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いつものように受付のベルを押すと、中から元気な声が聞こえてきて、志岐は無意識に笑みを零した。
「あ⋯、志岐、さん⋯」
「空、良かった。元気そうで」
「はい。もう大丈夫です」
もともと病気なわけではないので、期間が過ぎればなんでもないのはわかってはいたが、志岐はほっと息を吐いた。
呼び方が前に戻っているが、もともと仕事中は敬語だったので気にならない。
「今日、仕事終わった後空いてる?」
「⋯空いてます」
空はいつもより少しぎこちないながらも、志岐が夕方迎えに来ることを告げると、笑って頷いてくれた。
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「どこに行くの?」
ポケットから顔を出した空が、不思議そうな顔で見上げてくる。店が並ぶところからは外れてしまったので、疑問に思っているようだ。
「んー」
志岐は適当に誤魔化しながらそのまま歩いた。しばらくすると、空も見覚えのある道であることに気付いたのか、あっと小さく声を上げる。
なんてことはない。向かっているのは志岐の家だった。
部屋に入ると、志岐は空をテーブルの上に降ろした。そこに置かれていたものに、空は目を丸くする。
「これ⋯」
そこにあったのは、空用のテーブルセットだった。
「わざわざ用意してくれたの?」
「ないと不便だしね。もうすぐデリバリーも届くと思うから」
自分一人の食事なら作れるが、空サイズの食事となると素人にはなかなか難しい。自分たちが食べるものをただ小さく切っただけでは、味が格段に落ちてしまう。
届いたデリバリーの料理を食べながら、空は首を傾げた。
「どうして今日はお店じゃなくしたの?」
「空とゆっくり話したかったから。店だと、どうしても周りが気になるし」
「周りを気にするような話?」
「いや、うーん、別に変な意味じゃ⋯」
若干焦ったように言うと、空はくすくすと笑った。
食事中はいつものように他愛のない話をして、食後のコーヒーを飲んでから、志岐は改まった様子で、まっすぐに空の顔を見つめた。
「あのさ、空」
「ん?」
「俺と、付き合ってほしい」
空は一瞬目を見張ったが、それほど驚いた様子はない。まあそうだろう。今までも何度も食事に誘っていて、こっちが好意を持っていることはなんとなく伝わっていそうだった。その上、この前発情期のどさくさに紛れて好きだと告げている。あれが本心だったのだと、せいぜいそこに驚く程度だろう。
「志岐⋯」
「うん?」
「あの⋯、俺も、志岐のこと好きだよ」
「ほんとに?」
「うん。でも、その⋯いいの?」
「何が?」
「何がって⋯」
人間とセカンドで付き合うのは、多少障害もある。志岐は空の住む町には入れないし、空のようなΩの子には発情期の問題もあるだろう。おそらく空が言っているのはそういうことだ。
他にも、今はまだいいが、この先も長く一緒にいるとなると、人間とセカンドは寿命が違う。人間の男性の平均寿命はだいたい80歳。対してセカンドは50歳くらい。
だからといって、別に悲観することではないと志岐は思う。生き物というのは往々にして、小さい方が寿命が短い。このサイズで50年も生きられるなら十分長生きだと思う。確かに自分たちと比べてしまうと短いと感じるのだろうが、志岐だって、病気や何かでどうなるかわからないのだ。何十年も先の心配をしていても仕方がない。
「人間とセカンドで付き合ってる人はいっぱいいるよ」
「そうだけど⋯また、迷惑かけるかもしれないし」
まだあの祭りの日の夜のことを気にしているようだ。
「言ったろ。俺は全然迷惑なんかじゃないって。ただ、空が辛そうにしてるのは嫌だ」
「志岐⋯」
「俺じゃ、何の役にも立てないかもしれないけど」
「そんなことない」
空は激しく首を横に振る。
そっと頰に触れると、その指に手を添えてきた。
「空、好きだよ。俺と付き合ってくれる?」
「⋯うん」
反対の手で抱くようにして背中を撫でると、空はふっと笑みを浮かべて、指先にキスをしてくれた。