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夏のうだるような暑さがようやく収まった頃、志岐は友人の結婚式に参列していた。
自分と同じ学生時代の友人も多く招待されており、披露宴のテーブルは、ちょっとした同窓会のようになっていた。
「志岐、久しぶりじゃん」
「志岐は休み合わないから、あんま会ってなかったもんな〜。元気してた?」
「おう」
仕事上、休みを合わせにくいのは事実だが、最近では空との予定を優先していたので、友人たちとはすっかり疎遠になってしまっていた。それでも、こうして顔を合わせればすぐに学生時代に戻ったように会話が弾み、志岐は懐かしさを覚える。
「いいな〜。俺も綺麗な奥さん欲しい」
友人の1人が、高砂の方を見ながらしみじみと呟いた。
「さっさと彼女と結婚すればいいじゃん」
「いや、俺が欲しいのは綺麗な奥さんであってだな」
「お前の彼女も結構美人だろ〜。志岐は? 最近どうなん?」
「え、俺?」
突然話を振られて焦る。ふっと空の顔が浮かんだが、話すべきかどうか迷った。
「うん。まあ⋯」
「なんだよその返事はぁ」
「志岐、もしかしてセカンドの子と付き合ってる?」
「!」
言い当てられて咄嗟に友人の顔を見てしまうと、彼はニヤッと笑った。
「あ、やっぱり」
「なんで知って⋯?」
「夏に花火大会で志岐のこと見かけた」
なるほど。まあ地元なのでそういうこともあるだろうとは思っていた。
「そうなんだ。どんな子?」
「どんなって⋯」
「男? 女?」
「お前不粋だぞ」
「いいじゃんそれくらい。なあ?」
「まあいいけど⋯、男の子だよ」
「そっかぁ。かわいい?」
それくらいと言いつつ、よっぽど興味があるのか、なかなか質問の嵐は止まなかった。しかし、好意的な興味であることが伝わってくるので、答えられる範囲で志岐も質問に答える。
「セカンドって、男でも子ども産めるんだろ? 志岐もセカンドサイズになれば、結婚して子どもとか出来んじゃん」
「まだそこまで考えてないよ」
空とはまだ付き合い始めたばかりで、そんなことにまで考えが及んでいなかった。けれど、確かに空はΩだし、友人の言う未来もあり得るのだと、この時志岐は初めてそれを意識する。
チラッと高砂に座る新郎新婦に目をやった。なんとなく自分とは無縁のように感じていたけれど、決してそうではないのかもしれない。
――いや。
別の話題になった輪の中で、志岐は小さく首を振る。
きっと、空は反対するだろう。
セカンドサイズになれる薬は、安全性は保証されているとはいえ、体力の低下など多少の影響があると聞く。寿命も数十年短くなると言われている。志岐が逆の立場だったら絶対に反対している。
空のことを考えていたらどうしようもなく会いたくなってきてしまい、志岐はそっと席を外すと、今夜会えないかと、空にメッセージを送った。
✦✦✦
披露宴の後、志岐はタクシーでいつもの門まで空のことを迎えに行った。
「志岐、スーツだ。珍しい」
「そりゃ結婚式だったからね」
タクシーに乗せると、空は照れたように笑った。
「なんかいつもと違くて緊張しちゃうね。俺ももっといい服着てくればよかったなあ」
「うち帰るだけだけど。あ、それともこのままどっか行く?」
「ううん。志岐の家がいい」
大した距離ではないのでいつもは歩いているのだけれど、今日はスーツでポケットが小さくて、中に空を入れられないのでタクシーにしたのだ。
家に着くと、スーツを着替えてようやく一息つく。
「結婚式どうだった?」
「良かったよ。なんか同窓会みたいだった」
引出物の箱を開けると、焼き菓子だったので一緒に食べることにした。
「今日、ごめんな。急に呼び出して」
「ううん。嬉しかった」
「友達に、空のこと訊かれて」
「俺の?」
「花火大会来てた奴がいてさ。それで話してるうちに会いたくなった」
人差し指でそっと空の頰に触れると、はにかむように笑って頬ずりしてくる。
「⋯なあ、空」
「なあに?」
「もし俺が、空と同じ⋯、セカンドになったらどうする?」
「――え⋯?」
空の顔から、スッと笑みが消える。まっすぐこっちを見てくる瞳に、志岐はまずいことを言ったとすぐに後悔した。
「⋯⋯だめ」
「え?」
「だめだよそんなの。志岐、何考えてるの?」
「や、もし、だよ。別に何も考えてないし」
「絶対だめ」
「⋯⋯空」
空の頰にすーっと涙が伝う。すぐに小さくしゃくり上げる声が聞こえてきて、志岐は戸惑いながらも、しばらく宥めるように空の頭を撫でた。