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転生令嬢が勇者志望のクソガキに売られた喧嘩を買ったら

作者: 如月結乃

日間ランクインありがとうございます。

 ぽかぽかとした春空の下、レミーユ・カデンツァの機嫌は最悪だった。端的に言えば、見知らぬ少年に昼寝の邪魔をされたからである。


「おい、起きたか。その魔力量、お前貴族だな? 魔王を倒すために俺と組め!」


 誰にも知られていない王都の秘密の林で昼寝を嗜んでいたレミーユは、ぼんやりする頭を木の根元から起こし、眉を寄せた。


「……はあ?」


 確かにレミーユは貴族の娘だ。ただ、普通の人間とは違う。藤色の髪に翡翠色の瞳と、容姿はどこにでもいる少女だが、この体とは違う人生の記憶がある。所謂転生者というやつだった。


「いきなり何の冗談ですか。魔王を倒すって、あなたまだ子供でしょう」


 目元を擦りながらレミーユは、最高潮に不機嫌な声を返した。


 前世は普通のOLだったレミーユは、人並みに身につけた処世術で今の家族や屋敷で働く人間とそこそこに上手くやっている。今日もいつも通り午前のうちに一日分の課題を片付け、日暮れまでの自由を謳歌していた最中だったのに。


「お前だって子供だろ! ていうか馬鹿か? 俺は魔王を倒して稀代の勇者になるんだ。ガキのうちから鍛えねえと、強くなれねえだろ」


 貴族と分かっていて起こした挙句に、この物言い。加えて暴言。控えめに言ってこのガキ、くそ生意気である。ここがカデンツァ領なら死んでいる。


「勇者? 馬鹿馬鹿しい。王国騎士団の精鋭部隊がこの間壊滅したばかりなのに。夢は寝ているときに見るものですよ」


 はっきりしてきた視界に映る仁王立ちの少年を、レミーユは怒り半分、呆れ半分で睨みつける。


 若草色の髪に勝気な藍色の瞳。顔立ちは無駄に整ってはいるが、まだまだあどけなさが目立つ。態度と服装を見る限り平民確定だけど、なんだ。本当にまだ子供じゃないか。


 子供でいられる時間が貴重なのは西洋風のこの世界でも変わらないのに、無駄にレミーユを起こした罪は軽くない。せっかくいい夢見てたのに。


「はっはーん。お前、実は弱いんだろ」


 ピキッ。


 ピンと来たとでも言いたげな顔の少年に顔を覗き込まれ、レミーユの中で堪忍袋の尾が切れる音がした。少年よ、覚えておくといい。


 ()()は、意外と気が短い。


フィーラ(風よ)


 レミーユは風へと変換した魔力を、目の前のクソガキに向けて放った。


「っうお」


 不意打ちとは大人気ないが、優雅な昼寝の邪魔をしたガキの躾けには丁度いいだろう。みっともなくすっ転んでしまえ。


「ははっできんじゃん! ――ヴォーラ(火よ)


 やけに弾んだ声を合図に、炎が足元の草花を焼き、熱の柱が風をすくい上げ、上空へと吸い込まれていった気流にレミーユの髪が煽られる。


「なっ」


 レミーユはおでこ丸出しで目を剥いた。


 ――相殺された。私の風魔法が、こんなクソガキに。


「見込んだ通り、お前は強い。まっ、俺のが上だけどな」

「そ、そんなことない……」


 クソガキはふんと鼻息荒く、偉そうにレミーユを見下ろしている。


 悔しい、悔しい、悔しい。

 自慢じゃないが、レミーユの魔力量は貴族の平均を大きく上回っているし、講師にだって負けたことがない。なのに魔力の低い平民、それもこんなクソガキにやり返されるなんて。


「強情な奴。なら、証明して見せろよ。明日また相手してやるから」

「はあ? なんで私がそんなこと」 

「じゃあお前の負けって認めんだな?」

「ぐっ……」


 こうして、レミーユは午後の自由時間、勇者志望のクソガキと力比べをするという日課ができたのだった。



 ◇◇◇



「レミーユは魔力操作が雑なんだよ。量に頼ってるから技が大味で隙が多い。もったいねー」


 華のセブンティーン。乙女が色恋に夢中になる年頃に、一体何をしているのか。レミーユは遠い目で内心自問する。


「アランは魔力カスなんだから、もっと剣の腕磨いたら? 長期戦でお荷物になる勇者とか、あり得ないから」


 絶好の昼寝日和の晴天の下、レミーユは風を纏って軽やかに舞い、攻撃ついでにアランの剣をちょんと指で押してやった。ああ、昼寝してたあの頃に戻りたい。


「お前って貴族のくせにほんと口悪いよな……」


 レミーユは、幼馴染と言える程の時を共にした男の無礼を大人の心で許し、代わりに風の勢いを強めた。


「隙ありぃっ!」

「フィーラ!」


 真紅の業火を纏った剣と、白い竜巻がぶつかり合う。


 幼き日のレミーユがクソガキと舐め腐っていた少年――アラン・ロンドはレミーユと偶然にも同い年。実力もここまで屈辱ながら互角だった。未だどちらも勝ち星を上げておらず、付き合いはもう十年になる。


「うしっ、休憩な!」

「うん」


 レミーユの首に当たる寸前で長剣が止まると同時に、アランの胸を的にしていた風の刃の回転が弱まる。流石に毎日やり合っているだけはあり、両者共に戦闘力は格段に上がっていた。


 レミーユとアランは、二人の秘密になった林の地面に寝そべり、雲が揺蕩う青空を眺める。


「なあレミーユ、もう俺ら魔王より強くね? 勝てるくね?」


 最近のアランの口癖に、レミーユは大きくため息をつく。


「だから無理だってば馬鹿。魔王をたった二人で倒せるわけないでしょ」

「はー? なんだよ。じゃあお前はなんで毎日毎日俺と鍛えてるわけ。勝ち負けなんてもう今更だろ」

「馬鹿アランの馬鹿な夢に付き合ってあげてるだけ。お貴族様の気まぐれ。戯れ。お遊び」


 自分たちにいくら素質があっても、この先何年鍛えようとも、魔王に勝てる確率は0。それでもここに来てしまうのは、馬鹿な子供を捨ておけない大人心だとレミーユは思っている。


「うっわー。素直じゃねえなあ。だから友達いねえんだよ、お前」

「関係ないでしょ。話を逸らさないで」

「ははっ事実だろ」


 そう、事実。精神の成熟したレミーユに友人などいない。社交の場で話し相手になるくらいの付き合いなら多少あるが、どれも表面的なものだった。別に気にしていないが、欠点の自覚はあるので触れられると苛立ちはする。


「吹き飛ばされたいならそう言えば?」

「おっやるか? 来いっ!」


 静かに立ち上がったレミーユは薄く微笑み、魔力を練り始める。飛び起きたアランは爛々と瞳を輝かせ、鞘から剣を抜いた


「ぁ

 ぁ

 ぁ

 ぁ

 ぁ

 ぁ

 ぁ

 ぁ

 ぁ

 ぁ

 ぁ

 ぁ

 あ

 あ

 あ

 あ

 あ」


 瞬間、二人の頭上から甲高い声が降ってきた。二人が空を仰ぐのと、互いの役割を把握するのは同時だった。


「――フィーラ!!」


 レミーユが叫んだ瞬間、生み出された突風が空気をかき乱し、柔らかな上昇気流を生む。


「ヴォーラっと!!」


 その下では、アランの火が淡く光る炎の層を織り上げる。攻撃用とは違い、触れたものを傷つけることはない熱量だ。


「きゃああああっ!?」


 ――あたたかな風はクッションとなり、空から落ちてきた人影をそっと受け止めた。風が微かに流れを変えるたび、炎の層もふわりと揺れ、落下者をやさしく導いていく。


「大丈夫?」

「生きてるか?」


 ぺたりと地面に座り込む形で着地し、ふるふると肩を震わせ俯く少女を、レミーユとアランが覗き見ると


「――ああっ、神様女神様っ!!」


 長い金髪に薄緑の瞳の美少女が、瞳をキラキラと輝かせて二人を見つめ返した。美少女は呆気に取られる二人の手をすごい早さで取ると、ブンブン縦に振り回す。


「危ないところをお救いいただきありがとうございます! 命短し儚き乙女と諦めていたところでしたのに、わたくしはなんと幸運なのでしょう! ああっ、どんなお礼を尽くせばこのご恩に報いることができますかしら……!」 


 レミーユはアランと顔を見合わせる。互いに、なんだこいつと顔に書いてあるのが分かった。着ている白のロングドレスを見る限り、平民ではなさそうだけど。


 色々と言いたいことはあるが、とりあえずこれだけは聞いておきたいとレミーユが口を開く。


「悪運、強いのね。何故降ってきたの?」

「ブッ!!」


 レミーユが単刀直入に尋ねると、横でアランが噴き出した。横目で睨むと、「おまっ、言い方……!」と笑い混じりの声で返され、レミーユは眉を寄せた。アランは片手で腹を抑え、目には涙すら浮かべている。なんだよ。


「聞いてくださるのですか!? お姉様っ」

「お姉様……?」

「そう呼んでも構いませんか?」

「もう呼んでるじゃない」


 えへへとはにかむ少女を見つめながら、レミーユは前世に思いを馳せた。居たなあ、こういう他人の懐に入るのが上手な子。真逆のタイプだ。


「申し遅れました。わたくし、リリー・モテットと申します。お二人とは長いお付き合いになりますので、どうぞお見知り置きを」


 ツッコむ気も失せる前置きをにこやかに終えると、リリーは胸に手を当て、悲劇のヒロインさながらの表情で語り出した。この子、キャラ濃い。


「わたくしは、ご覧の通り凄腕の聖女として国から将来を期待されている身なのです。今日も今日とて、大聖堂で神聖魔法の練習に励んでいたのですが、うっかり魔法を暴発させてしまった挙句、こんなところまで吹っ飛んで来てしまったのですわ」


 リリーは、ほほほと口元に手を当てて笑い、面白いでしょう? と言いたげな空気を醸し出している。全然笑えない。


「大聖堂? 王都のど真ん中じゃねえか。こんな端まで落ちてくるとか、どんだけの魔力だよ」

「そうなのですよお兄様。わたくし、どんだけなのです。量が多い代わりに魔力の扱いが雑だって、よく神父様にも怒られちゃって」


 てへっとドジっ子のように舌を出したリリーは、ナチュラルにアランをも兄と呼ぶ。アランは気にした様子はなく、「ほー。魔力が多いってのもいいことばっかじゃねえんだな」といささか同情しているようだった。


「……」


 どんまい! と親指を立てているアランに、レミーユは自分が不思議と苛立っていることに気がついたが、魔力が多いのを馬鹿にされたみたいだからかと納得した。馬鹿アランめ。


 将来禿げるよう念を込めてアランの頭頂部を渾身の眼力で見つめていると、「あのっ!」とリリーが声を上げた。


「お二人は、こんな辺鄙なところで何をしておいででしたの?」


 何も知らないリリーに至極当然の疑問をぶつけられ、レミーユとアランがそれぞれ「稀代の勇者に、俺はなる!」「戯れに、魔王討伐の勇者志望の馬鹿に付き合ってるの」と分かりやすく説明すると


「その大願、是非ともわたくしにもご協力させてくださいませっ! お兄様、お姉様!」


 と、リリーがきらっきらの瞳で懇願してきた。


「まじか。おい、やったなレミーユ! 聖女ゲットだぜ!」


 ハゲの念を送られていたとは知らないアランが、興奮したようにレミーユの肩を叩く。痛いし、嘘だろ。


 だって勇者だよ? 相手魔王だよ? 無理に決まってるのに。レミーユは世間知らずの子供が増えた事実に漠然とし、目眩にくらりとふらついた。


 後に、リリーは二人より一つ年下だと判明したのは些細なことである。



 ◇◇◇



「――アラン・ロンド。貴殿は我が国の脅威であり仇敵であった魔王を倒し、時代に平穏をもたらした者として、ここに勇者の称号を与える」


「はっ! ありがたき幸せ!」


 リリー降臨事件から一年と約半年後。レミーユは夢にも思わなかった光景を目の当たりにしながら、内心狂喜乱舞しているであろうアランの横に呆然と立ち尽くしていた。


「おめでとうございます、お兄様!!」


 同じく隣にいるリリーが涙声で呟くのを聞きながら、レミーユの意識は未だに信じ難い記憶を遡り始める。



 ――あれは半年前。治癒の効果を持つ神聖魔法の使い手リリーが、林での馬鹿な遊びに参入し始めて一年が過ぎた頃だった。


「なあおい。正直なところ、俺らもう無敵だろ? 魔王、絶対倒せると思うんだよな」


 そうアランが大真面目な顔で言い出した。持病の発作だ。レミーユはじと目でアランを見つめ返した。


「俺、一人で夜中に魔王の手先にちょっかいかけに行っても瞬殺できるようになったし、レミーユはレミーユだし、俺ら死にかけても“シャーラ(光よ)“ってリリーが治すし!」


 アランが頻繁に知らない生傷を作ってくることに気づいてはいたレミーユは、目を見開いた。


 自主練でできたとかだと思っていたのに、そんな馬鹿な所業の産物だったとは。ついでに、アランのリリーの声真似がここまで気持ち悪いとは。


「まあっ!」


 隣でリリーが驚いたように口を手で覆った。無理もない。馬鹿アラン歴の長いレミーユですら、こんなにも馬鹿丸出しの爆弾発言は初めてだった。


「お兄様ってばもう、それって勇敢とは違いましてよ」


 リリーがうふふっと楽しげに笑い、調子に乗ったアランが何故か力こぶを見せつける。リリー違う、そうだけどそうじゃない。馬鹿が勘違いしてる。


「馬鹿アラン。手先は手先、魔王は魔王。前から思ってたけど、何故そんなに死にたがるの? 魔王と王国の力は何百年も前から拮抗してる。私たちが生きてるうちに崩れるとは思えない」


 ずっと言いたかった正論というか世論を、レミーユはアランにぶつけた。最初はこんなクソガキどうなろうとどうでもよかったが、十年以上一緒にいれば情くらい湧く。馬鹿を卒業させるなら今だった。


「……かもな。レミーユ、俺、お前が言うことは合ってると思ってる。大体だけど」


 意外にも同意され、レミーユは目を丸くする。絶対全部合ってると言いたかったが、堪えてアランの言葉を待った。


「でも俺、嫌なんだよな。俺の好きな奴らが殺されるかもしれない状況で、勝てないからって諦めたくない。忘れて楽しく暮らすこともできるって分かってるけど、そんな俺を、俺は許せない」


 広げた片手を見つめながら語るアランの藍色の瞳は、いつになく真剣だった。大馬鹿だと思う。


「分かった」


 でも、そう言ってやりたくはなかった。


「え」

「どうせ、何回止めても行くんでしょ。最悪一人で行かれて、骨で帰ってきたアランに花を買うくらいなら、今一緒に行ってあげる方が安くつくから」


 レミーユはため息混じりに言った。アランは呆気に取られながら「お前、貴族のくせに花代ケチるって……」とボヤいたが、無視を決め込む。


「わたくしも、もちろんご一緒しましてよ。お二人がいるところにわたくしあり、ですわ!」


 リリーがいつもの調子で明るく言った。レミーユの予想通りの展開だが、今更ながらにこの子もこの子でアランとは別方向に変わっている。


 小動物のようで愛らしいと思うこともあるが、一回死にかけて壊れたのだろうか。馬鹿にならなくてよかったが。


「全員、死ぬかもしれなくても?」

「お二人となら、天国でも地獄でも天国ですわ!」

「おい、なんか言葉変だぞリリー」


 ふっとレミーユは薄い笑みを浮かべた。聞くだけ無駄だった。ふとアランと目が合い、すぐに逸らされる。ここ数年よくあるのだが、レミーユは思春期特有の謎反応と認識している。


「じゃ、出発は明朝。ここ集合な。長旅になるだろうから、身支度も挨拶もちゃんと済ませてこいよ。俺たちは勝って帰ってくるってこと、忘れんな!」


 珍しくまともなことを言ったアランは、最後にレミーユをじとりと見た。一人で行かせたら骨で帰ってくると言ったことを気にしてるらしい。半分冗談だったんだけど、まあいいや。


 ――こうして始まった旅路は順調、とは言い難いものだった。


「レミーユ! 絶対大丈夫だから、気をしっかり持て!!」

「お姉様ぁっ! うっ、ひぐっ。今、今わたくしが助けますっ!」


 レミーユは肩と口から大量の血を流しながら、アランに固く手を握られ、リリーの神聖魔法の光に包まれていた。


 魔王城を前にして、二人の子供を死なせないストッパーになるはずだったレミーユ本人が死にかけるという、まさかの事態が起きたのだ。「手先は手先」とレミーユは言ったが、流石にラスボス前の手先はゲームよろしくレベルが違った。


「アラン、リリー、逃げなきゃ」


 敵前逃亡を提案したレミーユに二人は同意したが、逃げ遅れたリリーを庇って致命傷を負った形だ。誰も悪くない。


「……がと、リリー。もう、平気」

「ぁ……。おっ、お姉様ぁあ」


 泣きついてくるリリーの頭を撫でる。死にかけの治療なんて、怖かっただろう。できれば、外れていた肩に顔を擦り付けるのはやめてほしいけど。


「レミーユ」


 呼ばれて首を回すと、頭からつま先まで血に濡れたアランが立っていた。はっとレミーユが辺りを見渡すと、城の前で隊列を組んでいた魔物たちの死体が散らばっていた。一面血の海である。


「……これ、全部一人でやったの?」

「レミーユ」

「その血、アランのじゃないよね?」

「レミーユ」


 どうしたものか。何を聞いてもレミーユしか返ってこない。正気なのか疑わしいアランは、剣を地面に引き摺りながらゆっくりと歩いてくる。どす黒い血の螺旋が彼の後に続いていく。


「アラン……?」


 無言で、倒れ込むように、アランはレミーユのもう片方の肩に頭ごと突っ込んだ。レミーユは過労死かと焦ったが、ちゃんと息をしているし鼓動もしっかり聞こえる。なんか脈早いけど、やっぱり出血多量なんだろうか。


「レミーユ、俺」

「生きてるよ。一人で戦ったのに死ななかったね」

「……はっ。そうじゃねぇ」



「一番近くで見てろ。俺が守るから。ずっと、ずっとだ」



 掠れた声で、アランは言った。レミーユは「うん」と二つ返事で頷く。言われなくてもそのつもりだった。死の旅に出かけた馬鹿と小動物を、生かしてお家に帰すまでがレミーユの役目である。


「アラン、なんか肩が熱いし濡れてるんだけど。やっぱり頭、出血してるんでしょ。リリー、治してあげられる?」

「ぅ、はい……っ」


 アランが神聖魔法の白い光に包まれるのを見届けた後、レミーユは眼前にそびえ立つ魔王城を見据えた。禍々しい瘴気が放たれているのが肌で分かる。城の中は恐らく、魔法が効きづらい。勝利は目の前にあるが、確率は絶望的だ。


「重いなあ」


 レミーユはふと、いつの間にか背負っていたものの重さを痛感した。


 貴族のそこそこ名家に生まれ、前世の記憶に目覚めてからは、恵まれていると思った。普通に勉強して、結婚して、この世界の普通の幸せを手に入れると決めていた。それまで束の間の自由を楽しんでいたのに、


『その魔力量、お前貴族だな? 魔王を倒すために俺と組め!』


「……付き合うつもりなんて、なかったのに」


 そっと呟いたレミーユの耳に、「お兄様、怪我一つないですわよ……?」とリリーの困惑の声が届く。なら、自分が感じたのは魔物の返り血の温もりだったのかと、レミーユは素早く肩を拭ったのだった。


 ――いざ、魔王城へと足を踏み入れたレミーユたちは手先の猛攻を覚悟していたが、すんなりと魔王の居る玉座へと誘われた。


「ほほう。よもや三人、それもこれほど若い魂が我にたどり着くとは面白い。死なすには惜しいな。聞いてやるが、魔物と成り永遠の命を手にしたい者は」


「いるわけねえだろ」


 決着は、一瞬だった。


 いつから隠していたのか、たった今使えるようになったのか分からない、アランの右手に宿った金色の炎。瘴気すらも焼き払うその輝きの美しさと、炎が光の速さで魔王の胸を貫く瞬間を、レミーユは目に焼き付けたのだった。



 ……こうして、魔王も思わず勧誘した、馬鹿と転生者と小動物のポンコツ三人組が国を救ったのだった。馬鹿アランの馬鹿な夢が、叶った。本当に信じられない。


「やったなあ、レミーユ!」


 似合わない軍服姿のアランが、肘で腕をごついてきた。痛いわ。


 痛いってことは夢じゃないのかと震えながら、レミーユは「おおう……」と上の空で返した。リリーはそんな二人を、誰にも気づかれずに微笑ましい目で見守っていたのだった。



◇◇◇



「――これでやっと幸せになれますわね、お姉様!」

「のわっ。……リリー」


 式典の後、なんとなく落ち着かなくていつもの林を一人で訪れていたレミーユに、リリーが後ろから抱きついた。


「幸せ? どういう意味?」


 まるで心当たりがなく首を傾げるレミーユに、リリーは瞳を丸くした。


「えっ。お兄様とですけど……」

「アランと? アランならまあ、今頃幸せ絶頂だろうけど」

「いえそうではなくて。……お姉様、まさかアレに気づいておりませんでしたの?」


 絶句といった様子のリリーに、訳がわからないレミーユはだんだんイライラしてきた。アレって何だ。


「アランがどうかしたの? リリー、もしかして告白でもされた?」

「えっ」

「それならそうと言ってよね。おめでとう。お祝い、何がいい?」


 二人はあっという間に仲良くなっていたし、戦闘時の相性も良かった。どちらも人懐っこい性格だから、気が合うのだろう。


 好ましく思える二人が結ばれるのはめでたいが、アランは夢が叶ったついでに恋も叶えたのだと思うと、レミーユは胸の奥にモヤモヤしたものを感じた。


「お、お姉様がこれほどだったなんて……。お兄様、不憫ですわっ」


 モヤモヤの正体を探るレミーユはその声を聞き逃したが、「おーい!!」と聞きなれた馬鹿な響きに、はっと声の方を見た。


「二人共ここに居たのかよ。探したぜ」

「アラン……じゃなくて勇者様? 大願成就、おめでとうございます。あと恋の方も」

「はっ?」


 本当ならハイタッチで喜んであげてもいいとは思うのに、レミーユは何故かそんな気持ちになれなかった。目も合わないレミーユの様子に、アランは目を瞬かせてリリーを見やり、リリーは肩をすくめた。それ何のイチャイチャ?


「邪魔者は退散致しますわね。お兄様、お姉様は結構手強いですわよ。あっ、式は一番いい席にしてくださいね!」


 ご武運を! と意味深に去っていくリリーの後ろ姿に、アランは何かを悟ったのか息を吐き、レミーユはまたまた首を傾げた。


「結婚式、もう挙げるの? 早いね。私が手強いって何。参加するし、お祝いもあげるけど」

「お前なあ……」


 アランは呆れ顔でレミーユを見つめ、ずんずんと大股でその距離を縮めていく。


「え、何アラン。近い」


 後ずさるレミーユの背中が馴染みの大木に到達すると、アランは両手をレミーユの顔の横についた。本当に何だこれ。


「レミーユ」

「何?」

「俺の幸せのために、俺と結婚しろ!」


 瞬間、レミーユの脳内が疑問符で埋め尽くされた。


「……はあ?」


 唐突に何の冗談なのか。勝利の喜びでネジがさらに吹っ飛んだとか? それとも


「遅れてきた中二病? 結婚って、アランまだ子供じゃん。……ああ、こっちは十八からが適齢期だっけ」

「ちゅうにびょう? 何それ。ていうか俺ら同い年だろ」


 口を滑らせたレミーユは焦り、話の矛先を変えることにした。


「アラン、リリーが好きなんじゃないの?」


 アランと恋バナとか変な夢ではと目元を擦りながら、レミーユは至極真面目に尋ねた。


「……お前こそ、俺が好きなんじゃないのかよ」


 質問の答えになってないし、そんなこと言った覚えない。眉を寄せたレミーユの視界を、どこか切なげな顔のアランが覆い尽くしている。……知らない顔だ。


「好き? 私が? アランを? 冗談にしては、あんまり面白くないと思うけど」


 自分が、アランを、好き。なんだそれは。


 考えたこともない思考にレミーユが足を踏み入れようとするのを、頭が拒んでいる気がする。しかし、痛いほどまっすぐなアランの視線がそれを許さなかった。


 いつからだろう。


 クソガキとしか思っていなかった少年の背中が、頼もしいと思えるようになったのは。自分の方が一生大人だと思っていたのに。少なくとも、旅で死にかけた時、強く握られた手に安堵感を覚えたのは事実だ。


 とっくに追いつかれたような気はしていた。心のどこかでは、気づいていたのかもしれない。



 ――アランはもう、子供じゃない。



 そう認識した瞬間、陽に焼かれたかのように頰がカッと熱くなった。


「はっはーん。お前、俺に惚れてるだろ」


 ボンッ。


 いつかと同じ表情のアランに至近距離で見つめられ、レミーユの中で何かが爆発した。アランよ、覚えておくといい。


 私は、男慣れしていない。


「フィーラ」


 レミーユは風へと変換した魔力を、アランに向けてゼロ距離で放った。


「うお!!」


 不意打ちとは大人気ないが、レディの繊細な心に配慮のない男の躾けには丁度いいだろう。みっともなくすっ転んでしまえ。


「っ一瞬びびったあ!! おい、レミーユ!」


 そよ風がアランの頰を優しくくすぐり、若草色の髪が宙を舞った。めったに笑うことのないレミーユが、くすくすと声を上げて笑う。ポッとアランの頰が赤く染まったことに、レミーユは気づかない。


「っお前、俺が好きって認めんだな?」

「ふふっ……馬鹿アラン」


 ――数ヶ月後。


 魔王を倒した勇者と、勇者と旅を共にした風の魔法使いは結婚し、平和な王国でいつまでも幸せに暮らしましたとさ。

お読みいただきありがとうございます。

初めて描ききった物語なので、感想、評価、ブクマ等お待ちしております!

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