですか」


三浦が、高い場所を避けること。

展望台や、局の上階に用事があっても、別の職員に任せること。


そして、記憶の話題になると、必ず話を切り替えること。

加納は、気づいていた。



「三浦さんって」


ある日、加納が言った。


「自分のこと、あんまり話さないですよね」


三浦は一瞬、言葉に詰まったあと、笑った。


「職員ですから」


「それだけ?」


「…それだけ、にしておいてください」


加納は、それ以上踏み込まなかった。

問い詰めるよりも、今の距離を大切にしたかった。




ある日、加納は一人で街を歩いていた。


ビルの谷間に灯りが入り始める時間帯。

会社帰りらしい人々の流れの中で、ふと足が止まった。


ガラスに映る、オフィスの内装。

白い蛍光灯。

整然と並んだデスク。


胸の奥が、ちくりと痛んだ。


残業中のある日。

誰もいなくなったフロアで、背中越しに見る、誰かの姿。


黙って書類をまとめている。

疲れているのに、誰にも何も言わずに抱え込んで。



5年前、加納の前から、突然姿を消した。



加納は、その場に立ち尽くした。



生前、彼は1人で抱え込む人だった。

責任を背負い、誰にも弱音を吐かず、守る側に立ち続けていた。


そして今も、同じことをしている。

自分の痛みには目を向けず、他人の選択を尊重し、自分だけを後回しにして。


(…また、同じことを)


加納は分かっていた。

三浦がなぜ高いところが苦手なのか。


それは、彼が亡くなった原因にあるのだろうと分かっていた。

生前大好きだった観覧車に、今は乗れない理由。


そんな彼を目の前にして、何をしてあげられるのか。


加納は小さく息を吐き、もう一度だけガラスの向こうを見た。

そして、また歩き出した。




その日は、いつもより少し風が強かった。

公園の木々がざわめき、落ち葉が足元を転がっていく。


ベンチに並んで座り、缶のふたを開ける音だけが響く。


加納が、先に口を開いた。


「三浦さん」


「はい」


「私、生前の記憶が戻りました」


「お!そうだったんですか」


「大事があるんですが、良いですか」


「はい、何でしょうか?」


「私と三浦さん、生前は知り合いでした」


三浦は、驚いた様子を見せなかった。

ただ、わずかに瞬きをして、視線を落とす。


「気づいてましたよね?私の様子に。初めて会った時、めちゃくちゃ分かりやすい反応してましたし、私」


加納は、淡々と語った。



同じ部署ではなかった。

けれど、残業の時間帯がよく重なっていた。


夜のフロア。

人の気配が薄くなったオフィス。

蛍光灯の白い光と、キーボードの音だけが残る時間。


言葉少なに仕事をする背中を、何度も見た。

疲れているのに、誰にも何も言わず、ただ黙って抱え込む背中を。


それでも、不思議と居心地がよかった。

同じ空間にいるだけで、落ち着いた。



「好きでした」


それは、告白というより事実の確認だった。


「たぶん…両思い、だったと思います」


三浦は何も言わず、最後まで聞いていた。

風に揺れる木の影を見つめたまま。


しばらくして、小さく息を吐く。


「…そっ、か」


それだけだった。


否定もしない。

肯定もしない。

ただ、納得したような声。



「どうせ、自分に自信がなくって、自分がそんなに好きじゃないから、記憶を取り戻すのが不安なんですよね?」


「はい…そうです」


それから三浦は、今まで会った人たちのことを加納に話した。

岸本との出会いと別れ。

颯太との出会い。

颯太とこの世界を巡って、そこで出会った人たちのこと。


思い出を語るたび、三浦の表情が少しだけ柔らかくなる。

けれど、どこかで必ず、目が遠くなる。


「記憶を取り戻すのはまだ怖いです。でも、颯太君たちみたいに、自分に自信をもって、周りの人に恵まれて、またここに戻ってくる。そんな人生に憧れている」


「三浦さん」


呼ばれて、彼は顔を上げる。


風が吹き抜けて、前髪が少し乱れる。

加納はその一瞬の揺れを見て、言うべきか迷った。


迷って、それでも言う。


「…あなたの本当の名前、言ってもいい?」


三浦は、目を見開いた。


「…えっと、その、そうだな」


「それだけでも、あなたに伝えたい」


「……分かりました」


加納は、三浦の本当の名前を静かに名乗った。


三浦は、それを確かに受け取るように、胸の前で手を握る。


「忘れません」


「あなたが前を向いて、あなたらしく生きていられますように」



加納を見送ったあと、三浦は自分のデスクに戻った。

そこに、白い封筒が置かれていた。


転生申請書。


三浦は、それを丁寧に折りたたむ。

引き出しの奥ではなく、手を伸ばせばすぐ取れる場所にしまう。


逃げるためではない。

いつでも、選べるように。


自分を待つために。




業務の合間、三浦はドリンクを片手に公園を歩いていた。


「うわ、これめっちゃうまい。期間限定延長してって言わなきゃ」


いつもの道。

いつものベンチ。


そこに、見知らぬ少年が座っていた。


落ち着かない様子で、周囲を見回している。

三浦は、自然と足を止める。


「…こんにちは」


少年が、はっと顔を上げる。

少し前の自分と、少し前の誰かと、重なる表情。

三浦は、ゆっくりと笑った。


「はじめまして。俺、あそこで働いてる人なんだ」


指で局の方角を示す。

少年の視線がそちらに向く。


一拍置いて。


「黒川大地って言います」


名前をはっきりと名乗る。


それは、次に出会う誰かのため。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ